127 / 172
短編
愛のない崇拝
しおりを挟む
まだ弟とか出てくる前のユーリ×真の話です。
深夜、真はユーリの部屋の扉をノックした。仕事の打ち合わせため、時間をもらう約束だった。
しばらく待っても返事がないので、真は扉を開けて中に入った。
「失礼します」
広々としたリビングに、ユーリの姿は見えない。先ほど携帯のメッセージでやり取りしたばかりだから、不在ではないだろう。
リビングを通り抜けて執務室を覗く。ここも不在。他の部屋にもいないので、少し迷ったが、真は寝室の扉を開けた。
薄暗い部屋に足を踏み入れると、ベッド脇の柔らかなラグの上に、人が倒れているのが見えた。
「ボス!」
慌てて駆け寄る。床に倒れたユーリの白い顔を見て、真の血の気も引きかけた。しかし、そっと肩に触れ、数度呼びかけただけでユーリはすぐに気づいたようだった。
「シン……?」
重そうな瞼が持ち上がり、虚ろな瞳が真を見る。
「どうなさいました? ご気分が優れませんか? すぐに医者を……」
電話を取り出すと、ユーリが服の裾を掴んだ。
「大丈夫……ちょっと飲み過ぎただけだから」
「それでも、こんな所で倒れるなんて……」
「いや、これは倒れてたわけじゃないよ」
起き上がろうとユーリが身じろぐ。真は彼の薄い背中を支えた。
「君が来る前に着替えようと思ったんだけど、クローゼットに向かう途中で転んじゃって、そのまま起られなくて寝てただけだよ」
「な……」
なぜそんなことに。絶句する真に、ユーリはいつもより無防備な顔で笑う。
「大丈夫だから。心配しないで」
「本当ですか? どこも辛くないですか?」
「過保護だなぁ、シンは。平気だよ。君だって酔っ払ってふらつくことくらいあるだろ?」
「しかし……」
「俺のほうが君よりお酒強いし、寝たら復活するから」
とは言えユーリは具合が良くなさそうだ。
「薬を持ってきます。今日は早く休んでください」
「えー大丈夫だよ。仕事の話するんだろ?」
ユーリは今度は自力で立ち上がり、ネクタイを緩めた。
「だめです。調子が悪い時は無理せず休んでください」
「自分は絶対休まないくせに」
「俺はいいんです」
「なにそれ」
呆れたような口調なのに、彼の表情は柔らかい。
彼は今度、甘えるように身を寄せてきた。いつになく距離が近い。自分から彼に触れることはあっても、こうして距離を縮められるとどうしていいかわからなくなる。
「せめてシャワーを浴びたいんだけど」
上目遣いのユーリが真の手に触れる。華奢な指を絡められ、真は胸がはやるのを感じた。
「飲酒時の入浴は……」
「そんなに俺が心配なら一緒に入る?」
触れた手に力がこもる。片腕を腰に回され、真は更にユーリに近づいた。彼の体温が、柔らかな髪が、愛らしい見た目に反し、意志の強そうな瞳が真を釘付けにする。
「ねぇ、シンが洗ってくれる?」
言われるがまま一緒に入浴など出来るはずもなく、真は脱衣所でユーリがシャワーを終えるのを待っていた。べつにここに居る必要はないのだが、やはり足元のおぼつかないユーリに途中で倒れられたらたまらない。そう、これは監視だ。決して下心があるわけじゃない。
しかしガラス張りの浴室はどうしたって見えてしまう。湯気で曇るガラスに透ける肌色から、真は必死に目を逸らした。
「シン、ちゃんと居る?」
シャワーの音に混じって、ユーリの声が聞こえる。真は視線を足元に落としたまま答えた。
「ちゃんと居ますよ」
ユーリは何も言わないが、愛らしい顔が笑っているような気がした。
「ふー暑い……」
シャワーを終えたユーリが脱衣所に出てきた。真は用意していたタオルをユーリに差し出した。
「ふいてくれる? なんかふらふらする」
さすがに躊躇う。
「返事は?」
鋭い一瞥を向けられ、真はタオルを広げた。
「……はい」
柔らかいタオルでユーリの顔や頭、体の水滴を拭う。
「ちゃんとふいてね。俺バスローブ嫌いだから、そのまま着替えるよ」
「はい」
跪き、足先まで丁寧に水気をふき取る。
ふと、頭にユーリの手が触れた。視線を上げると微笑むユーリと目が合った。
「君は本当に従順だね。俺の言うことならなんでもきくの?」
楽し気に言ったユーリの瞳はしかし、浮かべられた微笑の優しさとは裏腹に、嗜虐的な色を滲ませていた。
「もちろんです」
回答に嘘はない。しかし、ユーリの瞳の奥に秘められた欲望の色が濃くなったのを見て、真はそれが正解なのかわからなくなった。
それからも命じられるがまま真はユーリの世話を焼いた。着替えをし、歯磨きをさせ、髪を乾かしてベッドに横たわらせる。
「まだ眠くないよ」
子供みたいな言葉は無視して布団をかける。
「ねぇ、きいてる?」
ネクタイを掴まれ、真はようやく動きを止めた。子供にはない力で引き寄せられる。
「ボス……」
「眠れないから、一緒にベッドに入って」
それも命令だろうか。尋ねるまでもなく、答えは明らかだった。
深夜、真はユーリの部屋の扉をノックした。仕事の打ち合わせため、時間をもらう約束だった。
しばらく待っても返事がないので、真は扉を開けて中に入った。
「失礼します」
広々としたリビングに、ユーリの姿は見えない。先ほど携帯のメッセージでやり取りしたばかりだから、不在ではないだろう。
リビングを通り抜けて執務室を覗く。ここも不在。他の部屋にもいないので、少し迷ったが、真は寝室の扉を開けた。
薄暗い部屋に足を踏み入れると、ベッド脇の柔らかなラグの上に、人が倒れているのが見えた。
「ボス!」
慌てて駆け寄る。床に倒れたユーリの白い顔を見て、真の血の気も引きかけた。しかし、そっと肩に触れ、数度呼びかけただけでユーリはすぐに気づいたようだった。
「シン……?」
重そうな瞼が持ち上がり、虚ろな瞳が真を見る。
「どうなさいました? ご気分が優れませんか? すぐに医者を……」
電話を取り出すと、ユーリが服の裾を掴んだ。
「大丈夫……ちょっと飲み過ぎただけだから」
「それでも、こんな所で倒れるなんて……」
「いや、これは倒れてたわけじゃないよ」
起き上がろうとユーリが身じろぐ。真は彼の薄い背中を支えた。
「君が来る前に着替えようと思ったんだけど、クローゼットに向かう途中で転んじゃって、そのまま起られなくて寝てただけだよ」
「な……」
なぜそんなことに。絶句する真に、ユーリはいつもより無防備な顔で笑う。
「大丈夫だから。心配しないで」
「本当ですか? どこも辛くないですか?」
「過保護だなぁ、シンは。平気だよ。君だって酔っ払ってふらつくことくらいあるだろ?」
「しかし……」
「俺のほうが君よりお酒強いし、寝たら復活するから」
とは言えユーリは具合が良くなさそうだ。
「薬を持ってきます。今日は早く休んでください」
「えー大丈夫だよ。仕事の話するんだろ?」
ユーリは今度は自力で立ち上がり、ネクタイを緩めた。
「だめです。調子が悪い時は無理せず休んでください」
「自分は絶対休まないくせに」
「俺はいいんです」
「なにそれ」
呆れたような口調なのに、彼の表情は柔らかい。
彼は今度、甘えるように身を寄せてきた。いつになく距離が近い。自分から彼に触れることはあっても、こうして距離を縮められるとどうしていいかわからなくなる。
「せめてシャワーを浴びたいんだけど」
上目遣いのユーリが真の手に触れる。華奢な指を絡められ、真は胸がはやるのを感じた。
「飲酒時の入浴は……」
「そんなに俺が心配なら一緒に入る?」
触れた手に力がこもる。片腕を腰に回され、真は更にユーリに近づいた。彼の体温が、柔らかな髪が、愛らしい見た目に反し、意志の強そうな瞳が真を釘付けにする。
「ねぇ、シンが洗ってくれる?」
言われるがまま一緒に入浴など出来るはずもなく、真は脱衣所でユーリがシャワーを終えるのを待っていた。べつにここに居る必要はないのだが、やはり足元のおぼつかないユーリに途中で倒れられたらたまらない。そう、これは監視だ。決して下心があるわけじゃない。
しかしガラス張りの浴室はどうしたって見えてしまう。湯気で曇るガラスに透ける肌色から、真は必死に目を逸らした。
「シン、ちゃんと居る?」
シャワーの音に混じって、ユーリの声が聞こえる。真は視線を足元に落としたまま答えた。
「ちゃんと居ますよ」
ユーリは何も言わないが、愛らしい顔が笑っているような気がした。
「ふー暑い……」
シャワーを終えたユーリが脱衣所に出てきた。真は用意していたタオルをユーリに差し出した。
「ふいてくれる? なんかふらふらする」
さすがに躊躇う。
「返事は?」
鋭い一瞥を向けられ、真はタオルを広げた。
「……はい」
柔らかいタオルでユーリの顔や頭、体の水滴を拭う。
「ちゃんとふいてね。俺バスローブ嫌いだから、そのまま着替えるよ」
「はい」
跪き、足先まで丁寧に水気をふき取る。
ふと、頭にユーリの手が触れた。視線を上げると微笑むユーリと目が合った。
「君は本当に従順だね。俺の言うことならなんでもきくの?」
楽し気に言ったユーリの瞳はしかし、浮かべられた微笑の優しさとは裏腹に、嗜虐的な色を滲ませていた。
「もちろんです」
回答に嘘はない。しかし、ユーリの瞳の奥に秘められた欲望の色が濃くなったのを見て、真はそれが正解なのかわからなくなった。
それからも命じられるがまま真はユーリの世話を焼いた。着替えをし、歯磨きをさせ、髪を乾かしてベッドに横たわらせる。
「まだ眠くないよ」
子供みたいな言葉は無視して布団をかける。
「ねぇ、きいてる?」
ネクタイを掴まれ、真はようやく動きを止めた。子供にはない力で引き寄せられる。
「ボス……」
「眠れないから、一緒にベッドに入って」
それも命令だろうか。尋ねるまでもなく、答えは明らかだった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説



身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる