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たとえ全てが嘘であっても
#02
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真のマンションに着くと、彼はカイに車を降りるよう命じた。続いて真も外に出る。
真に促されるままエントランスの方へ歩いて行くカイを眺めながら、ジーノは二人とも帰ってしまったら自分はどうやって帰ればいいのかと考えた。しかし真は運転席に移動しただけだった。
「何してんだ?」
「何が?」
「お前の家はここだろ? 帰るんじゃなかったのか?」
真はシートベルトをしめ、煙草をくわえた。
「俺まで帰ったらお前どうすんだよ。これ俺の車だぞ」
「まぁそうなんだけど……」
窓の外に目を向けるとカイは未だエントランスの前に立っている。上司の家を使わせてもらうばかりか、早めに仕事を上がったことに恐縮した様子の彼を片手であしらい、真は車を出した。
「まさか送ってくれるのか? 車貸してくれれば一人で帰れるけど」
「誰が貸すかよ。フィオーレに行くんだろ。俺も用があるからついでに送ってやる」
「お前も?」
真はミラー越しにジーノを見た。
「お前、俺に何か隠してるだろ」
妙に確信した言い方だった。
「なんの話だ?」
「俺を欺こうなんて百年はえーんだよ。部下を使って情報を止めようとしてただろ。無駄無駄。そんなんで騙されるかよ」
真には今日、ユーリがアミル派の連中に拉致されたことを伏せていた。凛太朗からはあれから何の音沙汰もなく、ジーノが事の顛末を知ったのは、全てが終わった後にかかってきたユーリ本人からの電話でだった。
真に悟られるとは思っていなかった。彼は今日ずっと忙しく動き回っており、他のことを考える余裕などなさそうだったのに。
応援に向かわせた部下が手違いでフィオーレに連絡を入れたか、さすがにユーリがいてフィオーレの誰にも悟られずにいるのは無理だったのか。おそらく後者だろう。一人でもフィオーレの人間の耳に入れば、真に報告がいかないはずがない。
「今回はお前を責める気はないけど、しょうもない根回しをする暇があるなら部下を教育してくれ。ドン・フィオーレが一人で訪ねて来てるのに、うちになんの連絡もないのはなぜだ? お前の部下はそんなに気が回らない奴ばかりなのか?」
確かに今日も一人でふらふら出てきたらしいユーリの来訪を、誰かが不審に思ってフィオーレに連絡を入れていれば、こんな事態にはならなかったのかもしれない。
「仕方ないだろ。ユーリだぞ。恐縮して誰も口出しなんかできるかよ」
「そういうことじゃないんだよなぁ……」
真が窓の外へ煙を吐き出す。
「ま、話はボスにきくよ」
「あまり怒らないでやれよ。一応無事だったんだし」
「いや、問題はそこじゃないから」
「脱走したことか? あいつだって好きに動きたい時もあるだろ」
ため息をついた真が額を押さえる。
「お前がそんなだからあの人はいつまでたっても変わらないんだよ。ふらふらふらふら、リンまで巻き込まれるし。なんであいつは毎日危ないとこにいるんだよ」
「俺にきかれても……」
「止めなかったお前も同罪だからな」
「ちゃんと止めたし勝手に動くなって言ったぞ」
「結果が伴わなきゃ意味ないんだよ」
とんだ藪蛇だ。今回はお前を責めないと言っていたのに、ジーノはしっかり責められている。
「ユーリはともかくリンに当たるなよ」
「当たるかバーカ」
ひどい言われようだ。大人気ないにもほどがある。今に始まったことでもないが。
「それで、お前の様子が変だったのはそのせいか?」
「は? 何がだよ」
「お前さっきまでおかしかっただろ。ユーリとリンが心配だったからじゃないのか?」
帰りの車中、真の様子は明らかに普段と違っていた。彼は少し考えるそぶりを見せて、それから口を開いた。
「カイの奴が……昨日、俺のパソコンを開いてやがった」
「あいつが? なんでだよ」
「知らねーよ」
「てかロックは?」
「かけてたよ。リンの誕生日だけど」
「絶対にお前が悪いだろそれ。大丈夫なのか? 社外秘とか……」
真の扱う情報はフィオーレ内部でも一部の幹部しか知らないようなものが多い。万が一にも外部に漏れることなどあってはならない。
「家のパソコンに大したデータは入ってねーよ」
「そもそも、怪しいとわかってて、なんで今日あいつを連れてきたんだ? こっちの情報だだ漏れじゃねーか」
「知られて困るようなことは話してないだろ。それに、ボスの指示だ」
「ユーリが? どういうことだ?」
「俺も詳しくはわからないが、ボスは気づいてたんだよ。あいつの正体に。そして利用することを決めた」
「まさかお前があいつに部屋を貸したのもそのためか?」
「まあな。今後のあいつの動きを見るにはちょうどいいだろ?」
真は無表情だ。ジーノは釈然としなかった。
「あいつはお前が日本から連れてきたんだろ? そばに置く前に素性を調べなかったのか?」
「調べたよ。本名カイ・ツキシマ。十九歳。神奈川県出身。身長174センチ、体重58キロ。高校中退後キャバクラ、風俗のキャッチ、黒服などを経て送迎業務に。借金を返すために店絡みのやくざの仕事も手伝い始めるが、商品の女に手を出そうとして殺されかける。クソみたいなプロフィールだな」
真が諳んじた経歴は確かに真っ当とは言いがたいが、自分たちにとって問題があるようには思えなかった。
「その経歴は本物なんだろうな」
「ああ、でも全部じゃない。結構うまく隠してるのか、前に調べた時は他には何も出てこなかった」
カイが真のパソコンを盗み見た理由はそこにあるのだろう。先ほどユーリから電話で聞いた内容を思い返していると真が笑った。
「心配すんなって。ボスは利用価値があるから放置してるんだ。パーティーが終わるまでは泳がせる。全部終わったらすぐに片をつけるよ。こんなことなら部屋に盗聴器仕掛けとくんだったな」
明るく言う真からはなんの揺らぎも感じられない。正式な構成員ではないとはいえ、カイと一番多くの時間を共有したのは真はずだ。近しい者の裏切りの可能性を知って尚、平然と次の手を考える真は、仲間としてとても優秀で頼もしいはずなのに、同時に恐ろしく、そして悲しく思えた。
真に促されるままエントランスの方へ歩いて行くカイを眺めながら、ジーノは二人とも帰ってしまったら自分はどうやって帰ればいいのかと考えた。しかし真は運転席に移動しただけだった。
「何してんだ?」
「何が?」
「お前の家はここだろ? 帰るんじゃなかったのか?」
真はシートベルトをしめ、煙草をくわえた。
「俺まで帰ったらお前どうすんだよ。これ俺の車だぞ」
「まぁそうなんだけど……」
窓の外に目を向けるとカイは未だエントランスの前に立っている。上司の家を使わせてもらうばかりか、早めに仕事を上がったことに恐縮した様子の彼を片手であしらい、真は車を出した。
「まさか送ってくれるのか? 車貸してくれれば一人で帰れるけど」
「誰が貸すかよ。フィオーレに行くんだろ。俺も用があるからついでに送ってやる」
「お前も?」
真はミラー越しにジーノを見た。
「お前、俺に何か隠してるだろ」
妙に確信した言い方だった。
「なんの話だ?」
「俺を欺こうなんて百年はえーんだよ。部下を使って情報を止めようとしてただろ。無駄無駄。そんなんで騙されるかよ」
真には今日、ユーリがアミル派の連中に拉致されたことを伏せていた。凛太朗からはあれから何の音沙汰もなく、ジーノが事の顛末を知ったのは、全てが終わった後にかかってきたユーリ本人からの電話でだった。
真に悟られるとは思っていなかった。彼は今日ずっと忙しく動き回っており、他のことを考える余裕などなさそうだったのに。
応援に向かわせた部下が手違いでフィオーレに連絡を入れたか、さすがにユーリがいてフィオーレの誰にも悟られずにいるのは無理だったのか。おそらく後者だろう。一人でもフィオーレの人間の耳に入れば、真に報告がいかないはずがない。
「今回はお前を責める気はないけど、しょうもない根回しをする暇があるなら部下を教育してくれ。ドン・フィオーレが一人で訪ねて来てるのに、うちになんの連絡もないのはなぜだ? お前の部下はそんなに気が回らない奴ばかりなのか?」
確かに今日も一人でふらふら出てきたらしいユーリの来訪を、誰かが不審に思ってフィオーレに連絡を入れていれば、こんな事態にはならなかったのかもしれない。
「仕方ないだろ。ユーリだぞ。恐縮して誰も口出しなんかできるかよ」
「そういうことじゃないんだよなぁ……」
真が窓の外へ煙を吐き出す。
「ま、話はボスにきくよ」
「あまり怒らないでやれよ。一応無事だったんだし」
「いや、問題はそこじゃないから」
「脱走したことか? あいつだって好きに動きたい時もあるだろ」
ため息をついた真が額を押さえる。
「お前がそんなだからあの人はいつまでたっても変わらないんだよ。ふらふらふらふら、リンまで巻き込まれるし。なんであいつは毎日危ないとこにいるんだよ」
「俺にきかれても……」
「止めなかったお前も同罪だからな」
「ちゃんと止めたし勝手に動くなって言ったぞ」
「結果が伴わなきゃ意味ないんだよ」
とんだ藪蛇だ。今回はお前を責めないと言っていたのに、ジーノはしっかり責められている。
「ユーリはともかくリンに当たるなよ」
「当たるかバーカ」
ひどい言われようだ。大人気ないにもほどがある。今に始まったことでもないが。
「それで、お前の様子が変だったのはそのせいか?」
「は? 何がだよ」
「お前さっきまでおかしかっただろ。ユーリとリンが心配だったからじゃないのか?」
帰りの車中、真の様子は明らかに普段と違っていた。彼は少し考えるそぶりを見せて、それから口を開いた。
「カイの奴が……昨日、俺のパソコンを開いてやがった」
「あいつが? なんでだよ」
「知らねーよ」
「てかロックは?」
「かけてたよ。リンの誕生日だけど」
「絶対にお前が悪いだろそれ。大丈夫なのか? 社外秘とか……」
真の扱う情報はフィオーレ内部でも一部の幹部しか知らないようなものが多い。万が一にも外部に漏れることなどあってはならない。
「家のパソコンに大したデータは入ってねーよ」
「そもそも、怪しいとわかってて、なんで今日あいつを連れてきたんだ? こっちの情報だだ漏れじゃねーか」
「知られて困るようなことは話してないだろ。それに、ボスの指示だ」
「ユーリが? どういうことだ?」
「俺も詳しくはわからないが、ボスは気づいてたんだよ。あいつの正体に。そして利用することを決めた」
「まさかお前があいつに部屋を貸したのもそのためか?」
「まあな。今後のあいつの動きを見るにはちょうどいいだろ?」
真は無表情だ。ジーノは釈然としなかった。
「あいつはお前が日本から連れてきたんだろ? そばに置く前に素性を調べなかったのか?」
「調べたよ。本名カイ・ツキシマ。十九歳。神奈川県出身。身長174センチ、体重58キロ。高校中退後キャバクラ、風俗のキャッチ、黒服などを経て送迎業務に。借金を返すために店絡みのやくざの仕事も手伝い始めるが、商品の女に手を出そうとして殺されかける。クソみたいなプロフィールだな」
真が諳んじた経歴は確かに真っ当とは言いがたいが、自分たちにとって問題があるようには思えなかった。
「その経歴は本物なんだろうな」
「ああ、でも全部じゃない。結構うまく隠してるのか、前に調べた時は他には何も出てこなかった」
カイが真のパソコンを盗み見た理由はそこにあるのだろう。先ほどユーリから電話で聞いた内容を思い返していると真が笑った。
「心配すんなって。ボスは利用価値があるから放置してるんだ。パーティーが終わるまでは泳がせる。全部終わったらすぐに片をつけるよ。こんなことなら部屋に盗聴器仕掛けとくんだったな」
明るく言う真からはなんの揺らぎも感じられない。正式な構成員ではないとはいえ、カイと一番多くの時間を共有したのは真はずだ。近しい者の裏切りの可能性を知って尚、平然と次の手を考える真は、仲間としてとても優秀で頼もしいはずなのに、同時に恐ろしく、そして悲しく思えた。
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