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おさない凶器
#15
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昼食に利用した店はチャイナタウンのすぐ側にあった。食後、ユーリに連れられて向かったその街は数時間前にテロがあったとは思えないほど人々が普通に生活していた。
それをユーリに伝えると彼は「さすがに今日は少ないほうだよ」と笑った。
そうだろうか。直接被害を受けた建物やその周辺は立ち入り禁止になっていることもあり閑散としているが、飲食店や商店は通常通りの営業を行っており、客も入っているようだった。
「観光客はあまり居ないかもね。でも、元々ここに住んでる人間は今後もここで暮らしていくしかない。そのためには働くしかないんだよ」
改めて地元の人間で賑わう通りを眺める。被害は決して小さなものではなかった。人々はそれを理解しながら、それでも生きるために活動している。
「どんな状況でも、人は生きていかなければならない。そして、そうするべきだと俺は思う」
常よりはいくらか人の少ない、それでも変わらぬ活気のある街を、ユーリはどこか優しげな眼差しで眺めていた。
「日本の食品はここじゃないと手に入らないんだ。あ、リン、納豆があるよ!」
アジアの食品を多く取り扱うスーパーのような店で、ユーリは嬉しそうに目当ての、というか目に付いた商品を次々とカゴに入れていく。
「リンは何か欲しいものある? そろそろ味噌汁とか恋しいでしょ」
「いえ、今日ご馳走になったのでだいぶ満足しました」
「えーまた遠慮してない? あ、君もしかして食事制限中だった?」
「いえ、メニューは特別に用意してくれてるようなんですが、特に制限は」
「ちゃんと栄養とエネルギー考えて作ってもらってるやつでしょ? うわー外食はまずかったかぁー」
ユーリが嘆くように言う。そんな大袈裟な。
「大丈夫ですよ。調整すればいいだけですから」
「どうやって?」
「その分動いたり、夕食を減らしたりとか」
「マジで? 俺には絶対無理だよ。お腹空いてると眠れないもん」
確かにユーリは意外なほどよく食べていた。コースとして振舞われた食事で、おかわりをした人間を凛太朗は初めて見た。
「君はすごいね」
お茶漬けのパッケージを片手にユーリが微笑む。その色素の薄い瞳を凛太朗は見つめた。
「俺は、あなたの役に立ちたいんです」
「ほんと? それは嬉しいなぁ」
あまりに軽い口調だった。彼はもうこちらを見てすらいない。焦燥を抑えるように凛太朗はカートを握る手に力を込めた。
「ドン・フィオーレ、俺は本気です。まだ何もかも、出来ないことばかりですが、いつかきっと」
「いつかきっと、ね。そのいつかは、一体いつやってくるんだい?」
視線を転じさせたユーリは変わらず笑みを浮かべていたが、その瞳からは先ほどまでの温かさなど、微塵も感じられなかった。
「なんの確証もなく、君に投資し、回収できないまま君が命を落としたら、そうならないと、なぜ言い切れる?」
「それは……」
「俺はべつに道楽でこの仕事をしてるわけじゃない。勝算のない賭けには出ないし、将来性のない人間に投資するほどお人好しでもない。そんな俺が、側に置くほどの価値が君にはあるの?」
正直よくわからなかった。彼のために何ができるかなど、今の凛太朗には想像もつかない。それでも、ここで引いたら全てが終わりになってしまう。唯一残された兄との繋がりを、自分から断ち切るわけにはいかない。
「俺は、兄や、大切な人を守りたいんです。そのために強くなりたい。なんでもします。なんでも出来るようになります。だから俺を、俺があなたの役に立てるように使ってください」
「なんでも、か」
呟いたユーリがカートにお茶漬けを追加する。
「物は言いようだね。要は自分の目的のために俺を利用しようと思ってるわけだ。なかなかいい度胸だね、リン」
「損はさせません。約束します」
「はは、随分大きくでたね。いいよ。少しテストしようか」
歩き始めたユーリにカートを押しながら従う。
「テストですか?」
「そう。車に戻るまで俺を護衛すること。簡単だろ?」
凛太朗は迷った。護衛といっても、ここまでの道中、特に危険はなかった。数時間前にテロリストに襲われた場所だというのに、街はいたって穏やかだ。しかし、何もなければ彼がそれを課する理由がわからない。
「荷物は送ってもらうから両手も使えるよ。どうする? やる? やめておく?」
「やります」
彼に認められるにはこの試験に合格するしかない。
「そうこなくちゃね。ルールは一つ、車まで俺を護ること。どんな手を使ってもいい。じゃ、店を出たらスタートだ」
それをユーリに伝えると彼は「さすがに今日は少ないほうだよ」と笑った。
そうだろうか。直接被害を受けた建物やその周辺は立ち入り禁止になっていることもあり閑散としているが、飲食店や商店は通常通りの営業を行っており、客も入っているようだった。
「観光客はあまり居ないかもね。でも、元々ここに住んでる人間は今後もここで暮らしていくしかない。そのためには働くしかないんだよ」
改めて地元の人間で賑わう通りを眺める。被害は決して小さなものではなかった。人々はそれを理解しながら、それでも生きるために活動している。
「どんな状況でも、人は生きていかなければならない。そして、そうするべきだと俺は思う」
常よりはいくらか人の少ない、それでも変わらぬ活気のある街を、ユーリはどこか優しげな眼差しで眺めていた。
「日本の食品はここじゃないと手に入らないんだ。あ、リン、納豆があるよ!」
アジアの食品を多く取り扱うスーパーのような店で、ユーリは嬉しそうに目当ての、というか目に付いた商品を次々とカゴに入れていく。
「リンは何か欲しいものある? そろそろ味噌汁とか恋しいでしょ」
「いえ、今日ご馳走になったのでだいぶ満足しました」
「えーまた遠慮してない? あ、君もしかして食事制限中だった?」
「いえ、メニューは特別に用意してくれてるようなんですが、特に制限は」
「ちゃんと栄養とエネルギー考えて作ってもらってるやつでしょ? うわー外食はまずかったかぁー」
ユーリが嘆くように言う。そんな大袈裟な。
「大丈夫ですよ。調整すればいいだけですから」
「どうやって?」
「その分動いたり、夕食を減らしたりとか」
「マジで? 俺には絶対無理だよ。お腹空いてると眠れないもん」
確かにユーリは意外なほどよく食べていた。コースとして振舞われた食事で、おかわりをした人間を凛太朗は初めて見た。
「君はすごいね」
お茶漬けのパッケージを片手にユーリが微笑む。その色素の薄い瞳を凛太朗は見つめた。
「俺は、あなたの役に立ちたいんです」
「ほんと? それは嬉しいなぁ」
あまりに軽い口調だった。彼はもうこちらを見てすらいない。焦燥を抑えるように凛太朗はカートを握る手に力を込めた。
「ドン・フィオーレ、俺は本気です。まだ何もかも、出来ないことばかりですが、いつかきっと」
「いつかきっと、ね。そのいつかは、一体いつやってくるんだい?」
視線を転じさせたユーリは変わらず笑みを浮かべていたが、その瞳からは先ほどまでの温かさなど、微塵も感じられなかった。
「なんの確証もなく、君に投資し、回収できないまま君が命を落としたら、そうならないと、なぜ言い切れる?」
「それは……」
「俺はべつに道楽でこの仕事をしてるわけじゃない。勝算のない賭けには出ないし、将来性のない人間に投資するほどお人好しでもない。そんな俺が、側に置くほどの価値が君にはあるの?」
正直よくわからなかった。彼のために何ができるかなど、今の凛太朗には想像もつかない。それでも、ここで引いたら全てが終わりになってしまう。唯一残された兄との繋がりを、自分から断ち切るわけにはいかない。
「俺は、兄や、大切な人を守りたいんです。そのために強くなりたい。なんでもします。なんでも出来るようになります。だから俺を、俺があなたの役に立てるように使ってください」
「なんでも、か」
呟いたユーリがカートにお茶漬けを追加する。
「物は言いようだね。要は自分の目的のために俺を利用しようと思ってるわけだ。なかなかいい度胸だね、リン」
「損はさせません。約束します」
「はは、随分大きくでたね。いいよ。少しテストしようか」
歩き始めたユーリにカートを押しながら従う。
「テストですか?」
「そう。車に戻るまで俺を護衛すること。簡単だろ?」
凛太朗は迷った。護衛といっても、ここまでの道中、特に危険はなかった。数時間前にテロリストに襲われた場所だというのに、街はいたって穏やかだ。しかし、何もなければ彼がそれを課する理由がわからない。
「荷物は送ってもらうから両手も使えるよ。どうする? やる? やめておく?」
「やります」
彼に認められるにはこの試験に合格するしかない。
「そうこなくちゃね。ルールは一つ、車まで俺を護ること。どんな手を使ってもいい。じゃ、店を出たらスタートだ」
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