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美しい思い出
#09
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「お待たせ」
男は凜太朗の向かい側に腰を下ろした。それを見計らったように、コーヒーが運ばれてきた。頼んでもいないのに、凛太朗の前にも二杯目が置かれた。
「大丈夫でしたか?」
給仕が離れてから凛太朗は口を開いた。
「何が?」
「美玲が素直に彼女に謝るとは思えない」
「それは当人たちの問題だからね。ただ、教えるべきことは教えたよ。ここは君たちの居る日本とは違う。時間や場所で街の治安は一気に変わる。そんな場所に女の子が一人、置き去りにされたらどんなことになるか……具体的にね」
「彼女はなんて?」
「何も。俺の言ってることがわからなかったのかもしれないが、少し怯えていたよ。女の子を怖がらせるなんて大人げないと思ったから、本来、彼女たちの安全を保証するべきなのは誰なのか、柳田に説明責任を果たさせた」
「うわぁ……」
「いい機会だったよ。俺たちは彼らの飼い犬ではない」
初めて見た時は小動物のようだなんて思ったが、この人はとても怖い人なのかもしれない。凛太朗の胸中を知ってか知らずか、男は人好きのする笑みを浮かべた。
「今更だけど自己紹介しようか。俺のことはユーリって呼んでね」
「無理です」
「シンに怒られる?」
「ええ、さっきも何か粗相はしてないかって」
「はは、シンらしいなぁ。彼はね、俺にとても甘いんだ」
「だから今日も一人であんな所に居たんですか?」
「んー?」
ユーリはごまかすように少し笑って、コーヒーにミルクを入れた。
「たまにね、逃げ出したくなる。何もかも、抱えてるもの全部捨てて、どこかへ行ってしまいたくなるんだ」
彼は美しい仕草でカップを傾けた。
「なんてね、シンには内緒だよ」
「リンはいつまでこっちに居るの?」
「当初の予定では夏休み中は居る予定でした」
「予定が変わりそう?」
「さあ……」
車中で真に言われた言葉を思い出す。未だに彼が何を考えているのかわからない。
「彼女に会ったのは偶然ですか?」
ずっと不思議だった。凛太朗が繭を見つけた時、なぜユーリが彼女と一緒に居たのか。
「偶然と言えば偶然だし、必然と言えば必然かな」
言っている意味がよくわからない。
「ほんとは君たちの後をつけてたんだけどさ」
「は?」
「シンの車にGPSを仕掛けてたんだよね。いつも俺がされてることだし、仕返ししてやろうと思って」
子供が悪戯を告白するときのような口調だ。本当にこの人はフィオーレのボスなのか。
「でも途中で、君たち柳田とその姪に会っただろ? ひと目ですぐにわかったよ。君に夢中なあの姪は柳田の弱みだ。つまりアインツの弱みでもある。このまま彼女たちをつけていれば何か、アインツにとってもっと大きな隙が見つかるんじゃないかってね」
ユーリは微笑んだまま続ける。
「結果は君も知る通りだよ。世間知らずで我儘な姪はあんな場所に友人を置き去りにし、彼女は危険な目にあった。俺はもう少し体を張って彼女を守るつもりだったけど、君は案外早く助けに来てくれた。ほんとに君は優秀だよ」
「なんで……」
なぜ彼がそんなことをしたのか理解できなかった。
「アインツに対して、我々の立場をはっきりさせておくため、あとは、君の力を見たかったからかな」
「そんなことのために、彼女を危険に晒したんですか?」
ずっと繭を見ていたユーリなら、いつでも助けを呼べたはずだ。真にも、フィオーレにも、柳田にだって連絡を入れられたはずだ。そうすれば、彼女はあんな経験をせずにすんだのに。
「そんなこと? 君はもう少し、自分の立場を自覚したほうがいい。自分が誰の弟であるのか。この国でそれは君が思ってる以上に大きな意味をもつ」
「あなたの言ってることの意味が、俺にはわからない」
「無理もないね。でも俺や君の兄が身を置いているのはそういう世界だよ。俺たちは自分の利益のために人を傷つける。この前、君がされたように。そして」
男はそこで言葉を切って、静かに目を伏せた。
「かつて君のお姉さんが、そうされたようにね」
男は凜太朗の向かい側に腰を下ろした。それを見計らったように、コーヒーが運ばれてきた。頼んでもいないのに、凛太朗の前にも二杯目が置かれた。
「大丈夫でしたか?」
給仕が離れてから凛太朗は口を開いた。
「何が?」
「美玲が素直に彼女に謝るとは思えない」
「それは当人たちの問題だからね。ただ、教えるべきことは教えたよ。ここは君たちの居る日本とは違う。時間や場所で街の治安は一気に変わる。そんな場所に女の子が一人、置き去りにされたらどんなことになるか……具体的にね」
「彼女はなんて?」
「何も。俺の言ってることがわからなかったのかもしれないが、少し怯えていたよ。女の子を怖がらせるなんて大人げないと思ったから、本来、彼女たちの安全を保証するべきなのは誰なのか、柳田に説明責任を果たさせた」
「うわぁ……」
「いい機会だったよ。俺たちは彼らの飼い犬ではない」
初めて見た時は小動物のようだなんて思ったが、この人はとても怖い人なのかもしれない。凛太朗の胸中を知ってか知らずか、男は人好きのする笑みを浮かべた。
「今更だけど自己紹介しようか。俺のことはユーリって呼んでね」
「無理です」
「シンに怒られる?」
「ええ、さっきも何か粗相はしてないかって」
「はは、シンらしいなぁ。彼はね、俺にとても甘いんだ」
「だから今日も一人であんな所に居たんですか?」
「んー?」
ユーリはごまかすように少し笑って、コーヒーにミルクを入れた。
「たまにね、逃げ出したくなる。何もかも、抱えてるもの全部捨てて、どこかへ行ってしまいたくなるんだ」
彼は美しい仕草でカップを傾けた。
「なんてね、シンには内緒だよ」
「リンはいつまでこっちに居るの?」
「当初の予定では夏休み中は居る予定でした」
「予定が変わりそう?」
「さあ……」
車中で真に言われた言葉を思い出す。未だに彼が何を考えているのかわからない。
「彼女に会ったのは偶然ですか?」
ずっと不思議だった。凛太朗が繭を見つけた時、なぜユーリが彼女と一緒に居たのか。
「偶然と言えば偶然だし、必然と言えば必然かな」
言っている意味がよくわからない。
「ほんとは君たちの後をつけてたんだけどさ」
「は?」
「シンの車にGPSを仕掛けてたんだよね。いつも俺がされてることだし、仕返ししてやろうと思って」
子供が悪戯を告白するときのような口調だ。本当にこの人はフィオーレのボスなのか。
「でも途中で、君たち柳田とその姪に会っただろ? ひと目ですぐにわかったよ。君に夢中なあの姪は柳田の弱みだ。つまりアインツの弱みでもある。このまま彼女たちをつけていれば何か、アインツにとってもっと大きな隙が見つかるんじゃないかってね」
ユーリは微笑んだまま続ける。
「結果は君も知る通りだよ。世間知らずで我儘な姪はあんな場所に友人を置き去りにし、彼女は危険な目にあった。俺はもう少し体を張って彼女を守るつもりだったけど、君は案外早く助けに来てくれた。ほんとに君は優秀だよ」
「なんで……」
なぜ彼がそんなことをしたのか理解できなかった。
「アインツに対して、我々の立場をはっきりさせておくため、あとは、君の力を見たかったからかな」
「そんなことのために、彼女を危険に晒したんですか?」
ずっと繭を見ていたユーリなら、いつでも助けを呼べたはずだ。真にも、フィオーレにも、柳田にだって連絡を入れられたはずだ。そうすれば、彼女はあんな経験をせずにすんだのに。
「そんなこと? 君はもう少し、自分の立場を自覚したほうがいい。自分が誰の弟であるのか。この国でそれは君が思ってる以上に大きな意味をもつ」
「あなたの言ってることの意味が、俺にはわからない」
「無理もないね。でも俺や君の兄が身を置いているのはそういう世界だよ。俺たちは自分の利益のために人を傷つける。この前、君がされたように。そして」
男はそこで言葉を切って、静かに目を伏せた。
「かつて君のお姉さんが、そうされたようにね」
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