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短編
#07
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凛太朗がシャワーを浴びて髪を乾かし、借りた服を着てリビングに戻ると真の姿はまだなかった。コーヒーを飲みながら煙草を吸っていたジーノが入れ替わりでシャワーに向かう。
凛太朗はカウンターに出しっぱなしになっていた水を飲んだ。
「あ、リンさん、朝飯食います?」
キッチンで洗い物をしていたカイに声をかけられる。
「誰が作んの?」
「もちろん俺です! お客さんなんて珍しいですからね、精一杯おもてなししますよ!」
半袖を着ているくせに腕まくりをして見せるカイの自身ありげな様子に少し興味がわく。
「へぇ、料理得意なの?」
あまり優秀そうには見えないが、もしかしたらそちらの腕を買われて雇われたのかもしれない。凛太朗の記憶している限り、真も料理と呼べるものは作れないはずだから、カイがそこを補ってくれているのならありがたい。
「料理って奥が深いですよね。同じ料理でも国が変わると味も変わる。俺この間インスタントラーメン作るのに失敗して。やっぱ鍋が変わると駄目だなって思いました」
「は?」
「あと目玉焼きも。多分フライパンのせい……」
「ちょっと待て。お前料理できないだろ」
「まぁ、上手いって言われたことはないですけど……」
不思議そうにこちらを見るカイにため息が出る。凛太朗はキッチンに入り、流しで手を洗った。
「俺がやる。何つくんの?」
「え、駄目ですよ。リンさんに朝飯の支度なんてさせられないっす」
「まともに作れる奴いないんだろ。不味い物食わされる方がきつい。てか兄貴の部屋の冷蔵庫に食材なんて入ってんの?」
「あ、それはこの前、いろいろ補充しときました」
無駄に立派な冷蔵庫を開けると、確かに最低限の調味料や生鮮食料品は揃っていた。
「こっちでは朝飯に何食うの? パン?」
凛太朗はカンドレーヴァの屋敷でトレーニングに必要な食事を用意してもらうことが多いため、この国の一般的な朝食をよく知らない。
「んーこっちの人は朝は食べないことも多いみたいですね。コーヒーだけとか。食べても軽いサンドイッチとかですね」
確かに以前クラウディオと出かけたとき、彼も朝はコーヒーだけだと言っていた気がする。
「バゲットあるしサンドイッチとスープでいいか」
「手伝います!」
「……じゃあ茹で卵作って」
勢いよく手を上げたカイを怪しく思いながらも指示を出すと、彼は嬉々として冷蔵庫から取り出した卵を皿に乗せ、電子レンジに突っ込もうとしていた。
「お前は皿でも洗ってろ」
慌てて止めるとカイは目に見えて落ち込んだ様子で再び流し台に向かった。
真はまだ起きてこないので三人で朝食をとった。
「美味い。リンが作ったのか?」
「うん」
「俺は卵をやりました!」
「おーカイも手伝ったのか。えらいな」
ジーノに褒められて嬉しそうなカイを横目に凛太朗は時計を見た。午前九時過ぎである。
「兄さん起こさなくていいの?」
ジーノの予定は知らないが、真は今日も仕事だと言っていた気がする。
「あーそうだな……カイ、行って来いよ」
「えー嫌ですよ。リンさんお願いします」
「無理。また襲われたら嫌だから」
「だって。カイ、残念だったな」
「もージーノさんが起こしてくださいよ!」
「嫌だよ。寝起きのあいつ、めちゃくちゃ機嫌悪いもん」
「えぇー……」
カイは諦めた様子で席を立った。一度深呼吸をした彼は急に真面目な顔になり、両の拳を握りしめる。
「押忍! 行ってきます!」
気合を入れたカイが寝室に向かう。
凛太朗はジーノと顔を見合わせた。
「あいつなんなの? 試合でもする気なの?」
「負けて帰ってきたら優しくしてやろうな」
覚悟を決めて真を起こしに来たはいいが、やっぱり怖い。
「シ、シンさーん。朝ですよー」
優しく呼びかけるがそんなことで起きるはずがない。既にカーテンは開いている。降り注ぐ太陽を避けるように真は頭から薄手の毛布をかぶっている。
「シンさん! 起きてください!」
手始めに毛布をはぎ取る。そして驚く。全裸だ。この人、全裸で寝ている。いや、予想できなかったわけではない。わけではないのだが、さすがに考えていなかった。やりすぎて疲れてそのまま寝落ちとかこの人でもそんなことあるのか。よく見るとなんか色々こびりついてるし寝具も汚れている。これ俺が洗うのか? 嫌だなぁ。ていうかパンツくらい履けよせめて!
「シンさん!」
苛立ちながら体を揺さぶるとようやく瞼が震えた。繊細な睫毛に縁どられたそれが持ち上がり、虚ろな瞳が現れる。まだ焦点を結ばない彼の目は気を抜くと再び閉じられてしまいそうだった。
「あ、起きた?」
「寒い……」
「そんな格好で寝てたらそりゃね。早く服を着てください」
ベッドの端や床に落ちている部屋着をかき集める。それを渡す前に腕を引かれ、カイはバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
「え、うわっ」
背中から真が抱きついてくる。
「ねむい……」
普段の彼からは想像もつかない柔らかい声で囁かれ、カイは心臓が止まるかと思った。
「シ、シンさん?」
恐ろしくて振り返ることができない。裸の彼にこれ以上ないくらい密着されている。激しい鼓動が聞こえてしまいそうだ。
「なんじ……?」
甘えた声を出す真は完全に寝ぼけている。また弟と間違えられているのかもしれない。しかし、だとしてもこれはカイにとって嬉しいハプニングだ。また真とこんなに近くで触れ合うことができるなんて。しかし、心臓がもたない気もしている。
「あ、あの、シンさん、そろそろ起きた方が……」
体に回された腕にさりげなく触れながら言うと、二度寝の気配を漂わせていた真の呼吸がぴたりと止まった。
「シ、シンさん?」
恐る恐る振り返る。完全に覚醒した様子の瞳とばっちり目が合った。
「何してんだてめぇ!」
弁解する間もなく、カイはベッドから蹴り落とされた。
「いってぇ! な、何すんすか!」
打ち付けた箇所をさすりながら見上げると、真はいつかのように冷ややかにカイを見下ろしていた。
「こっちのせりふだ。俺のベッドに入るとはいい度胸じゃねぇか」
「言いがかりっすよ! シンさんが無理やり俺を引き込んだんじゃないすか!」
「あ? なんだよそれ。知らねー」
真はベッドから下りると何も身につけず出て行こうとする。
「ちょっ、服! シンさん服着てくださいよ!」
滑らかな白い肌が目に毒でしょうがない。
「うるせーな。シャワー浴びてくる。布団一式クリーニングに出すから、業者呼んどけよ」
そう言って浴室に向かう真を、カイは呆然と眺めることしかできなかった。
凛太朗はカウンターに出しっぱなしになっていた水を飲んだ。
「あ、リンさん、朝飯食います?」
キッチンで洗い物をしていたカイに声をかけられる。
「誰が作んの?」
「もちろん俺です! お客さんなんて珍しいですからね、精一杯おもてなししますよ!」
半袖を着ているくせに腕まくりをして見せるカイの自身ありげな様子に少し興味がわく。
「へぇ、料理得意なの?」
あまり優秀そうには見えないが、もしかしたらそちらの腕を買われて雇われたのかもしれない。凛太朗の記憶している限り、真も料理と呼べるものは作れないはずだから、カイがそこを補ってくれているのならありがたい。
「料理って奥が深いですよね。同じ料理でも国が変わると味も変わる。俺この間インスタントラーメン作るのに失敗して。やっぱ鍋が変わると駄目だなって思いました」
「は?」
「あと目玉焼きも。多分フライパンのせい……」
「ちょっと待て。お前料理できないだろ」
「まぁ、上手いって言われたことはないですけど……」
不思議そうにこちらを見るカイにため息が出る。凛太朗はキッチンに入り、流しで手を洗った。
「俺がやる。何つくんの?」
「え、駄目ですよ。リンさんに朝飯の支度なんてさせられないっす」
「まともに作れる奴いないんだろ。不味い物食わされる方がきつい。てか兄貴の部屋の冷蔵庫に食材なんて入ってんの?」
「あ、それはこの前、いろいろ補充しときました」
無駄に立派な冷蔵庫を開けると、確かに最低限の調味料や生鮮食料品は揃っていた。
「こっちでは朝飯に何食うの? パン?」
凛太朗はカンドレーヴァの屋敷でトレーニングに必要な食事を用意してもらうことが多いため、この国の一般的な朝食をよく知らない。
「んーこっちの人は朝は食べないことも多いみたいですね。コーヒーだけとか。食べても軽いサンドイッチとかですね」
確かに以前クラウディオと出かけたとき、彼も朝はコーヒーだけだと言っていた気がする。
「バゲットあるしサンドイッチとスープでいいか」
「手伝います!」
「……じゃあ茹で卵作って」
勢いよく手を上げたカイを怪しく思いながらも指示を出すと、彼は嬉々として冷蔵庫から取り出した卵を皿に乗せ、電子レンジに突っ込もうとしていた。
「お前は皿でも洗ってろ」
慌てて止めるとカイは目に見えて落ち込んだ様子で再び流し台に向かった。
真はまだ起きてこないので三人で朝食をとった。
「美味い。リンが作ったのか?」
「うん」
「俺は卵をやりました!」
「おーカイも手伝ったのか。えらいな」
ジーノに褒められて嬉しそうなカイを横目に凛太朗は時計を見た。午前九時過ぎである。
「兄さん起こさなくていいの?」
ジーノの予定は知らないが、真は今日も仕事だと言っていた気がする。
「あーそうだな……カイ、行って来いよ」
「えー嫌ですよ。リンさんお願いします」
「無理。また襲われたら嫌だから」
「だって。カイ、残念だったな」
「もージーノさんが起こしてくださいよ!」
「嫌だよ。寝起きのあいつ、めちゃくちゃ機嫌悪いもん」
「えぇー……」
カイは諦めた様子で席を立った。一度深呼吸をした彼は急に真面目な顔になり、両の拳を握りしめる。
「押忍! 行ってきます!」
気合を入れたカイが寝室に向かう。
凛太朗はジーノと顔を見合わせた。
「あいつなんなの? 試合でもする気なの?」
「負けて帰ってきたら優しくしてやろうな」
覚悟を決めて真を起こしに来たはいいが、やっぱり怖い。
「シ、シンさーん。朝ですよー」
優しく呼びかけるがそんなことで起きるはずがない。既にカーテンは開いている。降り注ぐ太陽を避けるように真は頭から薄手の毛布をかぶっている。
「シンさん! 起きてください!」
手始めに毛布をはぎ取る。そして驚く。全裸だ。この人、全裸で寝ている。いや、予想できなかったわけではない。わけではないのだが、さすがに考えていなかった。やりすぎて疲れてそのまま寝落ちとかこの人でもそんなことあるのか。よく見るとなんか色々こびりついてるし寝具も汚れている。これ俺が洗うのか? 嫌だなぁ。ていうかパンツくらい履けよせめて!
「シンさん!」
苛立ちながら体を揺さぶるとようやく瞼が震えた。繊細な睫毛に縁どられたそれが持ち上がり、虚ろな瞳が現れる。まだ焦点を結ばない彼の目は気を抜くと再び閉じられてしまいそうだった。
「あ、起きた?」
「寒い……」
「そんな格好で寝てたらそりゃね。早く服を着てください」
ベッドの端や床に落ちている部屋着をかき集める。それを渡す前に腕を引かれ、カイはバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
「え、うわっ」
背中から真が抱きついてくる。
「ねむい……」
普段の彼からは想像もつかない柔らかい声で囁かれ、カイは心臓が止まるかと思った。
「シ、シンさん?」
恐ろしくて振り返ることができない。裸の彼にこれ以上ないくらい密着されている。激しい鼓動が聞こえてしまいそうだ。
「なんじ……?」
甘えた声を出す真は完全に寝ぼけている。また弟と間違えられているのかもしれない。しかし、だとしてもこれはカイにとって嬉しいハプニングだ。また真とこんなに近くで触れ合うことができるなんて。しかし、心臓がもたない気もしている。
「あ、あの、シンさん、そろそろ起きた方が……」
体に回された腕にさりげなく触れながら言うと、二度寝の気配を漂わせていた真の呼吸がぴたりと止まった。
「シ、シンさん?」
恐る恐る振り返る。完全に覚醒した様子の瞳とばっちり目が合った。
「何してんだてめぇ!」
弁解する間もなく、カイはベッドから蹴り落とされた。
「いってぇ! な、何すんすか!」
打ち付けた箇所をさすりながら見上げると、真はいつかのように冷ややかにカイを見下ろしていた。
「こっちのせりふだ。俺のベッドに入るとはいい度胸じゃねぇか」
「言いがかりっすよ! シンさんが無理やり俺を引き込んだんじゃないすか!」
「あ? なんだよそれ。知らねー」
真はベッドから下りると何も身につけず出て行こうとする。
「ちょっ、服! シンさん服着てくださいよ!」
滑らかな白い肌が目に毒でしょうがない。
「うるせーな。シャワー浴びてくる。布団一式クリーニングに出すから、業者呼んどけよ」
そう言って浴室に向かう真を、カイは呆然と眺めることしかできなかった。
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