ねむれない蛇

佐々

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短編

愛のない崇拝

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まだ弟とか出てくる前のユーリ×真の話です。


 深夜、真はユーリの部屋の扉をノックした。仕事の打ち合わせため、時間をもらう約束だった。
 しばらく待っても返事がないので、真は扉を開けて中に入った。
「失礼します」
 広々としたリビングに、ユーリの姿は見えない。先ほど携帯のメッセージでやり取りしたばかりだから、不在ではないだろう。
 リビングを通り抜けて執務室を覗く。ここも不在。他の部屋にもいないので、少し迷ったが、真は寝室の扉を開けた。
 薄暗い部屋に足を踏み入れると、ベッド脇の柔らかなラグの上に、人が倒れているのが見えた。
「ボス!」
 慌てて駆け寄る。床に倒れたユーリの白い顔を見て、真の血の気も引きかけた。しかし、そっと肩に触れ、数度呼びかけただけでユーリはすぐに気づいたようだった。
「シン……?」
 重そうな瞼が持ち上がり、虚ろな瞳が真を見る。
「どうなさいました? ご気分が優れませんか? すぐに医者を……」
 電話を取り出すと、ユーリが服の裾を掴んだ。
「大丈夫……ちょっと飲み過ぎただけだから」
「それでも、こんな所で倒れるなんて……」
「いや、これは倒れてたわけじゃないよ」
 起き上がろうとユーリが身じろぐ。真は彼の薄い背中を支えた。
「君が来る前に着替えようと思ったんだけど、クローゼットに向かう途中で転んじゃって、そのまま起られなくて寝てただけだよ」
「な……」
 なぜそんなことに。絶句する真に、ユーリはいつもより無防備な顔で笑う。
「大丈夫だから。心配しないで」
「本当ですか? どこも辛くないですか?」
「過保護だなぁ、シンは。平気だよ。君だって酔っ払ってふらつくことくらいあるだろ?」
「しかし……」
「俺のほうが君よりお酒強いし、寝たら復活するから」
 とは言えユーリは具合が良くなさそうだ。
「薬を持ってきます。今日は早く休んでください」
「えー大丈夫だよ。仕事の話するんだろ?」
 ユーリは今度は自力で立ち上がり、ネクタイを緩めた。
「だめです。調子が悪い時は無理せず休んでください」
「自分は絶対休まないくせに」
「俺はいいんです」
「なにそれ」
 呆れたような口調なのに、彼の表情は柔らかい。
 彼は今度、甘えるように身を寄せてきた。いつになく距離が近い。自分から彼に触れることはあっても、こうして距離を縮められるとどうしていいかわからなくなる。
「せめてシャワーを浴びたいんだけど」
 上目遣いのユーリが真の手に触れる。華奢な指を絡められ、真は胸がはやるのを感じた。
「飲酒時の入浴は……」
「そんなに俺が心配なら一緒に入る?」
 触れた手に力がこもる。片腕を腰に回され、真は更にユーリに近づいた。彼の体温が、柔らかな髪が、愛らしい見た目に反し、意志の強そうな瞳が真を釘付けにする。
「ねぇ、シンが洗ってくれる?」


 言われるがまま一緒に入浴など出来るはずもなく、真は脱衣所でユーリがシャワーを終えるのを待っていた。べつにここに居る必要はないのだが、やはり足元のおぼつかないユーリに途中で倒れられたらたまらない。そう、これは監視だ。決して下心があるわけじゃない。
 しかしガラス張りの浴室はどうしたって見えてしまう。湯気で曇るガラスに透ける肌色から、真は必死に目を逸らした。
「シン、ちゃんと居る?」
 シャワーの音に混じって、ユーリの声が聞こえる。真は視線を足元に落としたまま答えた。
「ちゃんと居ますよ」
 ユーリは何も言わないが、愛らしい顔が笑っているような気がした。


「ふー暑い……」
 シャワーを終えたユーリが脱衣所に出てきた。真は用意していたタオルをユーリに差し出した。
「ふいてくれる? なんかふらふらする」
 さすがに躊躇う。
「返事は?」
 鋭い一瞥を向けられ、真はタオルを広げた。
「……はい」
 柔らかいタオルでユーリの顔や頭、体の水滴を拭う。
「ちゃんとふいてね。俺バスローブ嫌いだから、そのまま着替えるよ」
「はい」
 跪き、足先まで丁寧に水気をふき取る。
ふと、頭にユーリの手が触れた。視線を上げると微笑むユーリと目が合った。
「君は本当に従順だね。俺の言うことならなんでもきくの?」
 楽し気に言ったユーリの瞳はしかし、浮かべられた微笑の優しさとは裏腹に、嗜虐的な色を滲ませていた。
「もちろんです」
 回答に嘘はない。しかし、ユーリの瞳の奥に秘められた欲望の色が濃くなったのを見て、真はそれが正解なのかわからなくなった。


 それからも命じられるがまま真はユーリの世話を焼いた。着替えをし、歯磨きをさせ、髪を乾かしてベッドに横たわらせる。
「まだ眠くないよ」
 子供みたいな言葉は無視して布団をかける。
「ねぇ、きいてる?」
 ネクタイを掴まれ、真はようやく動きを止めた。子供にはない力で引き寄せられる。
「ボス……」
「眠れないから、一緒にベッドに入って」
 それも命令だろうか。尋ねるまでもなく、答えは明らかだった。
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