ねむれない蛇

佐々

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鈍色の街

#01

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 凛太朗が朝の走り込みを終えて屋敷に戻るとラウンジに見覚えのある男がいた。優しげな風貌の髭面の男は確かジーノの部下だったはずだ。 
「毎日走ってるのか? えらいな」
 声をかけられ、凛太朗は一瞬返答に迷った。
「どうも……」
 短く言うと、男は笑った。
「そんなに堅くなるなよ。シンの弟だろ? 確か名前は……」
「弟の凛太朗です」
「そう! 思い出したよリン。クラウディオ・ブランカだ。よろしくな」
「こちらこそ」
 ソファから立ち上がった男から差し出された手を握る。
「ドン・フィオーレもお前を買ってるときいた。いったい何者なんだ?」
「そんな……俺はただの学生ですよ」
「学生? 高校生か?」
「大学です……俺そんなにガキっぽく見えます?」
「はは! 悪い悪い。東洋人は若く見えるな。でも俺たちからしたらお前もシンも大して変わらないよ」
「どっちもガキってこと?」
「そう拗ねるな。大人になることだけが良いこととは限らない」
 頭をなでられる。ジーノや真にそうされると子供扱いされていることに苛立つのに、クラウディオには腹が立たなかった。彼は本当に大人だからかもしれない。
「俺にも子供がいるんだが、将来俺のもとから居なくなると思うと今から気が気じゃないよ」
「へえ、いくつ? 子供」
「先月四歳になったんだ。写真見るか?」
 嬉々としてスマートフォンを取り出したクラウディオに娘の写真を見せられる。そこには彼の妻と思われる女性に抱かれた少女が写っていた。
「奥さんに似てるね。将来美人になりそう」
「だろ⁉︎ やっぱお前もそう思うか!」
「あんたに似なくてよかったね」
「そういうことはもうちょっと遠回しに言えよ! 俺もそう思ってたけど!」
 別の写真にはジーノに抱き上げられ、彼の頰にキスする少女が写っていた。
「ジーノと仲良しなんだな」
「ああ、大きくなったらボスと結婚するとか言い出して大変だよ」
「はは、すごいじゃん。将来のカンドレーヴァ夫人だ」
「笑いごとじゃないんだって!」
 他にもジーノに抱きついたり、彼の腕の中で眠る少女の写真がたくさんあった。彼女はかなりジーノのことを気に入っているようだ。
「ボスはすごい方だよ。俺たち家族のことを自分のことのように大事にしてくれてる。どんなに忙しくても、娘や妻の誕生日にいつも駆けつけてくれるんだ」
 優しい顔で言うクラウディオも、心底からジーノを敬愛していることが伝わってきた。
「でも娘はやらないんだろ?」
「当たり前だ!」
「何が当たり前なんだ?」
 ラウンジに下りてきたジーノに声をかけられ、クラウディオは慌てて振り向いた。
「ボス! おはようございます!」
「おはよう。随分楽しそうだな。いつの間に仲良くなったんだ?」
「ちゃんと話すのは今日が初めてですよ」
「ちょうどよかった。クラウディオ、暇ならこいつを案内してくれないか?」
「え?」
「仕事のことも色々教えてやってくれ」
「ボス、俺は決して暇なわけじゃ……」
「わかってるよ。だから暇な時でいいって」
「ていうかそんなことまでさせるんですか?」
「嫌なのか?」
「いえ、ただ、リンはまだ子供ですよ?」
「それがどうした? 俺だって子供の頃から親父の仕事を手伝ってた。シンはこいつと同じ歳の頃にはもうユーリの下で働いてたぞ」
「それはそうですが……」
「クラウディオ、お前の言いたいことはわかる。だからこそお前に頼んでるんだ。他の奴らより、そういう意味でお前を信頼してるからな」
 クラウディオはしばし逡巡している様子だったが、やがて凛太朗に視線を向けた。
「リン、今日の予定は?」
「筋トレと射撃の訓練くらいだけど……」
「なら一緒に来い。俺たちの仕事を見せてやる」
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