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短編
罪ばかりの夜
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情緒不安定になり始めた頃の凛太朗と真の話です。嘔吐描写がありますのでご注意ください。
ときどき、凛太朗の遊びに付き合うようになった。以前からねだられて買い物や映画に行くことはあったが、あの日以来、凛太朗が学校以外で外に出るのは夜の時間ばかりだった。
その日はクラブに来ていた。
明滅するライトと熱気、音楽がもたらす高揚感が正常な思考を奪い去る。
男も女も密着し、知人もそうでない人間も触れ合っている。
知らない女や男に絡まれる凛太朗に腕を引かれ、キスされる。周りは暗いし、うるさいし、人でごった返しているから誰も気にしていない。他の奴らの手を引き剥がして、俺たちは何度も唇を重ねた。
気が済むまで踊って、疲れたので休憩しようとカウンターで酒を貰い、ソファに腰を下ろす。シャンパンを浴びたのかびしょびしょの凛太朗は、それでも楽しそうに笑っていた。
「兄さん全然酔ってなくない?」
「酔うほど飲んでないだろ」
「酒足りてないんじゃないの? 俺テキーラもらってこようか?」
「ばか、ガキじゃないんだから」
「俺はガキだよ。あ、あそこのお姉さんたちに混ぜてもらおうかな」
凛太朗が視線を向けた先には数人の若い女がいた。全員きれいでスタイルがいい。露出した脚や腹はなめらかそうで、触れたくなる男の気持ちがわかる気がした。
「みんな同じ顔に見えるな」
「いいじゃん。量産型のお姉さん最高。ちょっと引っかけてくるね」
俺の酒を奪ってグラスを空けた凛太朗は、量産型と評された、同じようなメイクと髪型の、美しい女たちの輪に自然に入って行った。
声をかけられた女たちは凛太朗に笑顔でグラスを渡す。凛太朗がそれを空にすると、悲鳴のような歓声が上がり、一人の女が凛太朗に抱きついた。その様子を他の女が写真に撮る。カメラを向けられた凛太朗は弾けるような笑顔を浮かべているのに、俺にはその顔が、とてつもなく悲しげなものに見えた。
やがて潰れた凛太朗を探してフロアをうろつく。トイレを覗くと個室が開けっ放しになっていて、中では凛太朗が先ほど絡んでいたのとは別の女に襲われていた。
「何やってんだよ……」
呆れて怒りも出来ない俺の前で、女は便座に座った凛太朗に跨り、キスをしている。
「兄さん、助けて……」
ぐったりした様子の凛太朗が弱々しい声で訴える。完全に飲み過ぎだ。
「だれぇ? あ、イケメンのお兄さん。混ざる?」
女が振り向き、舌足らずに俺を誘う。カラコンなのか元からなのか、大きな瞳はどこか焦点を失っているように見える。胸元ははだけ、短いスカートもめくれて病的に白い脚が露出している。
「リン、帰るぞ」
俺はため息をつき、女の腕を掴んで凛太朗から引き剥がした。続いて凛太朗を立ち上がらせる。
「えー行っちゃうの? また遊ぼうねー」
ふわふわした女の声を無視して凛太朗を外に連れ出す。
「お前マジで何やってんの?」
「あの子やばいよね。可愛いのに、なんも考えてないんだよ」
他人事のような言い草に腹が立つ。
「お前もだろ」
「きっと、俺が知らなかっただけで、世の中にはああいうかわいそうな子が、たくさん……おえええええ」
凛太朗は突然嘔吐した。奇跡的に道の端だし、辺りに人はいないし、服や靴も汚れなかったが、あまりに盛大に戻したものだから俺は焦った。
「おい、大丈夫か」
しゃがみ込む凛太朗の背中に触れる。わずかに震えているのがわかり、かなりまずい状態かもしれないと思ったが、凛太朗は笑っていた。
「はっ……はははっ、やべーめっちゃ吐いた」
へらへらとした様子に逆に不安が押し寄せる。
「おい……」
「大丈夫だよ。こんなの、べつに死ぬわけじゃないし。兄さん心配しすぎ。うける」
そんなことを言いながらも凛太朗は胃の中身が空になるまで吐き続け、それでも最後まで笑っていた。
「ははは」
乾いた凛太朗の笑い声が、張り付けたような笑顔が、俺に突き付ける。認めたくない事実を。
「あー気持ちわりーはははは」
あの夜を境に、凛太朗は壊れてしまった。
ときどき、凛太朗の遊びに付き合うようになった。以前からねだられて買い物や映画に行くことはあったが、あの日以来、凛太朗が学校以外で外に出るのは夜の時間ばかりだった。
その日はクラブに来ていた。
明滅するライトと熱気、音楽がもたらす高揚感が正常な思考を奪い去る。
男も女も密着し、知人もそうでない人間も触れ合っている。
知らない女や男に絡まれる凛太朗に腕を引かれ、キスされる。周りは暗いし、うるさいし、人でごった返しているから誰も気にしていない。他の奴らの手を引き剥がして、俺たちは何度も唇を重ねた。
気が済むまで踊って、疲れたので休憩しようとカウンターで酒を貰い、ソファに腰を下ろす。シャンパンを浴びたのかびしょびしょの凛太朗は、それでも楽しそうに笑っていた。
「兄さん全然酔ってなくない?」
「酔うほど飲んでないだろ」
「酒足りてないんじゃないの? 俺テキーラもらってこようか?」
「ばか、ガキじゃないんだから」
「俺はガキだよ。あ、あそこのお姉さんたちに混ぜてもらおうかな」
凛太朗が視線を向けた先には数人の若い女がいた。全員きれいでスタイルがいい。露出した脚や腹はなめらかそうで、触れたくなる男の気持ちがわかる気がした。
「みんな同じ顔に見えるな」
「いいじゃん。量産型のお姉さん最高。ちょっと引っかけてくるね」
俺の酒を奪ってグラスを空けた凛太朗は、量産型と評された、同じようなメイクと髪型の、美しい女たちの輪に自然に入って行った。
声をかけられた女たちは凛太朗に笑顔でグラスを渡す。凛太朗がそれを空にすると、悲鳴のような歓声が上がり、一人の女が凛太朗に抱きついた。その様子を他の女が写真に撮る。カメラを向けられた凛太朗は弾けるような笑顔を浮かべているのに、俺にはその顔が、とてつもなく悲しげなものに見えた。
やがて潰れた凛太朗を探してフロアをうろつく。トイレを覗くと個室が開けっ放しになっていて、中では凛太朗が先ほど絡んでいたのとは別の女に襲われていた。
「何やってんだよ……」
呆れて怒りも出来ない俺の前で、女は便座に座った凛太朗に跨り、キスをしている。
「兄さん、助けて……」
ぐったりした様子の凛太朗が弱々しい声で訴える。完全に飲み過ぎだ。
「だれぇ? あ、イケメンのお兄さん。混ざる?」
女が振り向き、舌足らずに俺を誘う。カラコンなのか元からなのか、大きな瞳はどこか焦点を失っているように見える。胸元ははだけ、短いスカートもめくれて病的に白い脚が露出している。
「リン、帰るぞ」
俺はため息をつき、女の腕を掴んで凛太朗から引き剥がした。続いて凛太朗を立ち上がらせる。
「えー行っちゃうの? また遊ぼうねー」
ふわふわした女の声を無視して凛太朗を外に連れ出す。
「お前マジで何やってんの?」
「あの子やばいよね。可愛いのに、なんも考えてないんだよ」
他人事のような言い草に腹が立つ。
「お前もだろ」
「きっと、俺が知らなかっただけで、世の中にはああいうかわいそうな子が、たくさん……おえええええ」
凛太朗は突然嘔吐した。奇跡的に道の端だし、辺りに人はいないし、服や靴も汚れなかったが、あまりに盛大に戻したものだから俺は焦った。
「おい、大丈夫か」
しゃがみ込む凛太朗の背中に触れる。わずかに震えているのがわかり、かなりまずい状態かもしれないと思ったが、凛太朗は笑っていた。
「はっ……はははっ、やべーめっちゃ吐いた」
へらへらとした様子に逆に不安が押し寄せる。
「おい……」
「大丈夫だよ。こんなの、べつに死ぬわけじゃないし。兄さん心配しすぎ。うける」
そんなことを言いながらも凛太朗は胃の中身が空になるまで吐き続け、それでも最後まで笑っていた。
「ははは」
乾いた凛太朗の笑い声が、張り付けたような笑顔が、俺に突き付ける。認めたくない事実を。
「あー気持ちわりーはははは」
あの夜を境に、凛太朗は壊れてしまった。
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