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鈍色の街
#05
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「も、もう無理だ……」
少年との追いかけっこはそう長くは続かなかった。
クラウディオは足を止め、膝に手をついて肩で息をした。もう脚に力が入らない。情けないことに気を抜くとその場に倒れこみそうだった。
「何止まってんだよ! 見失うぞ!」
前を走っていた凛太朗が振り返って叫んだ。始めはクラウディオが子供を追っていたはずなのに、いつの間にか子供を追いかける凛太朗についていくのがやっとになっていた。
「俺もおっさんになったんだなぁ……ショックだ……」
ゆっくり歩いてどうにか凛太朗の側まで行く。
「そんなことより財布はいいのかよ。全財産入ってんだろ?」
「もういいよ。どうせ大した額じゃない。現金は持ち歩かない主義だし、カードはこの辺じゃなんの役にも立たないからな」
「じゃあなんであんなに大騒ぎしてたんだよ」
「娘が書いてくれた手紙が入ってたんだよ。パパお仕事頑張ってねって。超かわいいだろ?」
「は?」
凛太朗は呆然としていた。
「なんだよ、愛娘からの手紙だぞ? 財布に入れて肌身離さず持ち歩いてたのが裏目に出たな……まぁでも仕方ない。娘には謝るよ。きっとまた新しい手紙を書いてくれるさ」
あの子は優しい子だから正直に話してもそんなに怒られることはないだろう。彼女の好きなケーキを買って帰ればすぐに機嫌も直るはずだ。
凛太朗はため息をつき、汗を拭った。
「俺が取り返してくるよ」
「は? なんだって?」
一瞬耳を疑った。
「あんたの財布、俺が取り戻してくるって言ってんの」
話しながら凛太朗はその場で腕や肩を動かして軽いストレッチを始める。
「いやいいって! 金なんか全然入ってないって言ったろ?」
「でも大事なんだろ。いま追いかければまだ見つかるかもしれない」
「だからってお前一人を行かせるわけには」
言い終わらないうちに凛太朗は走り出した。
「おい! リン!」
「あんたはどっかで適当に待ってて! 後で連絡するから!」
「おい! 待て!」
振り返ることもなく凛太朗は行ってしまった。まずいことになった。すぐにでも追いかけなければならないが、年甲斐もなく全力疾走したせいでまだ体が動きそうにない。この状態で凛太朗に追いつくのは不可能だろう。しかしこの街で外国人の凛太朗を一人で行動させるわけにはいかない。
クラウディオはひとまず凛太朗の向かった方向へ歩きながらスマートフォンを取り出した。
「ボス、俺です。すみません……リンとはぐれました」
「なんだって?」
ウィンカーを出す音が聞こえる。どうやらジーノは運転中らしい。
「ドロップでリンとはぐれました」
「なんで今連絡してくるかな……」
ジーノの舌打ちが聞こえたと思ったら急ブレーキを踏む音がした。
「シン! 危ないだろ!」
「どこではぐれたって? もう一度言ってみろ」
咎めるようなジーノの声を遮って聞こえてきたのは真の声だった。
「シン?」
「早く答えろ! 場所はどこだ!」
「ドロップの市場の裏だけど……」
「なんでそんな所にリンを連れ出してんだよ!」
「俺はただボスの命令で……」
「てめえのせいかジーノ!」
電話の向こうでジーノと真が揉める声が聞こえる。
「で、リンはどこに行ったんだ?」
やがて電話がジーノに戻ったらしい。その声には疲労が滲んでいた。
「それが……」
クラウディオは経緯を説明した。
「ガキに財布をねぇ……」
「てめえの落ち度じゃねえか! どこの国の幹部にガキに財布をスられる奴がいるんだよ!」
真が叫んでいる。
「申し訳ありません。すぐにリンを探します」
「当たり前だこの役立たずが!」
「シンちょっと黙ってろ! あークラウディオ、子供の足じゃそう遠くへは行けないだろう。リンがあまり深い所に踏み込まない内に見つけてくれ。俺も人をよこすから」
「はい!」
「そんなポンコツに任せられるかよ! ジーノ、俺も行くから車回せ!」
「お前は仕事があるだろ」
「リンに危険が迫ってんだぞ!」
「今度のパーティーの打ち合わせだぞ? お前が抜けたら話しが進まないだろ。いい加減もっと大人になれよ」
今度は真の舌打ちが聞こえた。
「クラウディオ、リンに万が一のことがあつたらどうなるかわかってんだろうな?」
「身内を脅すな! クラウディオ、ひとまず頼む。リンはガキだが喧嘩は結構強いからその辺の奴には負けないはずだ。でも出来るだけ早く見つけてくれ! よろしくな!」
返事をする前に電話は切られた。真が弟にすこぶる弱く溺愛しているというのは本当の話らしい。そしてやはり凛太朗の腕っ節はかなり強いようだ。あの時調子に乗ってあれ以上からかわなくて良かったとクラウディオは思った。
少年との追いかけっこはそう長くは続かなかった。
クラウディオは足を止め、膝に手をついて肩で息をした。もう脚に力が入らない。情けないことに気を抜くとその場に倒れこみそうだった。
「何止まってんだよ! 見失うぞ!」
前を走っていた凛太朗が振り返って叫んだ。始めはクラウディオが子供を追っていたはずなのに、いつの間にか子供を追いかける凛太朗についていくのがやっとになっていた。
「俺もおっさんになったんだなぁ……ショックだ……」
ゆっくり歩いてどうにか凛太朗の側まで行く。
「そんなことより財布はいいのかよ。全財産入ってんだろ?」
「もういいよ。どうせ大した額じゃない。現金は持ち歩かない主義だし、カードはこの辺じゃなんの役にも立たないからな」
「じゃあなんであんなに大騒ぎしてたんだよ」
「娘が書いてくれた手紙が入ってたんだよ。パパお仕事頑張ってねって。超かわいいだろ?」
「は?」
凛太朗は呆然としていた。
「なんだよ、愛娘からの手紙だぞ? 財布に入れて肌身離さず持ち歩いてたのが裏目に出たな……まぁでも仕方ない。娘には謝るよ。きっとまた新しい手紙を書いてくれるさ」
あの子は優しい子だから正直に話してもそんなに怒られることはないだろう。彼女の好きなケーキを買って帰ればすぐに機嫌も直るはずだ。
凛太朗はため息をつき、汗を拭った。
「俺が取り返してくるよ」
「は? なんだって?」
一瞬耳を疑った。
「あんたの財布、俺が取り戻してくるって言ってんの」
話しながら凛太朗はその場で腕や肩を動かして軽いストレッチを始める。
「いやいいって! 金なんか全然入ってないって言ったろ?」
「でも大事なんだろ。いま追いかければまだ見つかるかもしれない」
「だからってお前一人を行かせるわけには」
言い終わらないうちに凛太朗は走り出した。
「おい! リン!」
「あんたはどっかで適当に待ってて! 後で連絡するから!」
「おい! 待て!」
振り返ることもなく凛太朗は行ってしまった。まずいことになった。すぐにでも追いかけなければならないが、年甲斐もなく全力疾走したせいでまだ体が動きそうにない。この状態で凛太朗に追いつくのは不可能だろう。しかしこの街で外国人の凛太朗を一人で行動させるわけにはいかない。
クラウディオはひとまず凛太朗の向かった方向へ歩きながらスマートフォンを取り出した。
「ボス、俺です。すみません……リンとはぐれました」
「なんだって?」
ウィンカーを出す音が聞こえる。どうやらジーノは運転中らしい。
「ドロップでリンとはぐれました」
「なんで今連絡してくるかな……」
ジーノの舌打ちが聞こえたと思ったら急ブレーキを踏む音がした。
「シン! 危ないだろ!」
「どこではぐれたって? もう一度言ってみろ」
咎めるようなジーノの声を遮って聞こえてきたのは真の声だった。
「シン?」
「早く答えろ! 場所はどこだ!」
「ドロップの市場の裏だけど……」
「なんでそんな所にリンを連れ出してんだよ!」
「俺はただボスの命令で……」
「てめえのせいかジーノ!」
電話の向こうでジーノと真が揉める声が聞こえる。
「で、リンはどこに行ったんだ?」
やがて電話がジーノに戻ったらしい。その声には疲労が滲んでいた。
「それが……」
クラウディオは経緯を説明した。
「ガキに財布をねぇ……」
「てめえの落ち度じゃねえか! どこの国の幹部にガキに財布をスられる奴がいるんだよ!」
真が叫んでいる。
「申し訳ありません。すぐにリンを探します」
「当たり前だこの役立たずが!」
「シンちょっと黙ってろ! あークラウディオ、子供の足じゃそう遠くへは行けないだろう。リンがあまり深い所に踏み込まない内に見つけてくれ。俺も人をよこすから」
「はい!」
「そんなポンコツに任せられるかよ! ジーノ、俺も行くから車回せ!」
「お前は仕事があるだろ」
「リンに危険が迫ってんだぞ!」
「今度のパーティーの打ち合わせだぞ? お前が抜けたら話しが進まないだろ。いい加減もっと大人になれよ」
今度は真の舌打ちが聞こえた。
「クラウディオ、リンに万が一のことがあつたらどうなるかわかってんだろうな?」
「身内を脅すな! クラウディオ、ひとまず頼む。リンはガキだが喧嘩は結構強いからその辺の奴には負けないはずだ。でも出来るだけ早く見つけてくれ! よろしくな!」
返事をする前に電話は切られた。真が弟にすこぶる弱く溺愛しているというのは本当の話らしい。そしてやはり凛太朗の腕っ節はかなり強いようだ。あの時調子に乗ってあれ以上からかわなくて良かったとクラウディオは思った。
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