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アストリア
#16
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その後、ユーリの所に寄って報告と今後の方向性を話し合い、カンドレーヴァの屋敷に帰ったのは深夜に近い時間だった。一日動き回ってほとんど何の収穫も得られなかった。疲れていたし何より機嫌が悪いことを自覚していたので自宅に帰ろうかとも思ったが、凛太朗のことが心配なのと、できれば一人の家に帰りたくなかった。
とはいえ誰かに会ったら八つ当たりしそうだなと思って早々に部屋にこもるつもりだったのに気づけばジーノの部屋に向かっていた。
既にシャワーを浴びたらしいジーノはダイニングのソファで本を読んでいた。
「おかえり」
ジーノは真に気づくと本を閉じて微笑んだ。普段はしていない黒縁の眼鏡がいつもより柔らかい雰囲気に見せていた。
真は黙って隣に座った。煙草を吸う気にもなれず、しばらくじっとしていた。
「シャワー浴びてきな。少し血のにおいがする」
そんな訳あるか。素人でもあるまいし、返り血を浴びるようなミスは犯していないと思いつつも言い返さなかった。かわりに隣のジーノに向かって体を傾けた。寝巻きの滑らかな布地に顔を押し付けると優しい体温が伝わってきて少し気持ちが落ち着いた。
「しょうがないお兄ちゃんだな」
気づけばジーノとキスをしていた。仕掛けたのは真のほうだったと思う。いつもの挨拶みたいなものではなく、明確な意思と欲をもって真は彼の唇を貪った。
邪魔な上着を脱ぎ捨ててネクタイを緩めながら熱をもった体をジーノに押し付ける。ソファを狭く感じたのは彼も同じだったらしい。
「ベッドに行かなくていいのか?」
耳元で囁かれると脳が痺れるような気がした。誘惑に負けじと真は緩く首を振った。
「したくてたまらないくせに?」
真の熱を煽るような手つきでジーノが体をなでてくる。
「だめだ……」
「今さらだろ?」
耳に触れるジーノの唇にぞわぞわする。そっと息を吹きかけられると声が出そうになって歯を食いしばった。
「シン」
優しい声で名前を呼ばれる。このまま流されてしまいたくてたまらなくなる。
「だめだ……こんな八つ当たりに、お前を巻き込めない」
そうだ。これは八つ当たりだ。仕事の後の高揚と、思うような成果が得られなかったことへのいらだちを、ジーノにぶつけているに過ぎない。ジーノは軽薄で不遜で気まぐれに優しい嫌な奴だが、仕事面では尊敬できるところがなくもない。自分の身勝手な行為に突付き合わせていい相手でないことくらい、真にもわかっていた。
「強がり言っちゃって。ここにぶち込まれたいんだろ?」
必死に保たせている真の理性を、ジーノは尚も失わせようとしてくる。スラックスの上からなでられた穴が疼く。きれいな顔で下品な言葉を口にするジーノに負けそうになる。
「お前とはしない」
自分に言い聞かせるように伝えると、ジーノは呆れたように笑って、ようやく真の体に回していた手を離した。
「ほんとしょうがないなお前。人をその気にさせといて」
「悪い」
さすがに反省したので素直に謝り、ソファに座り直すと頭を乱暴になでられた。
「お前らやっぱり似てるな」
「なんだよ」
誰かに頭をなでられるなんて久しぶりすぎて恥ずかしい。
「放っておけないところがそっくりだって言ってんだよ」
「お前まさかリンに!」
「してねえよ。またお前に頭突きかまされたらたまらないからな」
「当たり前だ。次に手出したらマジで殺すからな」
「弟の前でお前のこと犯したら絶対興奮すると思うんだけどなー」
「それ以上言ったら今ここで殺すぞ」
ようやくジーノが黙ったので、真は煙草に火をつけた。
「仕方ないから仕事の話でもするか?」
なめたことを言っているジーノに真は今日仕入れた情報を共有した。
「なるほどね。実行犯と首謀者は始末したけど、まだ連中に入れ知恵した奴が残ってるってことか」
「ああ。そいつが居る限り、また同じようなことを仕掛けてくる可能性は高い。ただ手がかりは何もなかった」
「ユーリも探ってるようだがそれでも何も出てこないとなれば、かなり厳しいかもしれないな」
唯一、相手に接触した可能性のあるルカも既に死んでしまった。
「まだ誰にも話してないんだけど」
そう前置きして、真は続けた。
「もしかしたら、俺たちに近い場所にいる奴が関わってるんじゃないか?」
ジーノの顔が曇る。ファミリーのことを何より大事に思っている男だ。当然の反応だろう。
「身内を疑うのか?」
「この国でうちやカンドレーヴァほどの力をもつ組織は限られる。ルカはこの国の人間だから、それを重々承知してたはずだ。そんな奴が勘違いを起こすほどの影響力のある人間はそう多くない」
「だからファミリーの誰かがあいつらを焚きつけたって? なんのために?」
「それはまだわからない」
「憶測で言っていいことと悪いことの区別もつかないのか?」
「手がかりが少ないこの状況では、憶測でも方向性を決めて動くしかないだろ」
「それで真っ先にすることが、身内を疑うことなのか?」
「可能性が高いところから潰していくのが合理的だって言ってんだよ」
「話にならないな」
ジーノは苛立ちを隠そうともせず舌を打って、煙草に火をつけた。自分を落ち着かせるように深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。
「俺を納得させられるだけの証拠を持って来い。お前の勝手な想像で仲間を疑われるのは不愉快だ」
「は、なんでいちいちお前の顔色を窺って仕事しなきゃなんねえんだよ」
「おい、口のききかたに気をつけろよ」
暗く陰った瞳で睨みつけられる。
「俺はお前の部下じゃない。お前の命令をきく必要はない」
これ以上話しても無駄なことを悟り、真は立ち上がった。
「シン!」
呼び止められたが無視して部屋を出た。
ジーノは身内に甘すぎる。それだけ自分のファミリーを信頼し、愛しているがゆえだとは思うが、冷静さを欠けば隙になる。足元を掬われてからでは遅いのだ。ジーノが自分のファミリーを愛しているのと同じくらい、真も凛太朗を愛している。彼を守るためなら真はなんでもする。それが彼から全てを奪ってしまった自分にできる、唯一の償いなのだ。
とはいえ誰かに会ったら八つ当たりしそうだなと思って早々に部屋にこもるつもりだったのに気づけばジーノの部屋に向かっていた。
既にシャワーを浴びたらしいジーノはダイニングのソファで本を読んでいた。
「おかえり」
ジーノは真に気づくと本を閉じて微笑んだ。普段はしていない黒縁の眼鏡がいつもより柔らかい雰囲気に見せていた。
真は黙って隣に座った。煙草を吸う気にもなれず、しばらくじっとしていた。
「シャワー浴びてきな。少し血のにおいがする」
そんな訳あるか。素人でもあるまいし、返り血を浴びるようなミスは犯していないと思いつつも言い返さなかった。かわりに隣のジーノに向かって体を傾けた。寝巻きの滑らかな布地に顔を押し付けると優しい体温が伝わってきて少し気持ちが落ち着いた。
「しょうがないお兄ちゃんだな」
気づけばジーノとキスをしていた。仕掛けたのは真のほうだったと思う。いつもの挨拶みたいなものではなく、明確な意思と欲をもって真は彼の唇を貪った。
邪魔な上着を脱ぎ捨ててネクタイを緩めながら熱をもった体をジーノに押し付ける。ソファを狭く感じたのは彼も同じだったらしい。
「ベッドに行かなくていいのか?」
耳元で囁かれると脳が痺れるような気がした。誘惑に負けじと真は緩く首を振った。
「したくてたまらないくせに?」
真の熱を煽るような手つきでジーノが体をなでてくる。
「だめだ……」
「今さらだろ?」
耳に触れるジーノの唇にぞわぞわする。そっと息を吹きかけられると声が出そうになって歯を食いしばった。
「シン」
優しい声で名前を呼ばれる。このまま流されてしまいたくてたまらなくなる。
「だめだ……こんな八つ当たりに、お前を巻き込めない」
そうだ。これは八つ当たりだ。仕事の後の高揚と、思うような成果が得られなかったことへのいらだちを、ジーノにぶつけているに過ぎない。ジーノは軽薄で不遜で気まぐれに優しい嫌な奴だが、仕事面では尊敬できるところがなくもない。自分の身勝手な行為に突付き合わせていい相手でないことくらい、真にもわかっていた。
「強がり言っちゃって。ここにぶち込まれたいんだろ?」
必死に保たせている真の理性を、ジーノは尚も失わせようとしてくる。スラックスの上からなでられた穴が疼く。きれいな顔で下品な言葉を口にするジーノに負けそうになる。
「お前とはしない」
自分に言い聞かせるように伝えると、ジーノは呆れたように笑って、ようやく真の体に回していた手を離した。
「ほんとしょうがないなお前。人をその気にさせといて」
「悪い」
さすがに反省したので素直に謝り、ソファに座り直すと頭を乱暴になでられた。
「お前らやっぱり似てるな」
「なんだよ」
誰かに頭をなでられるなんて久しぶりすぎて恥ずかしい。
「放っておけないところがそっくりだって言ってんだよ」
「お前まさかリンに!」
「してねえよ。またお前に頭突きかまされたらたまらないからな」
「当たり前だ。次に手出したらマジで殺すからな」
「弟の前でお前のこと犯したら絶対興奮すると思うんだけどなー」
「それ以上言ったら今ここで殺すぞ」
ようやくジーノが黙ったので、真は煙草に火をつけた。
「仕方ないから仕事の話でもするか?」
なめたことを言っているジーノに真は今日仕入れた情報を共有した。
「なるほどね。実行犯と首謀者は始末したけど、まだ連中に入れ知恵した奴が残ってるってことか」
「ああ。そいつが居る限り、また同じようなことを仕掛けてくる可能性は高い。ただ手がかりは何もなかった」
「ユーリも探ってるようだがそれでも何も出てこないとなれば、かなり厳しいかもしれないな」
唯一、相手に接触した可能性のあるルカも既に死んでしまった。
「まだ誰にも話してないんだけど」
そう前置きして、真は続けた。
「もしかしたら、俺たちに近い場所にいる奴が関わってるんじゃないか?」
ジーノの顔が曇る。ファミリーのことを何より大事に思っている男だ。当然の反応だろう。
「身内を疑うのか?」
「この国でうちやカンドレーヴァほどの力をもつ組織は限られる。ルカはこの国の人間だから、それを重々承知してたはずだ。そんな奴が勘違いを起こすほどの影響力のある人間はそう多くない」
「だからファミリーの誰かがあいつらを焚きつけたって? なんのために?」
「それはまだわからない」
「憶測で言っていいことと悪いことの区別もつかないのか?」
「手がかりが少ないこの状況では、憶測でも方向性を決めて動くしかないだろ」
「それで真っ先にすることが、身内を疑うことなのか?」
「可能性が高いところから潰していくのが合理的だって言ってんだよ」
「話にならないな」
ジーノは苛立ちを隠そうともせず舌を打って、煙草に火をつけた。自分を落ち着かせるように深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。
「俺を納得させられるだけの証拠を持って来い。お前の勝手な想像で仲間を疑われるのは不愉快だ」
「は、なんでいちいちお前の顔色を窺って仕事しなきゃなんねえんだよ」
「おい、口のききかたに気をつけろよ」
暗く陰った瞳で睨みつけられる。
「俺はお前の部下じゃない。お前の命令をきく必要はない」
これ以上話しても無駄なことを悟り、真は立ち上がった。
「シン!」
呼び止められたが無視して部屋を出た。
ジーノは身内に甘すぎる。それだけ自分のファミリーを信頼し、愛しているがゆえだとは思うが、冷静さを欠けば隙になる。足元を掬われてからでは遅いのだ。ジーノが自分のファミリーを愛しているのと同じくらい、真も凛太朗を愛している。彼を守るためなら真はなんでもする。それが彼から全てを奪ってしまった自分にできる、唯一の償いなのだ。
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