ねむれない蛇

佐々

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おさない凶器

#11

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 当然と言うべきか、料理は少量ずつ供された。どれも凝った盛り付けと工夫がされており、目で楽しむことを前提とした作りだった。
「美味しいね」
 ユーリは幸せそうな顔で出されたものを次々と口に運んでいく。小柄な割に意外と食欲旺盛のようだった。
 獅子唐の天ぷらを食べていた時、ユーリの電話が鳴った。
「はい」
 箸を置いたユーリは席を外すことなく電話に出る。
「ええ、その節は……いえ、大丈夫ですよ。昼食は逃げませんから」
 大事な話をするならこちらが席を立ったほうがいいだろうかとユーリを伺うと、すぐに意図を察した彼は緩く首を振った。そして凛太朗の座っている席を指差す。そこに居ろということか。
「さようでしたか。それは大変失礼を。ただこちらの言い分も理解して頂きたいのです。今の状況で全てに対応するのは難しい……それはそちらも承知のはずだ」
 つまらなさそうな顔でユーリは続ける。
「ええ、もちろんです。最優先事項は変わりません。なるほど、人員の増強を……ありがとうございます。わざわざそこまでして下さったなんて。ちなみにどういった繋がりの?」
 凛太朗はユーリの話を耳に入れながらお茶を飲んだ。話の内容はよくわからないが、微笑むユーリには思惑がありそうだ。
「さすが、お顔が広くていらっしゃいますね。いえいえ、とんでもない。私などまだまだ、赤子同然ですが、そう仰って頂けるのはとても嬉しいです。少しでもお役に立てるようでしたら我々も全力で……もちろんです。ええ、彼には私からよく言っておきます。これがこの国や御社の繁栄を妨げようとする者たちの計画なら、それを阻止するのは我々の仕事ですから。安心してお任せください」
 それから二、三あいさつを交わしてユーリは電話を切った。すぐに別のスマートフォンを取り出し、今度は電話をかけ始める。
 しかしすぐに電話を離した彼は首を傾げて凛太朗を見た。
「珍しい。電源切ってるみたい」
「誰ですか?」
「シン」
 何度かけても呼び出し音の鳴らない電話にユーリは諦めたのか、スマートフォンをテーブルに置いた。
「プライベート用の番号にかけますか?」
「いや、ジーノと一緒のはずだから、そっちにかけてみるよ」
 スマートフォンを操作したユーリが今度はジーノの番号を呼び出す。こちらはすぐに繋がったようだった。
「すみません打ち合わせ中に、今大丈夫ですか? シンは一緒にいます?」
 ユーリの、ジーノに対する丁寧な話し方を意外に思う。そういえば彼らの関係を凛太朗はよく知らない。
「彼、携帯の電源を切ってるみたいで。かわってもらえますか? アインツの連中がうるさくて」
 真が出るのを待つ間、ユーリは凛太朗と目が合うと意味ありげに微笑んだ。凛太朗は思わず目を逸らしてしまった。
「シン、忙しいとこごめんね。だいぶ揉めてるみたいだけど大丈夫? 今俺のところにも電話があったよ。かなり無茶な要求をされてると思うけど、連中もそれは承知のようだ。何か目的がありそうだし、それを探るためにも少し泳がせたい。ひとまずどんな内容でも適当に頷いておいて」
 ユーリはまるで雑談のような軽さで話す。
「悪いね、面倒なことになって。でもここを耐えれば今後アインツに足元を見られることもなくなる」
 最後にユーリは声の調子を変えて「頼むよ」と付け加えた。その一言で真は完全に落ちたようだ。
 電話を終えたユーリは小さく息を吐いてスマートフォンをしまった。
「ごめんね。もう終わったから」
「いえ……お疲れ様です」
 彼が謝る必要などどこにもない。食事中でも仕事から離れられないのは責任ある立場の者なら仕方ないことだろう。
「リンは知ってる? 今日あったテロの話」
 食事を再開させながらユーリが言った。
「ジーノからさわりだけ聞きました。チャイナタウンで、ホテルや宗教施設が被害にあったと」
「そう。かつて過激派と呼ばれた反政府組織は政府によって武力で制圧されたが、未だ同様の思想を抱く者は少なくない。そういう連中はチャンスがあればいくらでも事を構えてくる」
「今回のテロもかつての過激派が企てたということでしょうか?」
「やり口や結果だけを見ればそうだね。奴らの動機は政府への恨みだ。自分たちの犠牲の上に成り立つ発展や幸福など、あってはならないと思っている」
 ちょうど皿の上がきれいになった頃、次の料理が運ばれてきた。
 豆腐に箸をつけながら、ユーリが口を開く。
「だから観光立国としての地位を確立しようとしてるこの国を脅かしたい」
「テロが起これば観光客の出入りは確実に制限されますからね」
「そう。内戦集結からようやく治安も回復し、各国から観光客が訪れるようになってきたのに、また不安定な途上国に逆戻りだよ」
 ユーリは自嘲するように笑う。
「ただね、それを放置することももちろん出来ない。今回のテロはただの始まりに過ぎないと俺は思ってる。奴らの目的はこんな小さな騒ぎを起こすことじゃないはずだ」
「もっと大きな事件が起こるということですか?」
「そう。君も参加することになってるアインツのパーティーで、連中は必ず仕掛けてくる」
 世界的にも有名な企業の建てたリゾートホテルはそれだけで観光客を集める材料になる。そこを襲撃すればより大きな痛手を政府に負わせることができるということだろう。しかし、本命がホテルのパーティーならそれより以前に騒ぎを起こすのは賢いやり方ではないような気がした。
「今回の騒ぎでパーティーの警備が強化されれば連中もやりにくくなるのでは?」
 疑問を口にするとユーリは口の端を持ち上げた。普段の大きな瞳が一転して射すくめるような眼差しに、凛太朗は恐怖を禁じ得なかった。
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