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短編
#04
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出来上がった夕食を姉と二人で食べた。今日はいつもより食卓が広く感じられる。でも、楓は普段通りの明るさで、よくしゃべり、よく笑った。テレビも音楽もなくても静けさとは無縁の夕食だった。
「そういえば兄さんは?」
時計の針は既に午後十時に近づいている。兄の予定はきいていないが、学校の日だとしたらずいぶん遅い。学校だけの日とは限らないが。
「知らない。学校でなんかやってるか、友達と遊んでるんじゃない? それかバイトとか」
「兄さん新しいバイト始めたの?」
唯一、俺が手伝っている家庭教師のバイトの予定だけは教えてもらっているが、今日は授業のある日ではない。
「どうだろうね。真はそういうの教えてくれないからよくわかんない。どこで何やってるんだか……」
楓の顔がわずかに曇ったのを見て、俺は慌てて口を開いた。
「あ、案外あれかも、彼女とデートとか……」
「彼女? そうだね、顔はいいからね、あいつ」
「顔は……俺は、兄さんはすごいと思うけどな。かっこいいのはもちろんだけど、なんでも出来るし」
楓がため息をつく。
「私は、今まであいつに泣かされてきた女の子と、これから先、同じ目にあう子みんなに謝って回りたいよ」
この話題は失敗だ。真の女性関係は知らないが、楓にこんな苦い顔をさせるなんて。一体なにをやらかしたんだ。今度会ったら問い詰めてやろう。
「リンはいないの?」
次の話題を考えている間に楓に問われ、俺は一瞬、言葉に窮した。
「えっ……」
不自然な間が生まれてしまい、一人で焦る。
「何が?」
わざとらしく聞き返すと、楓が笑った。
「彼女とか、好きな子とか。その反応、さては誰かいるなぁ?」
「い、いないよ」
「怪しい。どんな子? 同じクラス?」
「いや、ほんとに居ないって」
「えー教えてよー相談に乗ってあげるのに」
「居ないしいらないって。そう言う姉さんこそどうなの? 会社の人とか」
さり気なさを装いながら尋ねるも、俺は自分の鼓動が速まるのを感じた。
「会社? ないない。私営業だし」
「営業だとだめなの?」
「だめじゃないけど、私はバリバリ働いて出世したいタイプだから。大抵の男の人は引くでしょ? そういうの」
「そうかなぁ」
俺はそうは思わなかった。その業界の国内トップシェアを誇る企業でバリバリ働く姉は、俺には十分、魅力的に思えた。無論、彼女のキャリアだけに惹かれているわけではないが。
「男の人って、女には自分より弱くいてほしいものなのよ」
社会に出ている姉が言うのだから、それが社会の縮図なのだろう。でも俺は、世の中にはたくさんの優秀な女性がいて、そこに性差などないと思った。同じ学校にだって、俺より賢く、強かな女生徒もいるだろう。
今日、ショッピングモールで会ったクライメイトの女の子だって、自分を変えようと一歩を踏み出す勇気と行動力を持っていた。男の俺たちが敵わないと思う女性だって、世の中にはたくさんいるのではないだろうか。
少なくともその時の俺は、確かにそう思っていた。
「そういえば兄さんは?」
時計の針は既に午後十時に近づいている。兄の予定はきいていないが、学校の日だとしたらずいぶん遅い。学校だけの日とは限らないが。
「知らない。学校でなんかやってるか、友達と遊んでるんじゃない? それかバイトとか」
「兄さん新しいバイト始めたの?」
唯一、俺が手伝っている家庭教師のバイトの予定だけは教えてもらっているが、今日は授業のある日ではない。
「どうだろうね。真はそういうの教えてくれないからよくわかんない。どこで何やってるんだか……」
楓の顔がわずかに曇ったのを見て、俺は慌てて口を開いた。
「あ、案外あれかも、彼女とデートとか……」
「彼女? そうだね、顔はいいからね、あいつ」
「顔は……俺は、兄さんはすごいと思うけどな。かっこいいのはもちろんだけど、なんでも出来るし」
楓がため息をつく。
「私は、今まであいつに泣かされてきた女の子と、これから先、同じ目にあう子みんなに謝って回りたいよ」
この話題は失敗だ。真の女性関係は知らないが、楓にこんな苦い顔をさせるなんて。一体なにをやらかしたんだ。今度会ったら問い詰めてやろう。
「リンはいないの?」
次の話題を考えている間に楓に問われ、俺は一瞬、言葉に窮した。
「えっ……」
不自然な間が生まれてしまい、一人で焦る。
「何が?」
わざとらしく聞き返すと、楓が笑った。
「彼女とか、好きな子とか。その反応、さては誰かいるなぁ?」
「い、いないよ」
「怪しい。どんな子? 同じクラス?」
「いや、ほんとに居ないって」
「えー教えてよー相談に乗ってあげるのに」
「居ないしいらないって。そう言う姉さんこそどうなの? 会社の人とか」
さり気なさを装いながら尋ねるも、俺は自分の鼓動が速まるのを感じた。
「会社? ないない。私営業だし」
「営業だとだめなの?」
「だめじゃないけど、私はバリバリ働いて出世したいタイプだから。大抵の男の人は引くでしょ? そういうの」
「そうかなぁ」
俺はそうは思わなかった。その業界の国内トップシェアを誇る企業でバリバリ働く姉は、俺には十分、魅力的に思えた。無論、彼女のキャリアだけに惹かれているわけではないが。
「男の人って、女には自分より弱くいてほしいものなのよ」
社会に出ている姉が言うのだから、それが社会の縮図なのだろう。でも俺は、世の中にはたくさんの優秀な女性がいて、そこに性差などないと思った。同じ学校にだって、俺より賢く、強かな女生徒もいるだろう。
今日、ショッピングモールで会ったクライメイトの女の子だって、自分を変えようと一歩を踏み出す勇気と行動力を持っていた。男の俺たちが敵わないと思う女性だって、世の中にはたくさんいるのではないだろうか。
少なくともその時の俺は、確かにそう思っていた。
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