ねむれない蛇

佐々

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鈍色の街

#09

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 掴まれていた腕の力が緩んだため凛太朗は飛び出した。
 まずは今にも少女に暴行を加えようとしていた男を殴り飛ばす。続いて少女を拘束していた男も蹴りで地面に沈めた。
「なんだてめぇ!」
 男たちが騒ぎ出し、凛太朗に向かってくる。攻撃を一つずつ躱して拳や蹴りを叩き込む。
 奇声を発しながらナイフを構えた男が向かってくる。構えからも突き出し方からも扱い方に慣れていないことはすぐにわかった。伸ばされた腕を掴んで体を反転させ、相手の勢いを利用して背負い投げる。地面に落ちたナイフを拾い上げると少女の悲鳴が聞こえた。
 振り返ると例のリーダー格の男が少女に銃を突きつけていた。
「ミーナ!」
 少女の兄が叫び、走り出そうとする。
「動くんじゃねえ!」
 少女を捉えた男が叫んだ。
「こいつをぶっ殺すぞ! いいのか? あ? よくも好き勝手してくれたな! どこのもんだてめえ!」
 男は完全に冷静さを欠いている。こういう場合普通は隙だらけでこちらにとっての好機が多いのだが、人質が居る場合は別だ。商品だとかなんとか言っていた数分前の自分の発言も忘れて今、この男は彼女を殺しかねない。
「どこのもんって、どういう意味?」
 凛太朗はひとまず時間を稼ぐことにした。見たところ残っているのはこの男一人だ。男の注意を彼女から逸らすことが出来ればいくらでも勝機はある。
「なめてんのか! どこのどいつだってきいてんだよ! 誰に頼まれて来やがった!」
「頼まれた? 俺はただ、この子に盗まれた友達の財布を取り戻しに来ただけだよ」
「てめぇ、カンドレーヴァの……」
 男の瞳にわずかな揺らぎが見えた時、頭上から鳥が降りてきた。真っ白な羽の大きな鳥は、いつの間にかビルの屋上に登り、男の頭上に居た烏だった。男の背後に着地した烏の腕が滑らかに動き、音もなく男の首をかき切った。
 血を吹き出し倒れる男の腕の中で、少女が鋭く悲鳴を上げた。少年はすぐさま妹の側に駆け寄って行った。
「もっとましなやり方はねーのかよ……」
 凛太朗は返り血を浴びて白衣を真っ赤に染めた烏を睨んだ。
「仕方ないだろ? 俺は銃は扱えないし、昼間にこの格好で人を殺す訳にはいかないんだよ。だから見られないようにやるしかなかった」
「だからって……」
 抱き合う二人の子供は完全に怯えていた。それでも必死に妹を守ろうとする兄の様子に胸が痛んだ。
「ごめんな」
 凛太朗は二人の前に膝を折り、ハンカチで少女の顔についた血や涙を拭った。
「リン!」
 聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り返ると、クラウディオがこちらに走ってくるところだった。
「遅かったな。財布見つかっ」
「何やってんだお前は!」
 立ち上がって手を上げるとクラウディオに胸倉を掴まれ、そのまま思い切り殴られた。
「自分が何したかわかってんのか!」
 疲れて受け切れず派手に地面に転がった凛太朗のシャツを掴むクラウディオは、見たことのない顔で怒っていた。
「どれのことを言ってんの?」
 凛太朗が散々殴ったり蹴ったりした男たちか、烏が殺してしまった男についてか、それともこの可哀想な兄妹のことか。
「全部に決まってんだろ! どうして勝手に動いた? 危険に気づいた時点でどうして俺やボスに連絡しなかった?」
「ガキに追いかけっこでぶっちぎられてた奴がよく言うよ。あんたが隣にいたらもちろん相談した。でも居なかったのはあんただろ!」
「だから連絡すればよかっただろうが!」
「それじゃ遅いっつってんだよ! こんなに小さい子が目の前で殴られてレイプされそうになってるのを黙って見てろって言うのかよ! あんたにも子供がいるんだろ!」
「俺はそんな話をしてるんじゃない! お前がなんの考えもなしに自分の感情だけで突っ込んで行ったことを言ってるんだ! 結果的にこの子たちが助かったのは単に運が良かっただけだ! 下手すればお前もこの子たちも殺されてたんだぞ!」
「だからって放っておけるかよ!」
 胸倉をつかみ合い口論する二人に水を差すような咳払いが聞こえた。顔を向けると烏だった。
「盛り上がってるとこ悪いけどひとまず後処理が先じゃない? こいつらが起きる前に拘束して情報も吐かせないといけないし」
 穏やかに提案した烏にクラウディオが怒りを露わにする。
「てめぇがついていながらこの様か! 部外者のガキを危険に晒してんじゃねぇ!」
 詰め寄ってくるクラウディオに後ずさりしながら烏は両手を振った。
「待ってよ、俺のおかげで財布も見つかったし彼女も助かったんだよ? 感謝されても怒られる謂れはないけどなぁ……それに部外者ってのはひどくない? リンはフィオーレの一員でしょ?」
「こいつがフィオーレの一員? 笑わせんな! こいつはただの素人のガキだ! ちょっと喧嘩が強いだけの子供だ! 俺たち大人はこいつを今よりこっち側に来させないようにするべきなんじゃないのかよ!」
 烏は微笑んだ。
「クラウディオ、お前は良い奴だよね」
 美しい烏の表情からどんな真意を読み取ったのか、クラウディオは忌々しげに舌を打つと背を向けて電話をかけ始めた。いらだった様子の彼の声にはなぜか悲しみが滲んでいるようだった。
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