ねむれない蛇

佐々

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たとえ全てが嘘であっても

#05

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「本当にこれでいいの?」
 ジーノが部屋を出るを見届けて、ユーリは残った真に向けて言った。かなり遅くなってしまったので、ジーノのことはフィオーレの人間に送らせることにした。
「もちろんです。ありがとうございました」
 真はかすかに笑ったが、ユーリは自分の意図が伝わっているかわからなかったので、言葉を重ねた。
「俺はジーノの主張もよくわかるから、少し残念だよ。今さら口出しはしないけども」
「すみません……お手数をおかけしました」
 真はすっかり冷めてしまったコーヒーの入ったカップを取り上げ、唇を湿らせる。
「少し前までは、俺も本気でリンと共に生きようと思っていました。しっかり教育して、あなたの役に立てるように育てて……いや、俺があいつに側にいて欲しかったんです。でも、やっぱり無理でした。俺は、あいつに幸せになってほしい。その可能性が少しでも高い道を歩んでほしいんです。リンは俺の気持ちに気付いていました。だからジーノを頼ったんでしょう。残された時間で、少しでもあなたに認められるために」
 確かに日中、話した際も凛太朗は必死でそれを訴えてきた。
「ジーノを抑えて正解だね。リンが今より優秀になったら、本気で俺が彼を欲しいと思ってしまうかもしれないもんね」
「すみません……」
「なんで謝るの? 前に言ったよね。君が俺に弟を紹介したがらない理由がわかるって。これが答えでしょ?」
「あの時は本当に、そんなことは……」
「ま、いいんだよ。君は自分の感情だけでなく、弟のことを考えて決断した。最愛の弟に二度と会えなくなるかもしれない。それでも、彼の幸福のためにした選択であれば、俺は君の意思を尊重するよ」
「ありがとうございます」
「本当に少し残念だけどね。俺はリンのことを気に入ったし、君たち兄弟が俺の側にいてくれたらどんなにいいか」
 黙り込んでしまった真に、ユーリは微笑んだ。
「冗談だよ」


 ユーリが真から、凛太朗のことを相談されたのは昨夜のことだった。
「リンを日本に帰そうと思うんです」
 フィオーレの飲み会に向かう車中、真は仕事の報告もそこそこに切り出した。
「どうしたの? ちょっと前まで、こっち側に引き込む気だっただろ?」
 ユーリが初めて凛太朗と会った夜、真にその危険性を伝えたのはユーリの方だった。
「俺の考えが甘かったんです。このままここに居たら、リンは死にます」
 確かに、この国に来てからの凛太朗の行動はユーリの耳にも入っていた。そのどれもに向こう見ずとか無鉄砲とか、そういう言葉が付随した。
「そうかもね」
 危険を顧みずに突っ込んでいく彼は、確かにいつか命を落とす危険がある。
「パーティーには、予定通りリンを参加させます。ただ出来るだけ、作戦からは遠ざけたいと考えています。許可を頂けますか?」
 ユーリは窓枠に頬杖をつき、車窓に流れる夜の街を眺めていた。
「そう……」
 どれくらい間を置いたら不自然でないかを考えながら、ユーリは口を開いた。
「彼を外すことで支障は?」
「出しません。むしろ不安要素がなくなる分、リスクを抑えられます」
「手厳しいね」
 ユーリは少し笑って、それから運転席の真を見た。前を見据える彼はいつも以上に落ち着いて見えた。
「いいよ。前にも言ったけど、采配は君に任せる。彼が必要なら使えばいいし、そうでないなら外せばいい」
「ありがとうございます……ただ、リンは俺が彼を帰国させようとしていることに気づいているでしょう。その上で、直接あなたに認めてもらえるよう、努力すると思います」
「健気だね」
「そのために、リンはジーノを頼るはずです。ジーノはお人好しで面倒見がいいですから、きっとリンに肩入れするでしょう。でも俺は、これ以上リンを巻き込みたくないんです」
「なるほどね」
 確かに、凛太朗に頼られればジーノは力を貸すだろう。それだけなら特段、問題はなさそうだが、ユーリは真の真意に気づかないふりをした。
「ならジーノには俺から話そう。リンは作戦に参加させない。彼には柳田の姪を守りつつ、彼女が退屈しない程度に相手をしてもらう、そしてレイに彼らを守ってもらう。それでいい?」
「はい、ありがとうございます」
 これで事前に、凛太朗が作戦の詳細を知る必要はなくなる。真の望み通り、彼を危険から遠ざけることが叶うだろう。
「ま、ジーノのことだから、そうとわかってもリンを蔑ろにはしないと思うけどね」
「ええ、それは承知しています。むしろその方が、本来の作戦を悟られる可能性が少ないので好都合です」
 確かに、課題がはっきりしていれば、真面目な彼は必死にそれをこなすだろう。
「わかった。ジーノには明日話すよ」
「ありがとうございます……わがままを言って申し訳ありません」
「わがままではないでしょ。君は意外に不器用なお兄ちゃんだね」
 苦笑した真の表情は決して晴れない。彼のその顔が更に暗く翳る未来を想像して、ユーリはほんの少しだけ憂鬱な気持ちになった。
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