ねむれない蛇

佐々

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鈍色の街

#14

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 その後、なぜか夕食に招待された。
「ほんとにいいの?」
 彼は自分に腹を立てていたようなのに。そして何より、大事な家族の時間を邪魔してもいいのだろうか。
「言っただろ、子供がいらん気をつかうな。それにまだ、礼を言ってなかったからな……」
「礼?」
「ありがとうな、財布を見つけてくれて。あと、殴って悪かった」
 気まずそうに視線を逸らしたクラウディオに笑いそうになるのを必死でこらえる。
「超痛かったから娘さんに言っちゃおうかなーパパにぶん殴られたって」
「おい!」
「嘘だよ。じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になります」


 食後、凛太朗は後片付けを手伝った。クラウディオの妻のアメリアは凛太朗の洗った皿を上機嫌でふいている。
「なんだか息子ができたみたい」
「息子って俺のこと? こんなにでかい子供が居るようには見えないけど……」
 ただでさえ童顔のアメリアはクラウディオと同じ歳というのも信じがたかった。
「ふふ、リンが来てくれて嬉しいわ。またいつでも気軽に遊びに来てね」
「ありがとうございます。でも、家族の時間を邪魔してるんじゃないかって」
「あら、そんなこと気にしてたの? うちはいいのよ。私もエリーザもお客様が大好きだもの。それにね、ファミリーの方が来てくれるとそれだけ、彼がみんなに愛されてるんだって思えて誇らしいの。そんな風に思うのは傲慢かしら?」
 アメリアは子供のような顔で笑う。
「本当にクラウディオはいろんな人に慕われてるよ。俺も今日、たくさん助けてもらったから」
「良かったわ。あの人と仲良くしてあげてね」
「俺もそうしたいと思ってました」
 クラウディオとは年齢も立場も関係ない、信頼できる友人として関係を続けていきたいと思っていた。
「リンは家事が上手いのね。なんだか手慣れてるわ」
 凛太朗の手元を覗き込んでアメリアが言う。
「一人暮らしが長かったからでしょうね」
 本当は片親で、物心ついた頃から台所で母の手伝いをしていたからに他ならないが、暗い話題はなるべく避けようと凛太朗は適当にごまかした。
 片付けを終えてリビングに戻ると、画用紙に絵を描いていた娘のエリーザが駆け寄ってきた。
「リン! お絵描き!」
「なに描いてたの?」
 小さな体を抱き上げると彼女は上機嫌で絵を見せてくれた。画用紙いっぱいに家族と思われる絵が描かれている。
「これがパパで、これはママで、こっちはエリーザ!」
「これは?」
 彼女の隣にもう一人、背の高い黒髪の人物が描かれていた。
「リン!」
「俺のことも描いてくれたの? マジ天使! 大好き!」
「きゃー!」
 いい匂いのするふわふわの少女を抱きしめる。
「お礼にいっぱいくすぐってあげるね!」
「やー!」
 この後確実に疲れて眠ってしまうとことが予想できるほどの元気さで、エリーザははしゃいでいる。凛太朗がこの家に来てから、彼女に懐かれるまで、そう時間はかからなかった。クラウディオがお土産にと買ってきた綺麗な飴への興味もどこへやら、凛太朗にべったりだ。
「まるでジーノの時みたいね」
 アメリアは微笑んで言ったが、クラウディオは心底から面白くなさそうだった。
「リンもお絵描き!」
 画用紙と色鉛筆を渡され、凛太朗も白い紙に線を描いた。白い肌に大きな青い目、母親譲りの明るくふわふわの茶髪を、すぐ近くにある少女の顔を見ながら描いていく。服と靴は少し変えて自分好みのものを着せた。
「できた」
 完成したものを見せるとエリーザは飛び上がって喜んだ。
「かわいい! ママー!」
 ちょうどコーヒーを運んできた母親の所に駆け寄り、画用紙を見せる。
「まぁ可愛い。リンは絵も上手なのね」
「ママ! これきたい!」
「お洋服のこと? そうねえ、お人形さんの服なら作れるかしら」
「やったー!」
「リン、この絵、頂いてもいい?」
「もちろん」
 アメリアの手作りのケーキとコーヒーを、クラウディオにも持っていくことにした。彼は夕食後、急ぎの仕事があるとかでしばし部屋に引っ込んでいた。
「二階の一番奥の部屋よ」
 アメリアに教えてもらった部屋の扉をノックすると、すぐに返事があった。凛太朗は扉を開けて中に入った。
「なんだお前か、どうした?」
 机の上のパソコンに向かっていたジーノが振り返った。見たことのない眼鏡をかけている。
「コーヒーとケーキを持ってきた。少し休憩したら?」
「ありがたい。そうするよ」
 眼鏡を外して伸びをしたクラウディオが立ち上がる。凛太朗はコーヒーとケーキの乗ったトレイをテーブルに置いた。
「お前はもう食ったのか?」
「うん。さっき下で頂いたよ」
「エリーザはどうしてる?」
「寝ちゃった。たくさん遊んで疲れちゃったみたい」
「そうか、悪いな、相手をさせて」
「いや、俺も楽しかったよ。可愛くて本当に良い子だね。親ばかになる気持ちもわかる」
「嫁にはやらんぞ」
「えー? 俺たちもう超仲良しだよ? 見て見て、いっぱい写真撮っちゃった。これSNSにアップしていい?」
 クラウディオがコーヒーを吹き出しそうになっていた。
「お前そんなもんやってるのか……?」
「え、クラウディオはやってないの?」
 お互いに信じられないものを見るような顔を見合わせる。
「やるか! どこのファミリーにプライベート垂れ流す幹部がいるんだよ!」
「ジーノとレイはやってるよ? あとフィオーレのボスも最近始めたって。俺フォローリクエストきてびびったよ」
 ジーノが言葉を失っている。もちろんみんな素性は隠しているが、投稿は結構自由にしているようだったからてっきりそれが当たり前なのだと思っていた。
「ジーノも始めたら? 娘さんの自慢したくない?」
「やるか! お前その写真アップしたら二度と娘に会わせないからな!」
「えーエリーザも喜んでたのにー」
「それになんだこの写真! 近すぎだろ!」
「仕方ないじゃん。自然にそうなっちゃったんだから」
「どいつもこいつも俺の娘を誑かしやがって……!」


 時刻はすでに夜八時を回っていた。楽しい時間はあっという間だなと凛太朗は思った。
 クラウディオに灰皿をすすめられ、煙草に火をつける。
「お前も疲れただろ。帰ったらゆっくり休めよ」
「一番疲れたのはあんただと思うけどね」
「ほんとにな。こんなに心臓に悪い日は久しぶりだったよ」
「はは、ごめんって。迷惑かけちゃったね」
 クラウディオが複雑そうな顔で笑う。
「なあリン、俺はお前が好きだ。最初は、子供らしくなくていけ好かないガキだと思ったが、話してみたら普通に明るくて、素直でいい奴だってわかった。だからもっと、自分を大切にしてほしいんだよ」
「うーん……」
 凛太朗は少し言葉に迷った。クラウディオの優しさはとても嬉しい。だからこそ、嘘をつくことはできない。
「ありがとう。俺もあんたが好きだよ。マリアが言ってた。あんたは理想を捨ててないって。そういう人がいるなら、どの道を選んでも、俺は俺に失望する未来を歩むとは限らないんじゃないかなって思う。俺はまだそんなに先のことはわからない。でも、今のままじゃいけないことはわかる。俺は俺自身とちゃんと向き合って、無理矢理にでも自分の決めた道を進まないと、いつまでも心から幸せだって、今のあんたが築いてきた、そして命を懸けて守ってるこの家みたいな幸せを手にすることはできないと思う。今日ここに連れてきてもらって、アメリアやエリーザに会って、なおさらそう思ったよ。この家庭は、この幸せはきっとあんただから手にすることができたんだ。最後まで理想を捨てず、それを大事に守れる人間だから、こんな幸せな形があるんだって」
「リン、俺は……」
「クラウディオ、これからも友達でいてくれる?」
 右手を差し出すと、立ち上がったクラウディオに力強く抱きしめられた。
「当たり前だ」
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