ねむれない蛇

佐々

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鈍色の街

#02

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 一度シャワーを浴びて着替えるという凛太朗が出てくるのを、クラウディオはラウンジで煙草を吸いながら待った。
 しばらくして階段を降りてきた彼は足首が出るパンツとカットソー、足元にはスニーカーという軽装だった。仕事柄、夏でもスーツのクラウディオと自分の服装を見比べて迷うような顔をする。
「俺スーツないんだけど大丈夫かな」
「そんなこと気にするな。真面目な奴だな」
 本当に真の弟なのか疑わしいくらいだ。
 凛太朗を連れて車に乗り込み、シートベルトを締める。
「あんた忙しいんじゃなかったの?」
「そうだよ。これでも幹部の一人だからな。その俺が直々に仕事場を案内してやろうってんだから有り難く思えよ」
「はーい」
「素直でよろしい。しっかり勉強しろよ。そういやお前、朝飯食ったか?」
「まだだけど」
「じゃあまずは腹ごしらえだな。俺は朝はコーヒーだけなんだが、腹減ってるだろ?」
 自分と違って若い凛太朗は空腹に違いない。トレーニングの後なら尚更だ。
「俺もコーヒーがあればいいよ」
 クラウディオの予想とは裏腹に凛太朗は食が細いタイプのようだ。兄の真は細い体でとんでもなく食べるというのに、やはりこの兄弟はあまり似ていない。血が繋がっていないというのは本当なのだろうか。さすがにそこまで踏み込んだ話はまだできないが。
「じゃあ観光でもするか? どっか行きたいとこあるか?」
「観光?」
 凛太朗が戸惑ったような顔をする。
「よく考えたらこんな早い時間から空いてる店はないんだよ。俺の受け持ちは夜の店が多いし、さっき連絡してみたんだが、午後までは時間を潰したほうがよさそうだ」
「えーそういうことは早く言ってよ。午前中残りのトレーニング消化できたじゃん」
「悪かったって。にしてもお前ほんとに真面目だな。なんでそんなに頑張れるんだ?」
 せっかく海外に来たのに観光もせず毎日トレーニング三昧とは。
 正直に話してしまったことが恥ずかしいのか、凛太朗は気まずそうに目をそらした。
「べつに、帰ってからまとてめやると辛いからだよ」
「ふーん。えらいんだな」
 まだ若いのにそんな選択をしなければならないなんて。かわいそうだ、などと一瞬でも思ってしまったことを彼が知ったらもう心を開いてくれないだろうか。
「で、どこ行きたい? 少し遠出して世界遺産でも見に行くか?」
「そんな時間あるの? どっか買い物できるとこ連れてってよ」
「何買うんだ?」
「服」
「げ、俺、車で待ってていいか?」
「なんで?」
「嫁さんとよく出かけるけど、買い物の時だけは極力付き合いたくないと思ってる」
 女はたかが数着の服を買うのに何枚も試着したり何時間も迷ったり、「どっちが似合う?」と正解のない質問をしてきたりする。帰る頃にはいつもくたくただ。
「女じゃないんだからそんなに時間かかんないって。すぐ決めてすぐ買うから一緒に来てよ」
「仕方ねえなぁ……」
 いくら英語が堪能でも慣れない土地で一人にされるのは不安なのかもしれない。可愛いとこあるじゃないか。そう思って買い物に付き合うことにしたのを後悔するまでそう時間はかからなかった。


 首都のあるO9は経済の中心地であり、真っ先に開発の進められてきた場所だけあって街並みも近代的だ。
 街の中心部にはアストリアの急成長を象徴するようなツインタワーがそびえ立ち、そこに迫る勢いでアインツグループの複合ビルの建設が進められている。五十階建てのビルにはオフィス、商業施設、ホテルなどが集約されているらしい。
 海沿いのフォートエリアにもフィオーレが建設に関わったアインツのリゾートホテルがあり、そちらは近々オープン記念のパーティーが予定されている。
 観光客向けのショッピング施設はかつての街並みが再現され、都心に居ながらヨーロッパの趣ある空間の中で買い物を楽しむことができる。
 買い物に時間をかけないと言っていた凛太朗はその言葉通り、一目見て気に入った物を次々に購入していた。
「お前もしかしてすごいお坊っちゃんなのか?」
「は? 違うけど。なんで?」
「値段も見ずによくそんなに買えるな」
「俺、兄貴にはでかい貸しがあるからね」
「ああ、お前シンの弟だったな」
 カードの支払いは真もちか。
「それくらいしかお金の使い道ないんだよ、あの人」
 凛太朗は確かに自分の買い物には時間がかからなかったが、寄り道が多かった。突然いなくなったかと思えば男には絶対に用のない店の前で、ウィンドウに飾られた靴やバッグに見入っていたりする。
 完全に女性向けの商品しかない店内に堂々と入っていく凛太朗に、クラウディオはさすがに焦って彼を追いかけた。
「おい! 何やってんだよ!」
「この靴めっちゃかわいくない?」
「俺にわかるか! ていうか用もないのにこんな所入るなよ!」
 思わず小声になるクラウディオの横で、凛太朗は堂々と展示されている商品を手にとって眺めている。
「奥さんにどう?」
「買わねーよ!」
 だらだらしていたら店員に声をかけられてしまう。早く出なければ。そう思った矢先、女性店員が近づいてきた。
「贈り物ですか?」
 ほらきた!
「いやえっと、そういう訳じゃ……」
 慌てて否定するクラウディオを横目に凛太朗がにこやかに口を開く。
「彼が奥さんへのプレゼントを探してて」
「おい!」
「素敵ですね。お誕生日ですか?」
「ちが……」
「誕生日じゃないけど、プレゼントしたいんだよね?」
「だから違……」
「まぁ! 奥様が羨ましいわ」
「あーもうわかったよ! 買えばいいんだろ買えば!」
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