ねむれない蛇

佐々

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鈍色の街

#12

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 凛太朗が階下に降りるとレジーナが子供たちにお菓子を食べさせていた。棒つきの飴のような菓子は、市場の露店で見かけたものに似ていた。他にも動物や花の形をした色とりどりの菓子がたくさんの店先に並んでいたのを覚えている。
 レジーナは凛太朗に気づくとこちらに歩いてきた。
「怪我の具合はどう?」
「大丈夫。もともと大したことないし。二人は?」
「見ての通りよ。彼は治るまでに少し時間がかかりそうね」
 確かに兄のほうが痣や生傷が多い。
「ま、若いから大丈夫よ! そういえば自己紹介がまだだったわね。レジーナよ」
「凛太朗です。よろしく」
 差し出された右手を握ると力強く返された。
「よろしく。リンって本当にシンの弟なの」
「どうして?」
「あんまり似てないなって思って。よく言われない?」
「兄弟って言っても、血のつながりはないからね」
「そうなの? 私と同じね。後からこの店に入ってきた子はみんな妹みたいなものよ」
「レジーナは良いお姉さんって感じだね。優しくてしっかりしてて」
「上手ね。今度お店に遊びに来てね。サービスするわよ」
 化粧っ気のない顔でウィンクするレジーナを愛想笑いでごまかして、クラウディオの居場所をきくと事務所に案内してくれた。
「リンが来たわよ」
 ノックをして扉を開けたレジーナが中に通してくれる。革張りのソファセットにクラウディオとマリアが向かい合って座っていた。
「おや、怪我はもういいのかい?」
 マリアがきいた。
「ええ、ありがとうございました」
「そりゃ良かった。レジーナ、コーヒーの追加を頼むよ。リンも飲むだろ?」
「いただきます」
 こちらを見ようともしないクラウディオの隣に当たり前のように腰を下ろすと、クラウディオが煙草を消して立ち上がった。
「コーヒーはいらない。帰るぞ、リン」
 そう言ってクラウディオは凛太朗を見ることなく部屋を出ていこうとする。
「待てよ! 仕事の勉強させてくれるんじゃなかったの? 俺まだ何も」
「早く来い」
 凛太朗の言葉は完全に無視だ。
「なにあれ……」
 怒っているのはわかるが大人げないにもほどがある。
「ああなるとあいつは何を言っても駄目だよ」
 煙草に火をつけながらマリアが言った。
「いつもああなの?」
「まさか。普段は穏やかすぎてつまらないくらいだよ。でも頑固だからね。あいつなりに色々考えてるのさ。この街でほとんどの人間が捨てた理想を、あいつは大事に抱えてる。お前さんもあいつに殴られてよくわかったんじゃないかい?」
 凛太朗はいまだ熱をもつ頬に触れた。
「俺、帰るね。また来てもいいですか?」
「もちろんだよ、リン。次はちゃんと仕事の話をしよう」
「あ、子供たちは……」
「事情は聞いてるよ。なんとかするから心配しなさんな」
 もう一度マリアにお礼を言って部屋を出る。クラウディオの姿はすでになかった。
「リン!」
 店の入り口に向かう途中でレジーナに呼び止められた。
「レジーナ、今日は色々ありがとね」
「ううん。気を付けて帰ってね」
「ああ、子供たちは?」
「食事の支度を手伝ってくれてるわ」
「そう、良かった。二人は大丈夫かな、俺、何も考えずに突っ走っちゃったけど……」
 自分の行いを悔いてはいないが、彼らのこれからを想像していなかったことは事実だ。
 レジーナは微笑んだ。
「私は詳しいことは聞いてないけど、だいたい想像はつくわ。リンは無茶で無謀だけど、勇気ある行動よ。胸を張りなさい」
「ありがとう。二人をよろしくね」
「ええ、また来てね」
 レジーナに手を振って店を出る。左右を見回すとクラウディオは少し離れたところで煙草を吸いながら待っていた。凛太朗が近づくと黙って歩き出す。凛太朗は彼の背中を追った。相変わらず会話はなかった。


 車に乗り込むとクラウディオはすぐにエンジンをかけた。
 凛太朗はさすがにだんだん苛々してきた。一方的に殴られたのはこちらだというのに、その態度はなんだ。こちらが悪いと言うなら理由を話してくれればいいのに。せっかく勉強しに来たのに凛太朗は何も教えてもらっていない。
 腹立たしさを紛らわそうと窓を下げて煙草に火をつける。するとそれを横からクラウディオに取り上げらた。
「なんだよ!」
「煙草はやめとけ。傷の治りが遅くなる」
「誰のせいだよ……」
 クラウディオは悪びれもなく凛太朗の煙草を唇に運ぶ。そしてすぐに苦い顔をした。
「若いのにメンソールなんて吸うなよ。たたなくなるぞ」
「それ日本の都市伝説だろ?」
「いやマジだって」
 本当に真面目な顔でくだらないことを言うクラウディオに凛太朗は思わず笑ってしまった。
「あーもーなんなんだよ。調子狂うなほんと……」
 新しい煙草をくわえて火をつける。
「だからやめろって」
「うるさいなーあんたと違って若いから平気だよ」
「一言多いんだよお前は」
 それから煙草を吸い終えるまでまたお互い一言も口をきかなかったが、不思議と先ほどまでのような気まずさは消えていた。俺って簡単だなと凛太朗は思ったが、そんな自分の切り替えの早さが嫌いではなかった。
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