ねむれない蛇

佐々

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おさない凶器

#02

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「シンさん助けて下さーい! ロマーノがいじめるー!」
「カイ! てめぇこっち来んなよ!」
 せっかく騒がしい空間から抜け出したというのに。
「ひどいっすよぉ! シンさんが逃げるから俺が標的にされてるんじゃないっすか!」
「ああ? なんだよそれ知らねーよ! ていうかお前、日本語使うなっつったろ」
「もー疲れて頭回んないっすよー」
 カイはちゃっかり真の隣に腰を下ろす。
「見ない顔だね。新入り?」
 烏が尋ねる。真は今度こそ煙草に火をつけた。
「てめーが本部に顔出さなさすぎるんだよ。夏前からいるぞ」
「お初にお目にかかります! カイです!」
「カラスだよ。よろしく」
「そ、掃除屋カラス……」
 カイの表情がひきつる。
「へぇ、懐かしい呼びかた知ってるんだね。俺も日本語話せるから日本語でいいよ?」
「マジっすか? カラスさん優しい!」
「甘やかすな。使わないと覚えねぇだろ」
「まぁ今はいいじゃない。何か飲む?」
「えーっとじゃあ、コーラを……」
「シン、彼未成年? どこで拾ったの?」
「は? あー……そういやそうだったな」
 真は痛む頭を押さえた。大声を出したせいで先ほど入れた日本酒が本格的に回ってきた。
「コーラどうぞ」
 烏がカイにグラスを渡す。
「ありがとうございます! 俺、日本で黒服とか運転手とかやってたんですけど、借金返すためにちょっと危ない仕事もしてて、その最中に一人の女の子にガチ恋して超えちゃいけない一線を超えちゃって、解体して売られそうになってたところをシンさんが助けてくれたんすよ!」
「シンが人助け?」
 烏がわざとらしく怪訝な顔をする。
「あの時のシンさんマジかっこよかったなー。十人くらいいたヤクザを一人で倒して、颯爽と俺の所に……」
「たまたま乗り込んだ所にお前が居ただけだろ」
「え? あれ俺を助けに来てくれたんじゃないんすか?」
「ちげーよ馬鹿。誰だよお前」
「あ、それあの時も言われた気がする……!」
「それでこっちまでついてきちゃったの? ここに居るってことは正式にフィオーレに入ったんだ」
「試用期間中だ。使えねーようなら切る」
「そんな! シンさん! 俺頑張るから見捨てないで下さい!」
 カイが抱きついてくる。
「触んなようぜーな! つかそう思うんなら早く英語くらい喋れるようになれ!」
「だって難しいんですもん!」
「カラス、俺にも酒」
「何がいい?」
「ワインならなんでも。白で」
 グラスを受け取ると烏がワインを注いでくれる。
「さっき日本酒飲んでたのに別の入れて大丈夫?」
「そんなに弱くねーよ」
 言ったものの酔いはかなり回っている自覚があった。遅れて到着した飲み会で、乾杯からずっと飲まされっぱなしだ。そのくせ場の仕切りや注文も真任せで、店員が足りないせいでその仕事もしなければならず、ずっと忙しく動いていてようやく少し落ち着けたというのに、カイのせいで台無しだ。
「カラスさん、なんか食い物頼んでもいいっすか?」
「いいよ。何がいい?」
「カルパッチョとか……」
「はい、焼き鳥の盛り合わせ」
「やだやだもっとお洒落なのがいいー! せっかくアストリアに来たのに日本と変わんないっすよこれじゃあ!」
「贅沢言うなてめーは!」
 真は小さな頭をはたいた。今この場にいるのはフィオーレの人員の中でもほんの一部だ。その席に正式な構成員でもない人間が参加できていることがどんなに光栄なことか。
「だって期待するじゃないっすか! 憧れのヨーロッパっすよ? おしゃれな店でおしゃれな物食って、俺もSNS映えする写真撮りたいっすよ!」
「知らねーよ! つーかてめーいつまでもそんなもんやってんな! 大学生か!」
「シンさんも始めましょうよー。カラスさんはやってます?」
「店のアカウントならあるよ」
 烏がスマートフォンの画面をカイに見せる。
「あっ、なんかアダルトな雰囲気……」
「ここは健全な店だよ?」
「け、健全じゃない店もあるんすか?」
 カイがごくりと唾を飲み込む。
「おい、ばか言ってないで、てめーそれに勝手なこと書いたらぶっ殺すからな」
 それ、とカイのスマートフォンに表示されたSNSのページを指す。
「もーシンさん警戒しすぎっすよ。ボスだってやってるのに。飯の写真ばっかだけど」
「ボスのグルメ投稿はいいんだよ。崇高なご趣味なんだから」
「アカウント作ってないくせにボスの投稿はちゃんとチェックしてるんすね」
 焼き鳥を齧りながらカイがにやにやしている。うるせぇ。喉に串ぶっ刺すぞ。
「あ、そうだ、この人、前に言ってたシンさんの弟さんじゃないっすか?」
「げっ」
「どれどれ? 俺も見たい」
 カイが烏に画面を見せる。
「ほんとだ。リンだね」
「やっぱり! ちょっと前にボスのフォローリストに入ってて、何者かと思って気になってたんすよねー。シンさんの弟と名前一緒だし、やっぱくそイケメンっすね!」
 プロフィールの写真を拡大したカイが言う。バーか何かで誰かに撮影された写真を切り取ったと思われる画像は、確かにかなり良く写っていた。酔っているせいか普段は鋭い目元が緩んで柔らかい雰囲気になっている。服装と髪型からして去年の夏くらいか? その頃は確か新宿のバーでよく飲んでいたから……と凛太朗の行動範囲を反芻する真の横で、カイは未だ凛太朗の投稿を漁っている。
「見てくださいよ女の子と一緒の写真ばっか! しかもほぼ違う子だし、たまに男と写ってるのもなんか怪しい雰囲気だし」
 確かに凛太朗の投稿する写真には毎回様々な女が写っていた。どれも友人と言うには距離が近すぎる。男の場合も同様だった。
「みんな可愛いけど、系統はだいぶバラバラすっね。派手な子もいれば大人しい感じの子もいる」
 烏が自分のグラスにワインを注いだ。
「でもみんなお洒落だね。服装もだけど、小物の使い方が上手だ」
「もういいだろ、閉じろよそれ」
 弟の性癖まで暴露されては敵わない。いたたまれなくなって止めるとカイは素直に画面を消した。
「そういえばリンは来ないの?」
 烏がきく。真は新しい煙草に火をつけた。
「部屋で寝てる」
 今日一日で色々あって疲れている様子の凛太朗を連れ出す気にはさすがになれなかった。
「えー会いたかったのに……」
 カイが残念そうな声を出す。
「会ってどうすんだよ」
「同じ境遇同士盛り上がる話があるでしょう!」
「リンは本部に居るんじゃないの?」
「いや、あいつはカンドレーヴァに泊まらせてる」
「カンドレーヴァってあのカンドレーヴァっすか? マジで? 俺なんてチャイナタウンのアパートなのに……!」
「リンは客。お前は下っ端。同列に語るな」
「えー」
「そういうことになったの?」
 烏が耳ざとく触れてくる。
「何がっすか?」
 真が無視しているとカイが二人の顔を交互に窺う。
「ねぇシンさん、何がそういうことなんすか? あと俺も酒飲んでいいっすか?」
「うるせぇんだよお前は! 飲んでいいわけねーだろ未成年!」
「この国は十九で成人だからいいんじゃない?」
「運転手なんだよこいつは! ガキはコーラでも飲んでろ!」
「ちぇー」
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