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美しい思い出
#06
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当然ながら、繭が車を降ろされたと思われる場所に、既に彼女の姿はなかった。
それなりに車通のある、そこそこ広い道だったが単なる通り道になっているだけのようだ。かつて駅だったと思われる建物や学校のような廃墟を横目に、少しでも人気のありそうな場所に移動する。
駅前を少し離れて裏道を抜けるとちらほら人影が見えるようになってきた。道の両側にまだ生きている街灯がともり、飲み屋らしき看板にも明かりがついている。試しにいくつかの店を外から覗いてみると先日、凜太朗を拉致した連中と同じような風貌の男ばかりだった。凛太朗ですらかなり浮いている。こんな所に日本人の女の子がいたらひとたまりもないだろう。最悪の事態が頭をよぎって、凜太朗は再び走りだした。
何かわかったらすぐに連絡すると言っていたわりに、真からはなんの音沙汰も無い。彼の部下も動いているなら連携をとったほうがいいはずだ。闇雲に探しまわっても埒が明かない。
スマートフォンを取り出し、真に電話をしようとした時だ。街灯の届かない裏道で喧騒が聞こえた気がした。胸騒ぎがして駆けつけると、数人の男に繭が絡まれていた。見たところ怪我はなさそうだが、体格のいい男たちに囲まれた彼女の顔には怯えの色が滲んでいる。そしてなぜか、彼女の前に小柄な男がまるで彼女を守るように立っていた。
ひと目でわかる仕立てのいいスーツを着た男は、暴力的なこととは無縁な優しげな顔立ちをしていた。屈強な男に囲まれていると小動物のようだ。
案の定、男は体格の違いすぎる男たちにいきなり殴られた。繭が目を閉じて顔を背ける。
凜太朗は走って男たちの間に割って入った。
「すいません! これ俺の連れなんですよー見逃してもらえません?」
あえて軽い口調で言ってみるが、それでわかってもらえる相手だったら苦労しない。すぐに殴りかかってきた男をかわし、顔面に拳を叩き込む。骨に当たってかなり痛い。もう顔は殴れないなと思っていると、背後から別の男に腕にを回され首を絞められた。正面からも他の男が向かってくる。まずは前の男を蹴り飛ばし、後ろの男の力が緩んだ隙に、後頭部で頭突きをして抜けだした。
壁の近くで口元を押さえて立ち尽くしていた繭の腕を掴み、そのまま逃げようとした時、スーツの男と目が合った。
「あんたもだよ!」
男はなぜか驚いた顔をしていたが、黙って凛太朗についてきた。とはいえこの辺りの地理に疎く、どこに逃げればいいのかわからない。
「こっちだ」
凛太朗を先導したのはスーツの男だった。
今はついて行くしかない。男の向かう先に一台の車が停まっていた。黒塗りの高級車は明らかにこの場所に似つかわしくない。いたずらされていないのを意外に思っていると、素早くキーを解除した男が運転席へ乗り込んだ。
「乗って!」
男に言われるがまま繭と一緒に後部座席に乗り込む。
すぐに走りだした車の中で、荒い息を落ち着けながら背後を窺うが、先ほどの男たちが追ってくる気配はなかった。少し安堵して視線を前に戻すと、運転席の男とミラーごしに目が合った。
「君は強いんだね」
男は落ち着いた口調で言った。改めて見ると妙に雰囲気のある男だった。何者なのか尋ねても、男ははぐらかすばかりだ。
「それより君はなぜあんな所に?」
男は繭に向かってきいた。
ネイティブな英語を上手く理解できないのか、戸惑う繭に凛太朗が訳して伝えると、彼女は訥々と経緯を話し始めた。
真からきいていた通りの内容に、凜太朗は怒りを抑えられなかった。あと少し遅ければどうなっていたかわからない。
「送って行くよ。どこのホテル?」
静かに告げた男に、繭はホテルの名前を告げた。
ホテルに着くと、繭は丁重にお礼を言って車を降りた。
「彼女もここに泊まってるなら俺も行く。一言文句を言わなきゃ気が済まない」
凛太朗も外に出ると繭は目を見開いた。
「やめて!」
彼女のこんなに大きな声を聞いたのは初めてだ。繭は自分でも驚いた様子で、慌てて笑顔を取り繕った。
「えっと、美玲は悪気はないんです。少し子供っぽいところがあって、拗ねて意地悪をしただけなんですよ」
「余計にたちが悪い。自分がしたことがどういうことなのか、しっかり教えてやる」
「ほんとに、ほんとに大丈夫ですから、やめて下さい。彼女は私の大事な友達なんです」
「友達? 下らない理由で危険な目にあわせるような奴が友達なわけないだろ!」
「それでも! 美玲は私のたった一人の友達なんです!」
運転席の男が窓ガラスを下げて顔を覗かせた。
「どうせならラウンジでお茶でもしない? ここのケーキは絶品だよ」
正直、気は進まなかったが男の提案に乗ることにした。
それなりに車通のある、そこそこ広い道だったが単なる通り道になっているだけのようだ。かつて駅だったと思われる建物や学校のような廃墟を横目に、少しでも人気のありそうな場所に移動する。
駅前を少し離れて裏道を抜けるとちらほら人影が見えるようになってきた。道の両側にまだ生きている街灯がともり、飲み屋らしき看板にも明かりがついている。試しにいくつかの店を外から覗いてみると先日、凜太朗を拉致した連中と同じような風貌の男ばかりだった。凛太朗ですらかなり浮いている。こんな所に日本人の女の子がいたらひとたまりもないだろう。最悪の事態が頭をよぎって、凜太朗は再び走りだした。
何かわかったらすぐに連絡すると言っていたわりに、真からはなんの音沙汰も無い。彼の部下も動いているなら連携をとったほうがいいはずだ。闇雲に探しまわっても埒が明かない。
スマートフォンを取り出し、真に電話をしようとした時だ。街灯の届かない裏道で喧騒が聞こえた気がした。胸騒ぎがして駆けつけると、数人の男に繭が絡まれていた。見たところ怪我はなさそうだが、体格のいい男たちに囲まれた彼女の顔には怯えの色が滲んでいる。そしてなぜか、彼女の前に小柄な男がまるで彼女を守るように立っていた。
ひと目でわかる仕立てのいいスーツを着た男は、暴力的なこととは無縁な優しげな顔立ちをしていた。屈強な男に囲まれていると小動物のようだ。
案の定、男は体格の違いすぎる男たちにいきなり殴られた。繭が目を閉じて顔を背ける。
凜太朗は走って男たちの間に割って入った。
「すいません! これ俺の連れなんですよー見逃してもらえません?」
あえて軽い口調で言ってみるが、それでわかってもらえる相手だったら苦労しない。すぐに殴りかかってきた男をかわし、顔面に拳を叩き込む。骨に当たってかなり痛い。もう顔は殴れないなと思っていると、背後から別の男に腕にを回され首を絞められた。正面からも他の男が向かってくる。まずは前の男を蹴り飛ばし、後ろの男の力が緩んだ隙に、後頭部で頭突きをして抜けだした。
壁の近くで口元を押さえて立ち尽くしていた繭の腕を掴み、そのまま逃げようとした時、スーツの男と目が合った。
「あんたもだよ!」
男はなぜか驚いた顔をしていたが、黙って凛太朗についてきた。とはいえこの辺りの地理に疎く、どこに逃げればいいのかわからない。
「こっちだ」
凛太朗を先導したのはスーツの男だった。
今はついて行くしかない。男の向かう先に一台の車が停まっていた。黒塗りの高級車は明らかにこの場所に似つかわしくない。いたずらされていないのを意外に思っていると、素早くキーを解除した男が運転席へ乗り込んだ。
「乗って!」
男に言われるがまま繭と一緒に後部座席に乗り込む。
すぐに走りだした車の中で、荒い息を落ち着けながら背後を窺うが、先ほどの男たちが追ってくる気配はなかった。少し安堵して視線を前に戻すと、運転席の男とミラーごしに目が合った。
「君は強いんだね」
男は落ち着いた口調で言った。改めて見ると妙に雰囲気のある男だった。何者なのか尋ねても、男ははぐらかすばかりだ。
「それより君はなぜあんな所に?」
男は繭に向かってきいた。
ネイティブな英語を上手く理解できないのか、戸惑う繭に凛太朗が訳して伝えると、彼女は訥々と経緯を話し始めた。
真からきいていた通りの内容に、凜太朗は怒りを抑えられなかった。あと少し遅ければどうなっていたかわからない。
「送って行くよ。どこのホテル?」
静かに告げた男に、繭はホテルの名前を告げた。
ホテルに着くと、繭は丁重にお礼を言って車を降りた。
「彼女もここに泊まってるなら俺も行く。一言文句を言わなきゃ気が済まない」
凛太朗も外に出ると繭は目を見開いた。
「やめて!」
彼女のこんなに大きな声を聞いたのは初めてだ。繭は自分でも驚いた様子で、慌てて笑顔を取り繕った。
「えっと、美玲は悪気はないんです。少し子供っぽいところがあって、拗ねて意地悪をしただけなんですよ」
「余計にたちが悪い。自分がしたことがどういうことなのか、しっかり教えてやる」
「ほんとに、ほんとに大丈夫ですから、やめて下さい。彼女は私の大事な友達なんです」
「友達? 下らない理由で危険な目にあわせるような奴が友達なわけないだろ!」
「それでも! 美玲は私のたった一人の友達なんです!」
運転席の男が窓ガラスを下げて顔を覗かせた。
「どうせならラウンジでお茶でもしない? ここのケーキは絶品だよ」
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