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おさない凶器
#08
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首都O9から南に四十キロ、タルミーナのビーチにたつ高級ホテル、アインツフォート。
城塞の名がつけられたリゾートホテルはイザベッラ湾に面し、高台にある街タルミーナをいくらか下ったところにある。
一帯では間違いなく最大級のホテルで、三つのビーチと二つのプールを有し、正面に広がるグランブルーと、背後の森、異なる二つの自然を楽しむことができる。
周辺の観光名所へも移動しやすく、ビーチにも出やすい好立地に今まで同規模のホテルがなかったのは、景観を守るために建物の建設が制限されていたことと、内戦終結に伴い、この国の観光資源が今、改めて世界各国の注目を集め始めているからだろう。
ホテルの外観は今でこそ無機質なコンクリートで覆われているが、一年を通して温暖の気候を活かした半屋外の空間は、建物のどこに居ても外の空気を感じることができる。極力その場所の木々や岩をどけず、建物と一体化させるように設計されたホテルはこれから、長い年月を経て植物に覆われ、やがて森の中の城塞と化す。そんなコンセプトのもと作られたホテルだと聞かされていた。
カイには難しいことはよくわからないが、石畳のアプローチからホテルの外観を見たとき、力強い森の木々や、巨大な岩と溶け込むようにデザインされた人工物に自然と胸が高鳴った。都心にある高層階のホテルとも、リゾート地のそれとも違う、自然素材を利用した滑らかな曲線と、そこに這う鮮やかな緑が美しい。光や風の入り方まで全て計算されて建てられたことが窺えるような作りだった。
「わー……」
感動を言葉にすることは難しく、カイはありきたりな感嘆詞を口にして、自然と融合するホテルを眺めた。
「ほんと警備には向かない作りだよな。何このエントランス、ほとんど外じゃん。セキュリティもクソもねー」
情緒もクソもない声が聞こえ、真がさっさと中に入って行く。
「ま、待ってくださいよ!」
真を追いかけ、カイもエントランスに向かう。外とそのまま繋がる廊下は滑らかにカーブしており、片側は普通の壁なのに、反対側は巨大な岩だった。岩の壁、ではなく、もともとその場所にあった岩をそのまま建物の一部にしたという感じだ。
凡人が終ぞ発想できないような芸術的な工夫にいちいち感動するカイをよそに、真は「この岩は弾除けに良さそうだな」などと言いながら奥へ進んでいく。
通路を抜けると自然光で満たされたメインホールに出た。視界が開けているのは全ての窓が開放され、果てしなく続く空と、それに交わるようなイオリア海の青がいっぱいに広がっているからだろう。
そして窓の外に海とは違う水のきらめきがある。プールだ。イザベッラ湾に面して設置されたプールはまるで、そのまま海や空へと続くような作りをしていた。
「インフィニティプールって言うんだってな」
珍しく真が教えてくれた。
「インフィニティ?」
「シンガポールのホテルのやつとか、お前も見たことあるだろ? 女子大生のSNSによく載ってる」
写真や映像でしか見たことのないような色だった。こんな景色が現実に存在するなんて。
「超きれいですね、シンさん……」
感動を分かち合いたくて上司を伺うと、彼は既に隣におらず、ホールにいた従業員と思われる男に何やら話しかけていた。当たり前だが自分と話すときとは比べ物にならない流暢な英語にカイは少し落ち込んだ。
「カイ! 行くぞ!」
真に呼ばれカイは慌てて彼の元へ向かった。先に立った真が階段を上り始める。白を基調とした階段は照明などついていないのに、外からの光を柔らかく反射し、落ち着いた空間となっている。手すりの構造や、さりげなく置かれた彫刻にすら目を奪われるカイを、真が見咎めた。
「ぼさっとすんな。ただでさえ遅刻してんだから」
「シンさんが道間違えるからじゃん……」
「あ? なんだって?」
「すみませんでした! 運転手の俺が役立たずのせいです!」
「ほんと使えねー。お前なんでここに居るの?」
昨日の一件から今まで以上に当たりが強い。しかし言い返せるはずもなく、カイは黙って真に従った。
階段を登りきるとそこはラウンジフロアーだった。下のメインホールと同じように開放的な作りで、余裕をもって設置されたソファやテーブルはとても居心地が良さそうだ。
ラウンジとガラス戸で繋がる部屋があり、そちらはダイニングルームになっているようだった。こちらも大きなガラス窓からふんだんに光が差し込み、片側は海、反対は緑いっぱいの景色が広がっている。
整列して置かれたテーブルに幾人かの男たちが座っていた。
扉を引く前に真はカイを一暼した。
「ていうかお前なんでついて来たんだ? 車で待っててもいいのに」
「や、すげーホテルだってきいたから見たかったってのもあるんすけど、その、俺も勉強したいって言うか……」
「どうせ何話してるかわかんないのに?」
「頑張ります!」
意気込んで言うと真は目を細め、無言でカイのネクタイを直した。そして扉を開け、中に入って行く。遅刻している人間のものとは思えない堂々とした振る舞いに、カイは少し感心した。
城塞の名がつけられたリゾートホテルはイザベッラ湾に面し、高台にある街タルミーナをいくらか下ったところにある。
一帯では間違いなく最大級のホテルで、三つのビーチと二つのプールを有し、正面に広がるグランブルーと、背後の森、異なる二つの自然を楽しむことができる。
周辺の観光名所へも移動しやすく、ビーチにも出やすい好立地に今まで同規模のホテルがなかったのは、景観を守るために建物の建設が制限されていたことと、内戦終結に伴い、この国の観光資源が今、改めて世界各国の注目を集め始めているからだろう。
ホテルの外観は今でこそ無機質なコンクリートで覆われているが、一年を通して温暖の気候を活かした半屋外の空間は、建物のどこに居ても外の空気を感じることができる。極力その場所の木々や岩をどけず、建物と一体化させるように設計されたホテルはこれから、長い年月を経て植物に覆われ、やがて森の中の城塞と化す。そんなコンセプトのもと作られたホテルだと聞かされていた。
カイには難しいことはよくわからないが、石畳のアプローチからホテルの外観を見たとき、力強い森の木々や、巨大な岩と溶け込むようにデザインされた人工物に自然と胸が高鳴った。都心にある高層階のホテルとも、リゾート地のそれとも違う、自然素材を利用した滑らかな曲線と、そこに這う鮮やかな緑が美しい。光や風の入り方まで全て計算されて建てられたことが窺えるような作りだった。
「わー……」
感動を言葉にすることは難しく、カイはありきたりな感嘆詞を口にして、自然と融合するホテルを眺めた。
「ほんと警備には向かない作りだよな。何このエントランス、ほとんど外じゃん。セキュリティもクソもねー」
情緒もクソもない声が聞こえ、真がさっさと中に入って行く。
「ま、待ってくださいよ!」
真を追いかけ、カイもエントランスに向かう。外とそのまま繋がる廊下は滑らかにカーブしており、片側は普通の壁なのに、反対側は巨大な岩だった。岩の壁、ではなく、もともとその場所にあった岩をそのまま建物の一部にしたという感じだ。
凡人が終ぞ発想できないような芸術的な工夫にいちいち感動するカイをよそに、真は「この岩は弾除けに良さそうだな」などと言いながら奥へ進んでいく。
通路を抜けると自然光で満たされたメインホールに出た。視界が開けているのは全ての窓が開放され、果てしなく続く空と、それに交わるようなイオリア海の青がいっぱいに広がっているからだろう。
そして窓の外に海とは違う水のきらめきがある。プールだ。イザベッラ湾に面して設置されたプールはまるで、そのまま海や空へと続くような作りをしていた。
「インフィニティプールって言うんだってな」
珍しく真が教えてくれた。
「インフィニティ?」
「シンガポールのホテルのやつとか、お前も見たことあるだろ? 女子大生のSNSによく載ってる」
写真や映像でしか見たことのないような色だった。こんな景色が現実に存在するなんて。
「超きれいですね、シンさん……」
感動を分かち合いたくて上司を伺うと、彼は既に隣におらず、ホールにいた従業員と思われる男に何やら話しかけていた。当たり前だが自分と話すときとは比べ物にならない流暢な英語にカイは少し落ち込んだ。
「カイ! 行くぞ!」
真に呼ばれカイは慌てて彼の元へ向かった。先に立った真が階段を上り始める。白を基調とした階段は照明などついていないのに、外からの光を柔らかく反射し、落ち着いた空間となっている。手すりの構造や、さりげなく置かれた彫刻にすら目を奪われるカイを、真が見咎めた。
「ぼさっとすんな。ただでさえ遅刻してんだから」
「シンさんが道間違えるからじゃん……」
「あ? なんだって?」
「すみませんでした! 運転手の俺が役立たずのせいです!」
「ほんと使えねー。お前なんでここに居るの?」
昨日の一件から今まで以上に当たりが強い。しかし言い返せるはずもなく、カイは黙って真に従った。
階段を登りきるとそこはラウンジフロアーだった。下のメインホールと同じように開放的な作りで、余裕をもって設置されたソファやテーブルはとても居心地が良さそうだ。
ラウンジとガラス戸で繋がる部屋があり、そちらはダイニングルームになっているようだった。こちらも大きなガラス窓からふんだんに光が差し込み、片側は海、反対は緑いっぱいの景色が広がっている。
整列して置かれたテーブルに幾人かの男たちが座っていた。
扉を引く前に真はカイを一暼した。
「ていうかお前なんでついて来たんだ? 車で待っててもいいのに」
「や、すげーホテルだってきいたから見たかったってのもあるんすけど、その、俺も勉強したいって言うか……」
「どうせ何話してるかわかんないのに?」
「頑張ります!」
意気込んで言うと真は目を細め、無言でカイのネクタイを直した。そして扉を開け、中に入って行く。遅刻している人間のものとは思えない堂々とした振る舞いに、カイは少し感心した。
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