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美しい思い出
#05
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しばらくの間、車中は沈黙に支配されていた。腹に響くようなエンジン音や車外の喧騒の中で、真の吸う煙草がじわじわと燃える音がやたらとはっきり聞こえるような気がした。
沈黙を破ったのは凛太朗でも真でもなく、スマートフォンの電子音だった。
それまで無表情に車を運転していた真は嫌そうな顔をしてスマートフォンを取り出した。
車を路肩に寄せる様子がないことから、この辺りはそういう規制の緩い地域なのかもしれない。
景色はすっかり荒廃した街並みに変わっていた。人通りのほとんどない閑散とした街は、内戦の被害を直接受けた地域に比べればだいぶ原型をとどめているが、次々と郊外へ移り住む人々によってゴーストタウンと化したようだった。都市部に近いにも関わらず、再開発が遅れ、放置されている区画の一つだろう。
「はぁ⁉︎ 居なくなった?」
電話に出た真はいきなり大声を出してブレーキを踏んだ。がくん、と上半身が前に出る。非難するように真を睨むと、彼は苛立った様子で煙草を消し、電話の相手を怒鳴りつけていた。
「俺が知るわけねーだろ! 同じ手に何度も引っかかりやがって! 学習しろよいい加減!」
電話の向こうからは焦ったような相手の声が漏れ聞こえていたが、内容まではなからなかった。真は額を押さえてため息をついた。
「わかった……俺も合流する。お前らはすぐに……」
そこまで言うと、また新たな情報が真の耳に飛び込んできたのか、彼は目を見開いた。
「は? 柳田の姪の友達もいなくなった?」
凛太朗は自分の耳を疑い、依然として険しい表情の真と顔を見合わせた。
「リン、お前ここでおりろ」
電話を切った兄から放たれた言葉に凛太朗はすぐに反応できなかった。
呆然とする凛太朗に真はかいつまんで事情を説明した。
先ほど、道端でばったり会った柳田はあの後、仕事のため一人で帰ったらしい。かわりに繭が合流し、二人で食事や買い物をしていたが、帰りの車中でなぜか美玲の機嫌が悪くなり、彼女は繭を道端でおろして一人で帰ってしまった。美玲の命令に逆らえず、かといって繭を置き去りにしたまま無視もできない運転手が焦って柳田に連絡したが、繭は常に美玲と行動をともにしていたため、誰も彼女の連絡先を知らなかった。身内が招いた事態を穏便に片付けたい一心で、柳田が助けを求めてきたのはフィオーレだった。その連絡がたった今、真のもとに届いたようだ。
「という訳で、お前は彼女を探せ」
「どういう訳だよ! どこに居るのかもわかんないのに、無理に決まってんだろ!」
「車を降ろされたのはここからそう遠くない場所らしい。俺は別件を片付けなきゃならないから頼んだぞ」
「勝手なこと言ってんなよ!」
「お前の携帯に彼女が最後に居た場所の位置情報を送った。俺の部下にも手を回させてるから、何かわかったらすぐに連絡する」
「おい!」
「早くしないと日が暮れる。手遅れになるぞ」
凜太朗は舌打ちをしてシートベルトを外した。車を降りる前に真のネクタイを掴んで顔を寄せる。
「帰ったら全部話してもらぞ」
「ああ、気をつけてな」
微笑んだ真を突き放すようにして車を降り、スマートフォンに送られてきた位置情報の場所に走る。確かに距離は近いが既に周囲は薄闇に包まれつつある。舗装されていない道路と落書きの目立つ劣化した建物に囲まれたこんな場所で、一人置き去りにされた少女がどうなるか想像するのは容易い。こみ上げてくる怒りをぶつけるように、凜太朗はアスファルトを蹴った。
沈黙を破ったのは凛太朗でも真でもなく、スマートフォンの電子音だった。
それまで無表情に車を運転していた真は嫌そうな顔をしてスマートフォンを取り出した。
車を路肩に寄せる様子がないことから、この辺りはそういう規制の緩い地域なのかもしれない。
景色はすっかり荒廃した街並みに変わっていた。人通りのほとんどない閑散とした街は、内戦の被害を直接受けた地域に比べればだいぶ原型をとどめているが、次々と郊外へ移り住む人々によってゴーストタウンと化したようだった。都市部に近いにも関わらず、再開発が遅れ、放置されている区画の一つだろう。
「はぁ⁉︎ 居なくなった?」
電話に出た真はいきなり大声を出してブレーキを踏んだ。がくん、と上半身が前に出る。非難するように真を睨むと、彼は苛立った様子で煙草を消し、電話の相手を怒鳴りつけていた。
「俺が知るわけねーだろ! 同じ手に何度も引っかかりやがって! 学習しろよいい加減!」
電話の向こうからは焦ったような相手の声が漏れ聞こえていたが、内容まではなからなかった。真は額を押さえてため息をついた。
「わかった……俺も合流する。お前らはすぐに……」
そこまで言うと、また新たな情報が真の耳に飛び込んできたのか、彼は目を見開いた。
「は? 柳田の姪の友達もいなくなった?」
凛太朗は自分の耳を疑い、依然として険しい表情の真と顔を見合わせた。
「リン、お前ここでおりろ」
電話を切った兄から放たれた言葉に凛太朗はすぐに反応できなかった。
呆然とする凛太朗に真はかいつまんで事情を説明した。
先ほど、道端でばったり会った柳田はあの後、仕事のため一人で帰ったらしい。かわりに繭が合流し、二人で食事や買い物をしていたが、帰りの車中でなぜか美玲の機嫌が悪くなり、彼女は繭を道端でおろして一人で帰ってしまった。美玲の命令に逆らえず、かといって繭を置き去りにしたまま無視もできない運転手が焦って柳田に連絡したが、繭は常に美玲と行動をともにしていたため、誰も彼女の連絡先を知らなかった。身内が招いた事態を穏便に片付けたい一心で、柳田が助けを求めてきたのはフィオーレだった。その連絡がたった今、真のもとに届いたようだ。
「という訳で、お前は彼女を探せ」
「どういう訳だよ! どこに居るのかもわかんないのに、無理に決まってんだろ!」
「車を降ろされたのはここからそう遠くない場所らしい。俺は別件を片付けなきゃならないから頼んだぞ」
「勝手なこと言ってんなよ!」
「お前の携帯に彼女が最後に居た場所の位置情報を送った。俺の部下にも手を回させてるから、何かわかったらすぐに連絡する」
「おい!」
「早くしないと日が暮れる。手遅れになるぞ」
凜太朗は舌打ちをしてシートベルトを外した。車を降りる前に真のネクタイを掴んで顔を寄せる。
「帰ったら全部話してもらぞ」
「ああ、気をつけてな」
微笑んだ真を突き放すようにして車を降り、スマートフォンに送られてきた位置情報の場所に走る。確かに距離は近いが既に周囲は薄闇に包まれつつある。舗装されていない道路と落書きの目立つ劣化した建物に囲まれたこんな場所で、一人置き去りにされた少女がどうなるか想像するのは容易い。こみ上げてくる怒りをぶつけるように、凜太朗はアスファルトを蹴った。
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