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おさない凶器
#07
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翌朝、ジーノは部下からの電話で起こされた。チャイナタウンで起きた爆破テロについての報告だった。
旧市街の一画にあるその街は、中国系の移民とアミル人とが共存し、他では手に入りにくいアジアの食品や独特な文化を求めて、多数の観光客が訪れる場所でもあった。
フィオーレとカンドレーヴァも、いくつかの店とホテル、末端構成員の社宅を持っている。再開発区域でこそないものの、都心へのアクセスも良好で、それほど治安も悪くなく、使い勝手のいい街だった。逆に、そんな便利で都合のいい場所を、反政府側の組織がそっとしておいてくれるはずもなかった。
ジーノは状況を確認し、各方面に指示を出した。支度を整えながら一通りの電話を終え、真の部屋を覗くと無人だった。昨日はあの後フィオーレの飲み会に顔を出すと言っていたから、そのまま自宅の方に帰ったのかもしれない。
真に電話をかけながら階段を降りると凛太朗に会った。ちょうど朝のトレーニングとランニングを終えたところなのか、額に汗を滲ませている。
どんなに疲れていても毎日律儀に続けている様子に感心しながら手招きすると、彼は大人しくついてきた。
電話で真にテロの情報を共有しながら地下に向かう。酒のせいか起き抜けだからか、掠れた声は終始不機嫌そうだった。
今回のテロを受けて、予定されているアインツのホテルのパーティーにおいても警備を強化する必要があった。その打ち合わせが午後に予定されている。電話の向こうでホテルの図面と警備の配置を確認し、不満そうな声を漏らす真を適当にあしらって、ジーノは電話を切った。
屋敷の地下にある射撃場に入り、大人しくついてきた凛太朗に弾を抜いた適当な銃を渡す。視線で促すと、凛太朗は両手でそれを構えた。
「おいおいマジかよ」
振り返った凛太朗は不思議そうな顔をしている。何が悪いのか全くわかっていない様子だ。
グリップの握り方や姿勢一つとっても指摘箇所は片手で足りない。実弾を撃たせる段階にも達していない。
あの真が教えていると聞いていたから覚悟はしていたが、まさかここまでとは。
「シンに教わったことは全部忘れろ」
持ち方から教え直し、正しい姿勢で銃を構えさせる。尚も不思議そうにジーノを見上げてくる凛太朗の顔を正面に戻す。
「顔はまっすぐ。体重はもう少し前に。利き手に力を入れすぎない……こんな基本的なことも教えられてないからだよ」
「兄さんは慣れることが大事だって」
「それはある程度正しいやり方で撃てるようになったら、その状態を体に覚えさせるのがいいって話だ。それに、あいつは天才だから自己流でそれなりに出来るが、他人が真似するのはまず無理だ。今のうちに直さないと後で苦労するぞ」
「ジーノが?」
「そうだな。お前を使う俺も苦労する。よし、一度姿勢を戻してもう一度構えてみろ」
腕を下ろした凛太朗から銃を受け取り、グリップを握るところから復習させる。
「重心気をつけろよ。膝、伸ばしすぎない」
凛太朗は注意された箇所を一つ一つ直していく。
「そう、体に余計な力を入れるな……呼吸もちゃんとして」
真剣な顔で二十五メートル先の的に銃口を向ける凛太朗の姿勢は、当初に比べてだいぶ改善がみられた。
「その感じを忘れるなよ」
銃を下ろした凛太朗がほっとしたような笑顔を見せる。
「ジーノは先生みたいだね」
「もっと早く教えてやれば良かったな」
「ううん。すごいわかりやすかった。ありがとう」
素直で飲み込みの早い凛太朗はなかなか良い生徒だった。
それから出かける時間まで、ジーノは凛太朗と地下の射撃場にこもった。
「昨日、兄さん居なかったんだね」
教えられた撃ち方を反復しながら凛太朗が言った。先ほどのジーノと真の電話の内容が聞こえていたのだろう。
「ユーリ達と飲んでたらしいな」
「知ってたくせに」
凛太朗はお見通しのようだった。
「なんだ、やきもちか?」
「そんなんじゃないけど、兄さんが隣に居ると思ってすげー興奮したのに、なんか損した気分」
「お前ほんと面白いな」
なんだかんだ言いつつも、全く嫉妬しない訳でもないのだろう。凛太朗は拗ねたように再び銃を構える。もうほとんど完璧な姿勢を維持することができている。進歩の早さにジーノは感心した。
正した姿勢で数発撃たせてみると意外にもちゃんと的に当たっていた。
「悪くないな。どんな風に狙ってるんだ?」
「感覚?」
返ってきた答えにジーノはため息をついた。
「よし、全部忘れろ」
予定を繰り上げて照準の合わせ方も教えることにした。
一時間ほどで練習はいったん終わりになった。凛太朗は学んだことをようやく実践できるようになった頃だったのでもう少し続けたそうにしていたが、無理をしても良いことはない。午後はいつもの筋トレメニューを消化させることにした。
「あとこれ、頭に入れとくように」
印刷した資料を渡す。
「なに?」
「今度パーティーがあるホテルの見取り図だ。予定されてる警備の配置も入ってる。お前の持ち場は例のお嬢様の近くだから、かなり動き回ることになる。事前に安全な場所とそうでない場所を把握してないと、いざというとき困るだろ。今日の打ち合わせの内容も帰ったら共有するから、体力残しておけよ」
「うん」
受け取った資料に早くも視線を走らせる熱心さを微笑ましく思いながら、ジーノはネクタイを直した。
「じゃあな、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
顔を上げた凛太朗にキスをして、ジーノは部屋を出た。
旧市街の一画にあるその街は、中国系の移民とアミル人とが共存し、他では手に入りにくいアジアの食品や独特な文化を求めて、多数の観光客が訪れる場所でもあった。
フィオーレとカンドレーヴァも、いくつかの店とホテル、末端構成員の社宅を持っている。再開発区域でこそないものの、都心へのアクセスも良好で、それほど治安も悪くなく、使い勝手のいい街だった。逆に、そんな便利で都合のいい場所を、反政府側の組織がそっとしておいてくれるはずもなかった。
ジーノは状況を確認し、各方面に指示を出した。支度を整えながら一通りの電話を終え、真の部屋を覗くと無人だった。昨日はあの後フィオーレの飲み会に顔を出すと言っていたから、そのまま自宅の方に帰ったのかもしれない。
真に電話をかけながら階段を降りると凛太朗に会った。ちょうど朝のトレーニングとランニングを終えたところなのか、額に汗を滲ませている。
どんなに疲れていても毎日律儀に続けている様子に感心しながら手招きすると、彼は大人しくついてきた。
電話で真にテロの情報を共有しながら地下に向かう。酒のせいか起き抜けだからか、掠れた声は終始不機嫌そうだった。
今回のテロを受けて、予定されているアインツのホテルのパーティーにおいても警備を強化する必要があった。その打ち合わせが午後に予定されている。電話の向こうでホテルの図面と警備の配置を確認し、不満そうな声を漏らす真を適当にあしらって、ジーノは電話を切った。
屋敷の地下にある射撃場に入り、大人しくついてきた凛太朗に弾を抜いた適当な銃を渡す。視線で促すと、凛太朗は両手でそれを構えた。
「おいおいマジかよ」
振り返った凛太朗は不思議そうな顔をしている。何が悪いのか全くわかっていない様子だ。
グリップの握り方や姿勢一つとっても指摘箇所は片手で足りない。実弾を撃たせる段階にも達していない。
あの真が教えていると聞いていたから覚悟はしていたが、まさかここまでとは。
「シンに教わったことは全部忘れろ」
持ち方から教え直し、正しい姿勢で銃を構えさせる。尚も不思議そうにジーノを見上げてくる凛太朗の顔を正面に戻す。
「顔はまっすぐ。体重はもう少し前に。利き手に力を入れすぎない……こんな基本的なことも教えられてないからだよ」
「兄さんは慣れることが大事だって」
「それはある程度正しいやり方で撃てるようになったら、その状態を体に覚えさせるのがいいって話だ。それに、あいつは天才だから自己流でそれなりに出来るが、他人が真似するのはまず無理だ。今のうちに直さないと後で苦労するぞ」
「ジーノが?」
「そうだな。お前を使う俺も苦労する。よし、一度姿勢を戻してもう一度構えてみろ」
腕を下ろした凛太朗から銃を受け取り、グリップを握るところから復習させる。
「重心気をつけろよ。膝、伸ばしすぎない」
凛太朗は注意された箇所を一つ一つ直していく。
「そう、体に余計な力を入れるな……呼吸もちゃんとして」
真剣な顔で二十五メートル先の的に銃口を向ける凛太朗の姿勢は、当初に比べてだいぶ改善がみられた。
「その感じを忘れるなよ」
銃を下ろした凛太朗がほっとしたような笑顔を見せる。
「ジーノは先生みたいだね」
「もっと早く教えてやれば良かったな」
「ううん。すごいわかりやすかった。ありがとう」
素直で飲み込みの早い凛太朗はなかなか良い生徒だった。
それから出かける時間まで、ジーノは凛太朗と地下の射撃場にこもった。
「昨日、兄さん居なかったんだね」
教えられた撃ち方を反復しながら凛太朗が言った。先ほどのジーノと真の電話の内容が聞こえていたのだろう。
「ユーリ達と飲んでたらしいな」
「知ってたくせに」
凛太朗はお見通しのようだった。
「なんだ、やきもちか?」
「そんなんじゃないけど、兄さんが隣に居ると思ってすげー興奮したのに、なんか損した気分」
「お前ほんと面白いな」
なんだかんだ言いつつも、全く嫉妬しない訳でもないのだろう。凛太朗は拗ねたように再び銃を構える。もうほとんど完璧な姿勢を維持することができている。進歩の早さにジーノは感心した。
正した姿勢で数発撃たせてみると意外にもちゃんと的に当たっていた。
「悪くないな。どんな風に狙ってるんだ?」
「感覚?」
返ってきた答えにジーノはため息をついた。
「よし、全部忘れろ」
予定を繰り上げて照準の合わせ方も教えることにした。
一時間ほどで練習はいったん終わりになった。凛太朗は学んだことをようやく実践できるようになった頃だったのでもう少し続けたそうにしていたが、無理をしても良いことはない。午後はいつもの筋トレメニューを消化させることにした。
「あとこれ、頭に入れとくように」
印刷した資料を渡す。
「なに?」
「今度パーティーがあるホテルの見取り図だ。予定されてる警備の配置も入ってる。お前の持ち場は例のお嬢様の近くだから、かなり動き回ることになる。事前に安全な場所とそうでない場所を把握してないと、いざというとき困るだろ。今日の打ち合わせの内容も帰ったら共有するから、体力残しておけよ」
「うん」
受け取った資料に早くも視線を走らせる熱心さを微笑ましく思いながら、ジーノはネクタイを直した。
「じゃあな、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
顔を上げた凛太朗にキスをして、ジーノは部屋を出た。
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