ねむれない蛇

佐々

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おさない凶器

#12

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 当初はどうなるかと思われた話し合いは、ユーリからの電話を境に滞りなく進み始めた。真は相手の条件を全て飲み、パーティーの成功に尽力することを約束した。和やかな雰囲気で握手を交わす二人を、カイはどこか不気味なものを見た時のような心境で眺めていた。


 アインツ側の警備担当の責任者から紹介された男はジャック・ブラウンと名乗った。
「フィオーレのマコト・ノギです。当日の警備に協力させて頂きます」
 あいさつを返した真が差し出された大きな手を握る。力強い握手に真が内心毒づいているのがわかる。
「君は日本人かい? なんと呼べばいいかな」
「シンと呼んでください。この国ではそう呼ばれることが多い」
「わかったよシン、俺のことはジャックと」
「よろしくジャック。ところでBR社といえば、あのアメリカの?」
 握手の前の自己紹介で聞いたときから気になっていた様子の真が質問する。BR、ブラック・リバー社といえば世界的にも最大規模の民間軍事会社だ。少し離れたところで彼の護衛よろしく二人を見守っていたカイには真が考えていることが手に取るようにわかった。
 ジャックは取り出した名刺を真に渡した。
「我々はブラック・リバーではなくブラック・レイン。本社はアメリカだが、アジア圏での活動が多い」
「なるほど……俺たちの出番はなくなるかと思いましたよ」
 カイの予想通り、真はブラック・リバー社ほどの大手が警備を担当するなら、現地マフィアからの支援など不要になるはずと思っていたようだ。
「よく間違えられる。活動拠点が被ってないから見過ごされてるだけかもしれないが」
 ジャックは笑うが、ブラック・リバー社は敵に回していい相手ではない気がした。同業者ならなおさらだ。
「普段は中東や上海、香港での仕事が多い。日本にもたまに行くよ」
 二人は建物内を歩きながら当日の打ち合わせを行った。ジーノは別件で席を外していたためカイは二人について各所を回ることにした。
 ジャックと会ったラウンジから階段を登り、屋上へ出る。緑化した屋上はヘリの離着陸に足る広さはないが、上空から降下されたらわからない。
 パーティーのメイン会場はダイニングとラウンジ、プール付近だ。森に面した客室側が使用される予定はないが、かといって警備を薄くすればテロリストたちの侵入を許しかねない。海から来ることは考えにくいが、姿を隠しやすい森からの襲撃は十分に考えられる。
 随所にはすでに幾人かの男たちが配置されていた。ジャックと同じポロシャツに同じ装備。彼の連れてきた部下だろう。姿勢を正す彼らにジャックは真を紹介した。
 真は慣れた様子であいさつし、まだ若い男たちと握手を交わす。彼らは真の整った容姿を揶揄するようなスラングを吐き、ジャックに窘められていた。
「すまないな」
 その場を離れるとジャックが言った。
「お気になさらず。見た目でなめられるのは慣れています」
 真はまるで興味がなさそうだが、カイは内心穏やかではなかった。思わずジャックに向けた視線に怒りをにじませてしまう。
「彼は君の部下か? ものすごく睨まれるんだが」
 立ち寄った喫煙所で煙草をくわえたジャックが苦笑した。
「失礼……まだ躾の途中でして。子犬なのですぐに威嚇してしまうんです」
「君に触れたら噛みつかれそうだな」
「おすすめはしませんね」
 壁に背中を預けて真が微笑む。忠告があったにもかかわらず、ジャックは真に歩み寄り、彼の涼しげな顔を覗き込んだ。
「君は話に聞いていた男とはだいぶ印象が違うな」
「そうですか?」
「今晩食事でもどうだ? 美味い酒が飲める店を教えてくれないか」
 日焼けした手を伸ばし、真の白い頬をなでる。
 アウトー!
 カイは叫びながら二人の間に割って入りそうになった。しかし当然その必要はなく、真は自分で男の逞しい腕を掴んだ。
「あいにく、忙しいものですから」
 きっぱり断られたジャックは大人しく離れ、真は冷めたような顔で煙草に火をつけた。
「あなたの経験から、このホテルの警備の難易度はどのくらいですか?」
 真はこれ以上絡まれないようにか、仕事の話を進めることにしたようだ。
「警備の内容にもよるが、難しいことは確かだな。外と繋がる場所が多ければそれだけ侵入は容易だし、ガラス窓が多いのも、外から狙われる機会を増やすことになる。セキュリティルームも、占拠されればそれまでだ」
 ジャックは廊下の外に広がる森を眺める。
 客室の配置された片側廊下はエントランスを中心として左右に長く伸びている。全長0.5キロほどの横長のホテルはどのランクの客室からでもイオリア海の青と、森の緑を眺めることができるようになっている。
 廊下やフロアーの随所には監視カメラが設置されている。真曰くセキュリティがガバガバのこのホテルの中で唯一の防犯設備だが、そこから送られた映像を管理するセキュリティルームも、ジャックの言う通り占拠されればそれまでで、そもそも、強盗や暗殺者ならともかく、テロリストなどという連中がカメラに姿を捉えられることを恐れるとも思えなかった。
「最悪の事態を回避するために必要なことはなんですか?」
「君の言う最悪の事態とは?」
「テロリストに会場を占拠されること……」
「侵入を許したら最後と思え。身動きがとれなくなる前に客を避難させるか、自分たちが離脱するしかない」
「対抗することは不可能だと?」
「相手と君たちの力量次第だが、圧倒的に不利なのは君たちのほうだろう。パーティーの参加者という大勢の人質を守りながら戦うのは容易なことじゃない。だからこそ、侵入される前に片をつけるべきだが……この環境は絶望的だな」
 解放感あふれる造りの建物を見回して、ジャックが笑う。
「そんな中、君たちがどんな風に対抗するのか楽しみだよ」
「他人事みたいに言うんですね」
「テロの実行犯はほぼ捕まってるんだろ? 残党の体力は少ないと見ていいだろう。この国のテロの傾向を見ても言えることだが、戦略、装備共に実にお粗末だ。正面から我々に対抗できるような力はない」
「外部からの支援を受けていなければ、ですね」
「そうだな。こんな分の悪い仕事を引き受けるものがいれば、だが」
 真の探るような瞳に動揺する様子もなく、ジャックは白い歯を見せた。
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