ねむれない蛇

佐々

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美しい思い出

#12*

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 目を覚ますと視界がぼやけていた。泣いていたせいだと、しばらくしてから気づいた。両目からあふれた涙をぬぐい、喉の渇きを覚えてベッドから起き上がる。すると暗い部屋の中でベッドのそばに真が立っているのに気づいた。
「え、何やってんの……?」
 暗闇に立ち尽くす真が怖い。一瞬、大げさにびくついた体はすぐに、ベッドに乗り上げてきた真に押さえつけられまともに身動きがとれなくなった。
「兄さっ」
 いきなり寝込みを襲われる理由がわからない。兄を呼ぼうと開いた唇にキスされる。あの日から何度も繰り返してきた行為だが、今は嫌だった。ただでさえ思い出したくない記憶を夢で見たのにやめてくれ。
「兄さん! 嫌だって!」
 顔を背けて逃れるも、真に顎を掴まれ再び口内を犯される。
「んっ、ぅ、やめろ!」
 殴ってやめさせようとしたらその手を押さえられ、反対に頰を張られた。一瞬なにが起きたのかわからなかった。兄に打たれたのは初めてかもしれない。じわじわと熱を持ち始めるそこを押さえると、真が耳元で囁いた。
「あいつの夢を見てたのか?」
 驚いて見上げた真は無表情に続けた。
「あいつが犯されて、殺されるところを」
「なんでそんなこと……」
 急に何を言い出すんだ。冷たい瞳で自分を見下ろす真の真意がわからない。凛太朗は戸惑いよりも恐怖を覚えた。
「お前は全部見てたんだろ? あいつがあの時どんなことをされたのか、どんな風に体を痛めつけられ、どう犯されたのか」
「やめろ! 思い出したくない!」
 いまだ鮮明に焼きついたあの夜の光景を、変わり果てた姉の姿を、必死に振り払って生きてきたのに、なぜ真はそんなことを言うのか。
「なら俺が思い出させてやる」
 自分のネクタイに指をかけた真は、夢の中で見たのと同じ、知らない男のようだった


「辛いか?」
 ベッドに座る真が尋ねた。後ろで両手を縛られ、真の足の間に身を屈めて彼の性器を喉の奥まで突き入れられた凛太朗は返事をする術を持たず、小さく頷いた。
「あいつも辛かったろうな」
 呟かれた言葉で再び夢の情景が頭に浮かぶ。それを振り払うように、普段より激しい口淫に没頭する。
「何人もの男に犯されて、嬲られて」
 凛太朗の頭をなでながら、真は淡々と続ける。
「ナイフで肌を傷つけられて、片目まで抉られて」
 凛太朗は縛られた両手を握りしめ、いつもは入れないような深いところの粘膜まで使って真の性器を締め付けた。舌を絡ませながら、頭を上下させる。
「痛くて苦しくてどうしようもなかっただろうな。自分があんな目にあうなんて思ってもなかっただろうな。酷いよなぁ。なんであんな酷いことができるんだろうな」
 凛太朗は息苦しさからくるものではない涙が、自分の瞳に滲んでいることに気づいた。それでも行為を続けていると、真に顔を上げさせられた。
「なんで泣いてるんだ?」
 微笑んで尋ねる真は依然として別人のようだった。いや、今まで知らなかっただけで、これが彼の本当の顔なのかもしれない。
 問いかけに答えずにいると、ベッドにうつ伏せに押さえつけられた。
「兄さん!」
 抗議の声は無視された。膝だけ立てさせられた不自由な体制で服を脱がされ、指の一本も入れられていない場所に先ほどまで凛太朗の口内を犯していた性器が押し付けられる。
「う、そだろ」
 無理だ。入るわけがない。恐怖と驚愕で目を見開いた凛太朗を無視して、真は無理やり押し入ってくる。
「いっ」
 痛い。凛太朗は目の前のシーツに噛みつき、叫びたくなるのをこらえた。真の真意はわからないが、それをしたら彼の思惑通りになってしまうような気がした。
「俺が怖いか?」
 問いかけながら、真はゆっくり腰を進める。心と体を引き裂かれるような苦痛に涙があふれた。
「なあ、リン、本当はわかってんだろ? 妹を、楓を殺したのは俺だ。どんな言い訳を並べようと、俺はあいつをこの手で殺した。俺はそれができる人間だ。楓をあんな目にあわせた連中と同じなんだよ」
 容赦のない行為とは裏腹に、真は落ち着いた声で言う。
「そのうえ俺はお前まで、俺と同じ場所に身を落とさせようとしてる。俺はお前のことより自分が大事だ。お前がそばに居てくれたらって、ずっと思ってた。お前を守ることで俺はこれからも生きていける。そのために、俺はお前の幸福から一番遠い選択を、自分のためにしたんだ」
 項に唇が落とされる。そのまま歯を立てられて、新たな痛みに声が漏れる。深いところを突かれたはずみに唇からシーツが外れる。
「あっ、ん、ぅっ……」
「ほら、痛いんだろ? 苦しいだろ? 我慢しないで言えよ。俺を拒めよ」
 色々と考えを巡らせる余裕はない。でも耐えなければならないと思った。姉が経験した痛みは、苦しみは、こんなものではないはずだ。
「俺は楓を殺した。しかもお前の目の前で。リン、お前は俺を責めていい。詰って、否定して、俺を憎めよ」
「わ、けわかんねぇよ……」
 本当に意味がわからない。なぜいきなりこんな仕打ちを受けているのか、なぜいきなり真がそんなことを言うのか。同時に身勝手な真の行為に怒りがこみ上げてきた。
「いつも勝手なことばっかり……いい加減にしろよ!」
 泣きながら、肩で息をしながら、凜太朗は叫んでいた。
「あんたは勝手だ! 一体なにがしたいんだよ! 何も教えてくれなかったくせに、いきなりこっちに呼んだと思えばやっぱり何も教えてくれないし! 勝手に色々決めてると思ったらいきなり突き放すようなことするし、なんなんだよ!」
「いきなりじゃないよ。ずっと考えてた。このままお前に何も話さず、遠くから見守るだけにするか、一切の関わりを断って生きるか」
 でも、と真は苦笑する。
「どっちも無理だった。お前の幸せを望むなら、俺はお前の人生から消えたほうがいい。わかっていたはずなのに、俺はお前を失うことに耐えられなかった」
「だから……」
「そう、だからお前をこっちに呼んだんだ。俺の目の届くところにいて欲しかった。お前を守りながら生きていきたかった」
「だったらなんでこんなこと……」
「でもやっぱり、お前の気持ちを無視することはできないよ」
 優しく笑う真はその表情とは真逆の荒々しさで腰をぶつけてくる。内臓を抉られるような痛みに目眩がする。
「むっ、むちゃくちゃだろっ……言ってることと、やってることが、っ」
「矛盾してると思うか? そうだよ。俺はお前を愛してる。でも平気でお前を傷つけることもできる。そんな奴と一緒にいたら駄目だろ?」
 だから真は、凛太朗自ら、彼を拒ませようとしているのか。
「は、ははっ……なんだよ、それっ……」
 痛くて苦しくてたまらないのに凛太朗は失笑した。
「今さら何言ってんの? さっき、ユーリになんか言われたのがバレバレだよ」
「ボスを呼び捨てにするな」
「そこかよ。本当だったんだな、あんたがあの人に甘いって。それで感化されちゃったの?」
「彼は、本当に俺たちのことを考えてくれてる。お前だけじゃなく、俺のことまで案じて言ってくれたんだ」
「考え直せって? ふざけんなよ。何様だよ。あいつにそんなこと言う資格ないだろ」
「口が過ぎるぞ、リン」
 怒気をはらんだ声で言われても、凛太朗の心には何も響かなかった。むしろそこまでユーリを敬愛する真が滑稽で、そして腹が立った。
「あいつやあんたにどんな事情があったか知らない。でも、姉さんは酷い目にあわされた。それをしたのはあんた達と同じ種類の人間なんだろ? だったら、そんな奴らから今さら俺を気遣うような言葉を聞きたくない。何を言ったって、どんな綺麗事を並べたって、結果は同じなんだよ!」
「それでも、俺は、あの人も、本当にお前の幸せを願ってる。お前がこれから先の人生を、平和に暮らして欲しいと思ってる」
「だからそれが綺麗事だって言ってんだよ!」
 苦しい体勢のまま真を睨みつける。
「俺は今日みたいに、あの日の夢を何度も見るよ。そしていつも姉さんを助けられない。俺の目の前で、姉さんはいつも傷つけられて、最後には殺されるんだ。何がいけなかったのかずっと考えてた。どうすれば姉さんを助けられたのか。姉さんが死んだのは、俺が弱いせいだ。俺が何もできなかったせいで、姉さんは死んだ」
「リン、それは違う」
「違わないだろ! 俺があいつらを殺せるくらい強ければ姉さんは死ななかった! 殺してくれだなんて、自ら死を願うほどの苦痛を味わわずにすんだんだ! なのに俺は、何もできなかった……目の前で姉さんがぼろぼろになってるのに、酷い目にあわされてるのに、それを見てることしかできなかった……」
 今でもそうだ。助けられなかった姉を夢に見て、必死にその情景を記憶から消し去ろうとすることしかできない。
「もう嫌なんだよ……何もできずに、ただ目の前で大事な人が殺されるのを見るのは、弱いままでいるのは嫌なんだよ!」
 あの終わらない悪夢を彷徨うような日々にはもう戻りたくない。あの日から、心から平穏だと思える日常なんて一日もなかった。他人と同じ毎日を過ごしながら、後悔と絶望に押しつぶされそうな瞬間を、幾度も経験してきた。
「だから俺は、あいつらを殺せるくらい強くなる。もう誰にも、姉さんみたいな思いはさせない。そのためならなんだってする。あんたに言われた通りにする。喧嘩だって強くなる。銃ももっと上手く撃てるようになる。マフィアの幹部にだってなってやる。だから今さら俺を突き放すなよ!」
 再び窺った真の顔はあの日と同じ悲痛の色が滲んでいた。凛太朗を犯していた性器もすっかり萎えている。
「兄さん、抜いて。これも解いて。ちゃんと話そう」
 真は静かに体を離すと凛太朗の手首に結ばれたネクタイを外した。凛太朗は真と向かい合って座り、悄然とした彼の頰に触れた。
「兄さん、俺は確かにあんたが怖いよ。でも俺も、あんたの弱さを知ってる。俺はずっと誰かに守られながら生きてきた。母さんや義父さん、姉さん、そして兄さん。俺を守ってくれた人たちはみんな死んじゃった。残ってるのは兄さんだけだ。俺はもう、一方的に誰かに守られるのは嫌だよ。兄さんに守られるだけの人生は嫌なんだ」
 凛太朗は微笑んで、真を抱きしめた。
「俺は強くなるよ。兄さんも、フィオーレも、全部利用して強くなってやる。そしたらいつか、兄さんを……」
 真は諦観したような顔で笑った。
「楓を殺した俺を殺す?」
 悲しい言葉を口にする兄に、凛太朗は今度は自分から口付けた。驚いた表情を浮かべる彼が愛おしくて切なかった。
「いつか兄さんを、俺から解放してあげるよ」
 そんな日が一生こなければいいのに。言ったそばからそう思ってしまう自分の弱さに、凛太朗は苦笑した。
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