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鈍色の街
#16
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少し前から後ろが静かになった。
ジーノが後部座席を振り向くと凛太朗は窓に頭を預けて瞳を閉じていた。
「起こすなよ」
ミラーごしに後ろを窺った真が咎めるように言う。
「はいはい」
顔を前に戻して煙草をくわえる。
「お前、ほんとにあいつをパーティーで使う気なのか?」
来週末、アインツのリゾートホテルのオープン記念パーティーが予定されている。建設に関わったフィオーレはホテル内の一部の警備を担当することになっていたが、人員に限りがあるため基本的にはアインツの雇った警備会社が主体となって会場の警備を行う。フィオーレやカンドレーヴァの人員はそれぞれのボスの警護と、ホテル内の数カ所にある程度配置される程度だ。一部、アインツ側の関係者の警護にあたる者もいる。例えば、専務である柳田の姪。彼女の警護は凛太朗が担当することになっていた。彼女が凛太朗に懐いているのを利用して、少しでもアインツに借りを作りたいという真やユーリの思惑も理解できなくはないが、ジーノにとってはリスクのある計画に思えた。それに、過保護な真はこれ以上凛太朗を危険に晒すことを避けたいのではないだろうか。
「今回の件でカンドレーヴァはどう動く?」
真から返ってきたのはジーノがふった話題とは全然関係のない内容だった。
ドロップで子供を使った商売をしていた連中の処分は既に、一通りの情報を吐かせた後で終わっていた。 カンドレーヴァやフィオーレの目をかいくぐって暴利の金貸しや美人局などを行う小さなグループで、借金で首の回らなくなった相手やその家族を働かせたり、今回のように売り払ったりして利益を上げていたようだ。烏が殺してしまった男意外は生きたまま拘束したものの、部下を使って吐かせた情報に大したものはなかった。アインツの関係者で名前が出たのも一人だけだ。
「アインツ全体の関与を疑うには少し弱いな。ユーリ次第だが、実際に奴らから子供を買ってた奴が切られて終わりになる線が一番濃厚だな。納得いかないならこっちで処分するか?」
真は嫌そうに眉を寄せた。
「ただ働きするかよ。俺はべつに正義や理想のためにこの仕事をしてるわけじゃない。一方的に踏みにじられて搾取される側に回るよりこっちのがましだからだ」
「お前や俺はそうだろうな。でもリンは違うだろ?」
真が黙る。
「今日の件でわかったよ。あいつは甘すぎる。そして善人だ。子供を助けようと自ら危険に飛び込んでいくような奴が、この世界で生きていけるはずがない。シン、このままあいつをそばに置いていたらいつか死ぬぞ」
「ああ、そうだな。俺もそう思ってた」
あっさり同意が得られたことを意外に思って真を窺うと、彼は平然と続けた。
「正直迷ったよ。色々考えて、色んな可能性を想定して、その先のひとつに俺にとって都合の良い未来があればいいと思って一通りの経験はさせてみたけど、やっぱりだめだな」
あきらめたような笑みすら浮かべる真が嘘を言っているようには思えない。彼は本当に、弟の幸せのために決断したようだ。
「パーティーが終わったら、リンを日本に帰すよ」
「それがお前の答えか?」
真からの返事はない。眠っている弟を気遣ってか、彼の運転はいつになく静かだった。
屋敷に着いて凛太朗を起こした。まだ眠そうな彼は真に甲斐甲斐しく世話を焼かれて部屋に連れ帰られた。
ジーノは自室で少し仕事をして、ユーリと電話で今後の方向性を話し合った。シャワーを浴びて戻ると部屋の扉がノックされ、ジーノが返事をする前に開いたドアから凛太朗が入ってきた。
「どうしたんだ?」
部屋着に着替えた凛太朗はシャワーも済ませたのか髪の毛が大人しくなっている。いつもより子供っぽく見える彼はまっすぐジーノの前に歩いてきた。
「兄さんを説得したい。知恵を貸してくれ」
「なんだ? いきなりどうしたんだよ」
突然の行動が理解できずに眉を顰める。
「車で話してただろ? 兄さんは俺を日本に帰す気だ」
「起きてたのか? 悪い子だな」
薄々そんな予感はしていたが。思いつめた表情の凛太朗を置いて冷蔵庫からビールを取り出す。半分ほど飲んで缶を持ちながら戻ると、凛太朗が後をついてきた。
「どうすれば兄さんの気持ちを変えられると思う?」
「さあな」
ソファに座り、煙草をくわえる。
「ジーノ、頼むよ」
隣に座った凛太朗がいつになくしおらしい声を出す。ジーノはため息をついた。
「起きてたんなら知ってると思うけど、あいつはあいつなりに悩んで答えを出したんだ。シンの気持ちを考えるなら、お前は大人しく日本に帰るべきだ」
「今さらそんなことできるわけないだろ!」
「本当にそう思うか? 俺からしてみればお前はまだまだ元の生活に戻れると思うぜ。この国で起きたことはすべて不可抗力だ。お前の意志じゃない。いくらでも後戻りはできるだろ?」
「そんなの……」
「ま、どう生きるかはお前の自由だ。日本に帰って、今までのように死んだように生きるのも、ここに残って人殺しの仲間入りをするのも、心機一転、前向きに生きる努力をしてみるのも、選択権はお前にある。俺はシンのためにも、お前のためにも三番目の道を歩んでほしいと思うけどな」
「そんなの勝手だろ! 勝手に呼んでおいて、今まで何も教えてくれなかったのにいきなりこんな経験させて、俺がやっと腹くくったってのに、当の本人が逃げんなよ!」
「俺に言われてもな……」
濡れたままの髪の毛をタオルで拭く。来客があると思っていなかったから下着しか身につけていないが、こいつならまぁいいだろう。
「また怪我したんだな」
内出血を起こしている頰に触れる。シャワーを浴びたからか先ほどまで貼られていた湿布は剥がされていた。
「こっ、これは別にやられたわけじゃない」
弱いことを理由に帰国させられると思ったのか、凛太朗は慌てて否定する。
「知ってるよ。クラウディオに殴られたんだろ?」
真には伏せていたが、ジーノはそれも含めてクラウディオから報告を受けていた。
「お前なんであいつに殴られたかわかるか?」
「俺が、後先考えずに突っ走って行動したから……」
「まぁそうだな。お前が動いたことで事態が悪い方に行くことだって十分にあり得る。そういうの全然頭に浮かばなかっただろ? 自分の感情だけで、考えるより先に動いてた。お前の弱点はそれを自覚してないことと、自分の判断に対する確認作業を怠ったことだ」
「あの状況でそんな悠長なことしてられるかよ!」
「だからそれが考えが浅いって言ってんだよ。お前が殺されたらどうする、その後のことは誰が処理するんだ? お前はいつもその想定が抜けてる。自分の力を過信するな……いや、お前はもっと生に執着しろ。例え自分が死んでも相手を止めるなんて考えの奴と一緒に仕事はできない」
凛太朗は黙ってしまった。図星を突かれて反省したのだろうか。
ジーノは煙草を消してビールに手を伸ばした。それを凛太朗に奪われた。
「あ、おい」
一気に中身を煽った凛太朗が姿勢を正してジーノに向き直る。
「確かに俺は経験もない、大して力もない役立たずで、向こう見ずで未熟なガキだ。全部認めるよ。そしてこれから全部直す。全部あんたの言う通りにする」
「だから?」
「だから俺をここに置いてほしい。あんたや兄さんに認めてもらうにはどうすればいいか教えてください」
こちらを見つめる瞳はまっすぐだ。とことん向いてないなぁと思う。
「やめとけって。お前のそのきれいな心をこれ以上汚す必要なんてないだろ? なんでそこまでこだわるんだ?」
「クラウディオにも止められたけど、俺は、強くなりたい。二度と理不尽に奪われたり、大切なものを傷つけられないように……そうしないと、兄さんは一生、俺に縛られたままだから」
「お前らは揃いも揃って……」
依存の強い兄弟だ。
「リン、正直に答えろ。シンを愛してるか?」
凛太朗は窺うようにジーノを見て、そして頷いた。
「愛してる」
「それは恋人として? それとも家族?」
「兄さんを恋人だと思ったことはない」
「セックスしてるのに?」
一瞬の沈黙の後、凛太朗が口を開く。
「それでも、兄さんは恋人じゃない」
「なら、もうセックスはするな」
鋭い目が見開かれる。子供みたいに驚いた顔を可愛いと思った。
「なんで?」
「当たり前だろ? 普通の家族はセックスなんてしない」
「でも……」
「家族以上の触れ合いをすればするほど、お前らの依存は強くなってく一方だ。そんな雁字搦めの状態で、お前がこっちに残っても共倒れになるのは目に見えてる。自立しろ。一定の距離を置け。それくらいの覚悟がなければお前を使うことはできない」
凛太朗が迷うそぶりを見せた時間は長くはなかった。次に視線を合わせた彼の瞳にはしっかりとした決意が宿っていた。
「わかった。あんたの言う通りにする」
その言葉に揺らぎはない。本当に覚悟はできているようだ。
「教えられることは全部教えるが、それでもユーリが渋ったらそれまでだからな」
「あんたが良いと思っても、フィオーレのボスを説得するのは難しい?」
「いや、まぁそうだな……あいつは良くも悪くも出来る奴だから、すこぶる合理的に考えて判断しそうではあるが、長い付き合いの俺でもいまいち本心が読めない時がある」
「全力でやるよ。それでも駄目なら、その時は……」
「諦めて大人しく日本に帰るか?」
「と見せかけて、次のチャンスを窺う」
「ほんとにお前は」
ジーノが笑うと凛太朗も子供みたいな笑顔を見せた。みたい、ではない。こいつはまだ子供なのだ。成人を迎えているとはいえ、学生で、社会を知らない子供。本来は大人に保護され、安全に暮らすべきなのに、大人の都合で暗い未来を歩もうとしている。彼を引き込む大人の一人になってしまったことをジーノは全く後ろめたくは思わなかった。そればかりかある種の嗜虐心と興味が芽生えた。
「それで? お前の望みを叶えることで、俺にはどんな見返りがあるんだ?」
試すように凛太朗を見つめる。今度は逡巡した様子のない凛太朗は残りのビールを飲み干して、再びジーノと視線を合わせた。似ていない、真の義理の弟はソファに乗り上げ、距離を詰めてくる。
「あんたはどうしてほしい?」
「そうだな……」
顎を掬うと自ら唇を重ねてきた。ジーノの背中に手を回し、舌を絡めてくる。
「交渉成立だな」
ジーノが後部座席を振り向くと凛太朗は窓に頭を預けて瞳を閉じていた。
「起こすなよ」
ミラーごしに後ろを窺った真が咎めるように言う。
「はいはい」
顔を前に戻して煙草をくわえる。
「お前、ほんとにあいつをパーティーで使う気なのか?」
来週末、アインツのリゾートホテルのオープン記念パーティーが予定されている。建設に関わったフィオーレはホテル内の一部の警備を担当することになっていたが、人員に限りがあるため基本的にはアインツの雇った警備会社が主体となって会場の警備を行う。フィオーレやカンドレーヴァの人員はそれぞれのボスの警護と、ホテル内の数カ所にある程度配置される程度だ。一部、アインツ側の関係者の警護にあたる者もいる。例えば、専務である柳田の姪。彼女の警護は凛太朗が担当することになっていた。彼女が凛太朗に懐いているのを利用して、少しでもアインツに借りを作りたいという真やユーリの思惑も理解できなくはないが、ジーノにとってはリスクのある計画に思えた。それに、過保護な真はこれ以上凛太朗を危険に晒すことを避けたいのではないだろうか。
「今回の件でカンドレーヴァはどう動く?」
真から返ってきたのはジーノがふった話題とは全然関係のない内容だった。
ドロップで子供を使った商売をしていた連中の処分は既に、一通りの情報を吐かせた後で終わっていた。 カンドレーヴァやフィオーレの目をかいくぐって暴利の金貸しや美人局などを行う小さなグループで、借金で首の回らなくなった相手やその家族を働かせたり、今回のように売り払ったりして利益を上げていたようだ。烏が殺してしまった男意外は生きたまま拘束したものの、部下を使って吐かせた情報に大したものはなかった。アインツの関係者で名前が出たのも一人だけだ。
「アインツ全体の関与を疑うには少し弱いな。ユーリ次第だが、実際に奴らから子供を買ってた奴が切られて終わりになる線が一番濃厚だな。納得いかないならこっちで処分するか?」
真は嫌そうに眉を寄せた。
「ただ働きするかよ。俺はべつに正義や理想のためにこの仕事をしてるわけじゃない。一方的に踏みにじられて搾取される側に回るよりこっちのがましだからだ」
「お前や俺はそうだろうな。でもリンは違うだろ?」
真が黙る。
「今日の件でわかったよ。あいつは甘すぎる。そして善人だ。子供を助けようと自ら危険に飛び込んでいくような奴が、この世界で生きていけるはずがない。シン、このままあいつをそばに置いていたらいつか死ぬぞ」
「ああ、そうだな。俺もそう思ってた」
あっさり同意が得られたことを意外に思って真を窺うと、彼は平然と続けた。
「正直迷ったよ。色々考えて、色んな可能性を想定して、その先のひとつに俺にとって都合の良い未来があればいいと思って一通りの経験はさせてみたけど、やっぱりだめだな」
あきらめたような笑みすら浮かべる真が嘘を言っているようには思えない。彼は本当に、弟の幸せのために決断したようだ。
「パーティーが終わったら、リンを日本に帰すよ」
「それがお前の答えか?」
真からの返事はない。眠っている弟を気遣ってか、彼の運転はいつになく静かだった。
屋敷に着いて凛太朗を起こした。まだ眠そうな彼は真に甲斐甲斐しく世話を焼かれて部屋に連れ帰られた。
ジーノは自室で少し仕事をして、ユーリと電話で今後の方向性を話し合った。シャワーを浴びて戻ると部屋の扉がノックされ、ジーノが返事をする前に開いたドアから凛太朗が入ってきた。
「どうしたんだ?」
部屋着に着替えた凛太朗はシャワーも済ませたのか髪の毛が大人しくなっている。いつもより子供っぽく見える彼はまっすぐジーノの前に歩いてきた。
「兄さんを説得したい。知恵を貸してくれ」
「なんだ? いきなりどうしたんだよ」
突然の行動が理解できずに眉を顰める。
「車で話してただろ? 兄さんは俺を日本に帰す気だ」
「起きてたのか? 悪い子だな」
薄々そんな予感はしていたが。思いつめた表情の凛太朗を置いて冷蔵庫からビールを取り出す。半分ほど飲んで缶を持ちながら戻ると、凛太朗が後をついてきた。
「どうすれば兄さんの気持ちを変えられると思う?」
「さあな」
ソファに座り、煙草をくわえる。
「ジーノ、頼むよ」
隣に座った凛太朗がいつになくしおらしい声を出す。ジーノはため息をついた。
「起きてたんなら知ってると思うけど、あいつはあいつなりに悩んで答えを出したんだ。シンの気持ちを考えるなら、お前は大人しく日本に帰るべきだ」
「今さらそんなことできるわけないだろ!」
「本当にそう思うか? 俺からしてみればお前はまだまだ元の生活に戻れると思うぜ。この国で起きたことはすべて不可抗力だ。お前の意志じゃない。いくらでも後戻りはできるだろ?」
「そんなの……」
「ま、どう生きるかはお前の自由だ。日本に帰って、今までのように死んだように生きるのも、ここに残って人殺しの仲間入りをするのも、心機一転、前向きに生きる努力をしてみるのも、選択権はお前にある。俺はシンのためにも、お前のためにも三番目の道を歩んでほしいと思うけどな」
「そんなの勝手だろ! 勝手に呼んでおいて、今まで何も教えてくれなかったのにいきなりこんな経験させて、俺がやっと腹くくったってのに、当の本人が逃げんなよ!」
「俺に言われてもな……」
濡れたままの髪の毛をタオルで拭く。来客があると思っていなかったから下着しか身につけていないが、こいつならまぁいいだろう。
「また怪我したんだな」
内出血を起こしている頰に触れる。シャワーを浴びたからか先ほどまで貼られていた湿布は剥がされていた。
「こっ、これは別にやられたわけじゃない」
弱いことを理由に帰国させられると思ったのか、凛太朗は慌てて否定する。
「知ってるよ。クラウディオに殴られたんだろ?」
真には伏せていたが、ジーノはそれも含めてクラウディオから報告を受けていた。
「お前なんであいつに殴られたかわかるか?」
「俺が、後先考えずに突っ走って行動したから……」
「まぁそうだな。お前が動いたことで事態が悪い方に行くことだって十分にあり得る。そういうの全然頭に浮かばなかっただろ? 自分の感情だけで、考えるより先に動いてた。お前の弱点はそれを自覚してないことと、自分の判断に対する確認作業を怠ったことだ」
「あの状況でそんな悠長なことしてられるかよ!」
「だからそれが考えが浅いって言ってんだよ。お前が殺されたらどうする、その後のことは誰が処理するんだ? お前はいつもその想定が抜けてる。自分の力を過信するな……いや、お前はもっと生に執着しろ。例え自分が死んでも相手を止めるなんて考えの奴と一緒に仕事はできない」
凛太朗は黙ってしまった。図星を突かれて反省したのだろうか。
ジーノは煙草を消してビールに手を伸ばした。それを凛太朗に奪われた。
「あ、おい」
一気に中身を煽った凛太朗が姿勢を正してジーノに向き直る。
「確かに俺は経験もない、大して力もない役立たずで、向こう見ずで未熟なガキだ。全部認めるよ。そしてこれから全部直す。全部あんたの言う通りにする」
「だから?」
「だから俺をここに置いてほしい。あんたや兄さんに認めてもらうにはどうすればいいか教えてください」
こちらを見つめる瞳はまっすぐだ。とことん向いてないなぁと思う。
「やめとけって。お前のそのきれいな心をこれ以上汚す必要なんてないだろ? なんでそこまでこだわるんだ?」
「クラウディオにも止められたけど、俺は、強くなりたい。二度と理不尽に奪われたり、大切なものを傷つけられないように……そうしないと、兄さんは一生、俺に縛られたままだから」
「お前らは揃いも揃って……」
依存の強い兄弟だ。
「リン、正直に答えろ。シンを愛してるか?」
凛太朗は窺うようにジーノを見て、そして頷いた。
「愛してる」
「それは恋人として? それとも家族?」
「兄さんを恋人だと思ったことはない」
「セックスしてるのに?」
一瞬の沈黙の後、凛太朗が口を開く。
「それでも、兄さんは恋人じゃない」
「なら、もうセックスはするな」
鋭い目が見開かれる。子供みたいに驚いた顔を可愛いと思った。
「なんで?」
「当たり前だろ? 普通の家族はセックスなんてしない」
「でも……」
「家族以上の触れ合いをすればするほど、お前らの依存は強くなってく一方だ。そんな雁字搦めの状態で、お前がこっちに残っても共倒れになるのは目に見えてる。自立しろ。一定の距離を置け。それくらいの覚悟がなければお前を使うことはできない」
凛太朗が迷うそぶりを見せた時間は長くはなかった。次に視線を合わせた彼の瞳にはしっかりとした決意が宿っていた。
「わかった。あんたの言う通りにする」
その言葉に揺らぎはない。本当に覚悟はできているようだ。
「教えられることは全部教えるが、それでもユーリが渋ったらそれまでだからな」
「あんたが良いと思っても、フィオーレのボスを説得するのは難しい?」
「いや、まぁそうだな……あいつは良くも悪くも出来る奴だから、すこぶる合理的に考えて判断しそうではあるが、長い付き合いの俺でもいまいち本心が読めない時がある」
「全力でやるよ。それでも駄目なら、その時は……」
「諦めて大人しく日本に帰るか?」
「と見せかけて、次のチャンスを窺う」
「ほんとにお前は」
ジーノが笑うと凛太朗も子供みたいな笑顔を見せた。みたい、ではない。こいつはまだ子供なのだ。成人を迎えているとはいえ、学生で、社会を知らない子供。本来は大人に保護され、安全に暮らすべきなのに、大人の都合で暗い未来を歩もうとしている。彼を引き込む大人の一人になってしまったことをジーノは全く後ろめたくは思わなかった。そればかりかある種の嗜虐心と興味が芽生えた。
「それで? お前の望みを叶えることで、俺にはどんな見返りがあるんだ?」
試すように凛太朗を見つめる。今度は逡巡した様子のない凛太朗は残りのビールを飲み干して、再びジーノと視線を合わせた。似ていない、真の義理の弟はソファに乗り上げ、距離を詰めてくる。
「あんたはどうしてほしい?」
「そうだな……」
顎を掬うと自ら唇を重ねてきた。ジーノの背中に手を回し、舌を絡めてくる。
「交渉成立だな」
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