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たとえ全てが嘘であっても
#04
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「最後にお願いがあります。計画は誰にも漏らさないこと。もちろん、必要な情報は共有してもらって構いません。でも、今日この部屋できいた内容すべてを話すことは控えてください」
「もちろんだが、アインツはどうする? 連中の協力がなきゃ無理だぞ?」
「大丈夫。手は打ってあります」
「どういうことだ?」
「さすがにこんなやり方を直前で承諾してもらえるほど、俺に力はありません。だからもっと前から根回ししておいたんです」
「マジかよ」
上海マフィアや唐木組が用意周到にパーティーの襲撃を目論み、数か月前から内通者まで送り込んでいたのと同じように、ユーリも誰にも悟られることなく彼らの計画を探り、対抗策を講じていたということか。
「お前やっぱすごいな」
「ありがとうございます。話すのがギリギリになってしまってすみません。あなたを信用してないわけじゃないんです。ただ、俺にとっても、賭けでしたから」
「気にするな。俺はお前を信じてる。お前の策ならきっと上手くいくだろ」
「ええ、成功させてみせますよ。それで、もう一つお願いがあるんですけど……」
一通りの打ち合わせが終わると、ユーリは初めて言いにくそうな顔をした。
「この計画の内容を、リンには黙っていてほしいんです」
隣の真を窺うと、彼は静かに目を伏せ、コーヒーカップに口をつけていた。ジーノはユーリに視線を戻した。
「どういうことだ? あいつも俺たちと一緒に仕事をするなら知っておいたほうがいい」
ユーリは言葉を探すように黙り、再びゆっくりと口を開いた。
「あなたも知る通り、彼は迷っています。自分が何をしたいのか、過去に囚われながら、前に進む方法を模索している。俺は、彼が心から決意した選択ならば、それがどの道に繋がるものだとしてもいいと思っています。大事なのは彼自身がそれを決め、悔やまずに歩いていくことだ。辛い経験や良心に苛まれて選ばされた道では、きっと彼が自ら生き続ける気持ちを強く持つことは不可能です。彼は自分で決める必要がある」
「あいつはもう答えを出してる。次のパーティーでお前に認められようと必死で努力してる」
昨夜ジーノに訴えてきた凛太朗の気持ちは本心であるように思えた。平穏な日常を捨て、過酷な道を選択した彼だからこそ、ジーノはその背中を押してやりたいと思ったのだ。
「彼が欲しいものはなんですか?」
ユーリが静かに問う。
「権力? 地位? 報酬? 違いますよね。彼は言っていました。強くなりたいと。そのために俺を利用すると。でも、それは彼自身のためじゃない。彼は誰かを守るために力を欲している。その根底にあるのは彼が今、捨てようとしている平穏な生活なんですよ。彼はかつて失った家族と共に穏やかな日常を送りたいと思ってる。ちょうど今日、彼が傷つけることを躊躇った、かわいそうな少女のようにね」
凛太朗がユーリを拉致した少女に発砲したという話は聞いていた。凛太朗は迷ったのだ。
「人は、どんな道でも生きていけると俺は思います。俺やあなたのようにね。でも、一つの道を選ぶことで、手に入らなくなるものもあります。自分の目的のためにそれを捨てる覚悟があるならいい。でも彼は迷った。自分の進もうとしている道に現れた障害物を排除することができなかった。それは、目の前の障害物が、彼がかつて大事にしていたものと似た形をしていたからです。それを壊してしまったら、もう元の道には戻れない。いや、戻れたとしても、もう元の自分と同じ気持ちでその道を歩むことはできない」
ユーリは小さく息を吐くと、ソファに背中を預けて天井を仰いだ。
「全てを捨てて、合理的に考え、俺の手足となって働く覚悟があるなら、俺はきっと彼に新しい居場所と、彼の求める強さを与えてあげることができると思います。彼はシンに似て優秀だ。数年後には手放せない戦力になるでしょう。しかし、かつて彼が一番欲したものからは、最も遠い場所へ連れて行ってしまうことになる」
「だからって、このままあいつが元のような生活を送れると思うか? 俺たちに関わったせいで、あいつは今後も危険に晒される。それはお前もわかってたはずだろ?」
最後は真に向けて言った。彼は相変わらずの無表情でジーノを一瞥すると、事もなげに言った。
「覚悟はしてる」
「お前、弟が大事じゃないのか?」
淡々と言う真が信じられなかった。次の瞬間、ジーノは胸倉を掴まれていた。
「大事に決まってんだろ!」
いつにも増して鋭い瞳に睨み付けられる。その奥に、ジーノの知らない翳りがちらついている。
「大事だから日本に帰す! あいつがこのままここに残って、今後も無事に生きられる確率より、日本であいつが平和に生きられる可能性のほうがどう考えたって高いだろ! そんなこともわかんないのか? 俺が何も考えずに決めたと思ってんのか? ただ甘いだけのお前と一緒にするな!」
声を荒げた真を嗜めたのはユーリだった。
「シン、言い過ぎだよ」
突き放すように真の手が離れていく。
「そういう訳だから、パーティーが終わったら、リンは日本に帰します。残念だけど、彼の平和な未来を奪う権利は、俺たちにはないからね。当日の計画にも彼は加わらない。自分の身を守れるくらいの力はあるようだし、いざという時はレイが彼を守ってくれるでしょう。彼女には全て話して頂いて構いません。そのうえで、リンを危険から遠ざけるために動いてもらってください」
「それは構わないが……」
レイは凛太朗のことを気にかけていた。以前、凛太朗と一緒に拉致されたレイを守ったのは凛太朗だ。彼女はきっと、今度は例えその身を犠牲にしてでも凛太朗を守ろうとするだろう。妹の力は疑っていない。凛太朗を守りながらだとしても、自らの命を落とすなどということはないはずだ。
しかし、どうしてもすんなり納得できない。凛太朗の今後の人生のため、平和な生活を守るため、それはわかるが、彼の人生を決めるのは彼自身でなくてはならないはずだ。大人が勝手に彼の未来を決めていいのだろうか。
「俺は、あいつはそんなに弱くないと思うけどな」
「お前が何を言おうと、この話はこれで終わりだ」
真はもうこちらを見ようともしなかった。
「もちろんだが、アインツはどうする? 連中の協力がなきゃ無理だぞ?」
「大丈夫。手は打ってあります」
「どういうことだ?」
「さすがにこんなやり方を直前で承諾してもらえるほど、俺に力はありません。だからもっと前から根回ししておいたんです」
「マジかよ」
上海マフィアや唐木組が用意周到にパーティーの襲撃を目論み、数か月前から内通者まで送り込んでいたのと同じように、ユーリも誰にも悟られることなく彼らの計画を探り、対抗策を講じていたということか。
「お前やっぱすごいな」
「ありがとうございます。話すのがギリギリになってしまってすみません。あなたを信用してないわけじゃないんです。ただ、俺にとっても、賭けでしたから」
「気にするな。俺はお前を信じてる。お前の策ならきっと上手くいくだろ」
「ええ、成功させてみせますよ。それで、もう一つお願いがあるんですけど……」
一通りの打ち合わせが終わると、ユーリは初めて言いにくそうな顔をした。
「この計画の内容を、リンには黙っていてほしいんです」
隣の真を窺うと、彼は静かに目を伏せ、コーヒーカップに口をつけていた。ジーノはユーリに視線を戻した。
「どういうことだ? あいつも俺たちと一緒に仕事をするなら知っておいたほうがいい」
ユーリは言葉を探すように黙り、再びゆっくりと口を開いた。
「あなたも知る通り、彼は迷っています。自分が何をしたいのか、過去に囚われながら、前に進む方法を模索している。俺は、彼が心から決意した選択ならば、それがどの道に繋がるものだとしてもいいと思っています。大事なのは彼自身がそれを決め、悔やまずに歩いていくことだ。辛い経験や良心に苛まれて選ばされた道では、きっと彼が自ら生き続ける気持ちを強く持つことは不可能です。彼は自分で決める必要がある」
「あいつはもう答えを出してる。次のパーティーでお前に認められようと必死で努力してる」
昨夜ジーノに訴えてきた凛太朗の気持ちは本心であるように思えた。平穏な日常を捨て、過酷な道を選択した彼だからこそ、ジーノはその背中を押してやりたいと思ったのだ。
「彼が欲しいものはなんですか?」
ユーリが静かに問う。
「権力? 地位? 報酬? 違いますよね。彼は言っていました。強くなりたいと。そのために俺を利用すると。でも、それは彼自身のためじゃない。彼は誰かを守るために力を欲している。その根底にあるのは彼が今、捨てようとしている平穏な生活なんですよ。彼はかつて失った家族と共に穏やかな日常を送りたいと思ってる。ちょうど今日、彼が傷つけることを躊躇った、かわいそうな少女のようにね」
凛太朗がユーリを拉致した少女に発砲したという話は聞いていた。凛太朗は迷ったのだ。
「人は、どんな道でも生きていけると俺は思います。俺やあなたのようにね。でも、一つの道を選ぶことで、手に入らなくなるものもあります。自分の目的のためにそれを捨てる覚悟があるならいい。でも彼は迷った。自分の進もうとしている道に現れた障害物を排除することができなかった。それは、目の前の障害物が、彼がかつて大事にしていたものと似た形をしていたからです。それを壊してしまったら、もう元の道には戻れない。いや、戻れたとしても、もう元の自分と同じ気持ちでその道を歩むことはできない」
ユーリは小さく息を吐くと、ソファに背中を預けて天井を仰いだ。
「全てを捨てて、合理的に考え、俺の手足となって働く覚悟があるなら、俺はきっと彼に新しい居場所と、彼の求める強さを与えてあげることができると思います。彼はシンに似て優秀だ。数年後には手放せない戦力になるでしょう。しかし、かつて彼が一番欲したものからは、最も遠い場所へ連れて行ってしまうことになる」
「だからって、このままあいつが元のような生活を送れると思うか? 俺たちに関わったせいで、あいつは今後も危険に晒される。それはお前もわかってたはずだろ?」
最後は真に向けて言った。彼は相変わらずの無表情でジーノを一瞥すると、事もなげに言った。
「覚悟はしてる」
「お前、弟が大事じゃないのか?」
淡々と言う真が信じられなかった。次の瞬間、ジーノは胸倉を掴まれていた。
「大事に決まってんだろ!」
いつにも増して鋭い瞳に睨み付けられる。その奥に、ジーノの知らない翳りがちらついている。
「大事だから日本に帰す! あいつがこのままここに残って、今後も無事に生きられる確率より、日本であいつが平和に生きられる可能性のほうがどう考えたって高いだろ! そんなこともわかんないのか? 俺が何も考えずに決めたと思ってんのか? ただ甘いだけのお前と一緒にするな!」
声を荒げた真を嗜めたのはユーリだった。
「シン、言い過ぎだよ」
突き放すように真の手が離れていく。
「そういう訳だから、パーティーが終わったら、リンは日本に帰します。残念だけど、彼の平和な未来を奪う権利は、俺たちにはないからね。当日の計画にも彼は加わらない。自分の身を守れるくらいの力はあるようだし、いざという時はレイが彼を守ってくれるでしょう。彼女には全て話して頂いて構いません。そのうえで、リンを危険から遠ざけるために動いてもらってください」
「それは構わないが……」
レイは凛太朗のことを気にかけていた。以前、凛太朗と一緒に拉致されたレイを守ったのは凛太朗だ。彼女はきっと、今度は例えその身を犠牲にしてでも凛太朗を守ろうとするだろう。妹の力は疑っていない。凛太朗を守りながらだとしても、自らの命を落とすなどということはないはずだ。
しかし、どうしてもすんなり納得できない。凛太朗の今後の人生のため、平和な生活を守るため、それはわかるが、彼の人生を決めるのは彼自身でなくてはならないはずだ。大人が勝手に彼の未来を決めていいのだろうか。
「俺は、あいつはそんなに弱くないと思うけどな」
「お前が何を言おうと、この話はこれで終わりだ」
真はもうこちらを見ようともしなかった。
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