ねむれない蛇

佐々

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たとえ全てが嘘であっても

#01

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 真に悟られないようにするためか、ジーノが応援に寄越したのはカンドレーヴァの人間ばかりだった。誰か一人でもフィオーレの耳に入れば、今回の騒動を真に伏せておくのは不可能だ。ユーリや凛太朗が責められることのないように、ジーノが気を回してくれたのかもしれない。
 少女は病院に運ばれた。腕をかすめた銃弾は命にかかわるほどの傷ではないが、幼い体には軽傷とは言い難かった。
 入り口を見張っていた男から聞き出した情報によれば、彼らの正体はアミル人の過激派グループに違いなかったが、今朝この街で爆破テロを引き起こしたのとは別の組織だった。構成員は少なく、フィオーレの脅威となり得るほどの力はないと判断された。
 ユーリは初めからそのことに気づいていたらしい。ならばなぜ、わざわざ危険を犯して彼らに捕まったのか、凛太朗にはわからなかった。いかに前線に出る機会が少ない彼でも、非力な少女にそうやすやすと拘束されるはずがない。出し抜く隙はいくらでもあっただろう。
 利用されているかわいそうな少女を救うため? しかし、結果的に彼女は危険に晒された。ユーリに銃を向けた時点で、それが避けられない未来であることを、彼が予測できなかったとは思えない。
 帰りの車中、部下に頼らずハンドルを握るユーリの表情は不思議なほどに穏やかで、助手席からそれを眺めていた凛太朗は自分が口にするべき言葉を考えあぐねていた。
「見事な射撃だった。試験は合格だよ。おめでとう」
 沈黙を破ったのはユーリだった。前方を見据えたまま、軽やかなハンドル捌きで車を走らせる彼は微笑んですらいた。
 凛太朗は言葉を返せなかった。手放しで喜ぶことなどできるはずもない。彼からその言葉をもらうために自分が犯した過ちが、心に重くのしかかっていた。
「浮かない顔だね」
 ユーリの指摘を受け、凛太朗は拳を握りしめた。
「俺は、自分が正しいことをしたのかわかりません」
 ようやく出てきたのはひどく情けない内容だった。ユーリはそれを笑うでも、呆れた様子もなく呟くように言った。
「二十秒」
 その意味を理解することができず、彼に視線を向ける。こちらを見ないまま、ユーリは続けた。
「君が引き金を引くまでに要した時間だ。今回は運が良かったが、腕の立つ相手なら全員死んでたよ」
 ユーリの顔は相変わらず穏やかだ。声音も落ち着いている。それが却って恐ろしい。
「申し訳ありません……」
 謝る凛太朗にユーリはふと口元を緩めた。
「君はシンによく似ているよ。身体能力が高く、射撃のセンスもある。でも、君とシンとの間には決定的な違いがある。何かわかる?」
「いいえ」
 兄との差などたくさんありすぎてどれが正解なのかわからない。
「シンはね、決して迷わない。もしあの場に彼がいたら、 俺に銃を向けている相手が誰であろうと、彼は迷わず引き金を引いていた」
 ユーリはもはや笑っていなかった。かといって怒っているわけでもない。ひたすらに冷静な瞳がこちらを向く。
「君は何が欲しいの? 何があっても大切な人を守れる強さ? それとも、客観的な正義を貫ける力?」
 言葉を失ったままの凛太朗に、ユーリは優しく微笑んだ。
「もう一度よく考えてみるといい。答えを出すのはそれからでも遅くないよ」
 凛太朗は最後まで何も言えなかった。ただ、爪が食い込むほどに握りしめた手のひらの痛みが、辛うじて思考を放棄させなかった。
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