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アストリア
#13
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翌朝、目がさめるとベッドに兄の姿はなかった。自分の部屋に戻ったのか、それとも既に出かけたのか。まだわりと早い時間だというのにどこに行ったのだろう。そもそも兄はここに住んでいるのだろうか。相変わらず自分は彼について知らないことが多すぎる。
ベッドを下りると脚の付け根が鈍く痛んだ。洗面所の鏡には変色した首筋が映り込んだ。試しにさすってみても色は元に戻らない。諦めて顔を洗い、歯を磨いた。
昨日なくしたはずのトランクは昨日の内に凛太朗の部屋に戻ってきた。その中から適当に選んだ服を着て、凛太朗は部屋を出た。
大きさのわりに人気のない屋敷だった。二階の凛太朗の部屋から一階のラウンジに降りるまでの間、誰ともすれ違わなかった。通り過ぎた扉の向こうはどれもしんとして、人のいる気配がない。このラウンジのテーブル一つとっても、読みかけの新聞や煙草の吸いさし、コーヒーカップの一つも見当たらない。ここはジーノという男の住まいのようだから、彼の家族しか住んでいないのだろうか。昨日は彼の部下と思われる人間や使用人など、もう少し賑やかだった気がするのに、腕の傷を処置してくれた医者を含め、みんな外から通っているだけなのかもしれない。
「お早いお目覚めですね」
ラウンジのベンチに腰掛けて煙草をくわえるといきなり声をかけられて驚いた。今まで人が居ないと思っていただけに余計びくついてしまい恥ずかしい。
「お、おはようございます……」
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「お陰様で……」
上品な佇まいで笑うのはいかにも昔ながらの執事といった感じの初老の男だった。
「コーヒーをお持ちしても?」
「お、お願いします」
「かしこまりました。そろそろジーノ様も起きて来られる頃ですので、朝食をご一緒に」
「ありがとうございます……」
男と入れ違いに本当にジーノがラウンジに降りてきた。まだ目覚めて間もないのか、髪は乱れ、格好もパジャマのままだ。
「あれ、早いなリン」
「おはよう」
「おはよ。あんまり眠れなかったか?」
「いや、早く目が覚めただけ」
あくびを漏らしながらジーノは凛太朗の隣に腰を下ろした。長い睫毛や金髪が朝日に照らされて眩しい。
程なくして運ばれてきたコーヒーはちゃんと二人分だった。ジーノに紹介してもらい、凛太朗は改めて先ほどの男に挨拶をした。ジュリオと呼ばれた男は代々この家に仕えている家系で、ジーノの先代が子供の頃からずっとここにいるらしい。
「腕は平気か?」
長い脚を組んでカップをソーサーに戻しながらジーノがきいた。
「利き腕じゃないからなんとか。でも痛い」
「だろうなぁ。昨日平気そうな顔してたのが不思議だよ」
「昨日は色々あってそれどころじゃなかったから」
「そういうとこ、シンに似てるな」
一体どういうところだ。凛太朗が不思議に思っているとジーノは曖昧に笑ってごまかした。
「兄貴はもう出かけたのかな」
「ああ、今朝早く出て行ったらしいな」
「どこに行ったのか知ってる?」
「どこに行ったのかは知らない。何をしに行ったのかは知ってる」
無言で先を促してみてもジーノは何も喋らない。
「知りたい?」
にやついたジーノに顔を覗き込まれて凛太朗はさすがに苛ついた。
「言いたくないならきかねーよ」
「なんだよ拗ねんなって。ほんと可愛いなお前」
頭をがしがし撫でられてますます腹が立つ。
「仕事だよ。昨日お前を拉致った奴らの残党を消しに行った」
「残党……」
「昨日の内に俺の部下にやらせてもよかったんだが、あいつはそれじゃ気が済まないだろうからな。情報だけ提供して好きにやらせることにしたんだ」
「朝までに逃げてるんじゃ?」
計画が失敗に終わった今、首謀者がいつまでも同じ場所に留まっているとは思えない。相手はそんなに頭の回らない連中なのだろうか。
「もちろん、場所は移してるだろう。だがそれを先回りできるくらいにはうちの部下は優秀でね。仮に国外へ逃亡しようとしても空の出口は塞いであるし、警察の張った検問のせいで遠くへ逃げることもできない」
P9の外で発生した事件ならここまで大事にもならなかっただろうが、すぐに規制が敷かれたとはいえマスコミにも情報が流れてしまったとあっては警察も無視できないのだろう。体裁を保つためにも厳戒態勢をとらなければならない。ジーノならば仮に警察の力がなくても決して犯人を逃したりはしなさそうだが。
「なんであんたみたいなのを敵に回したんだろう……」
本当に不思議に思ったので呟くと、ジーノも頷いた。
「俺もそう思う。まあ恐らく誰か……」
ジーノは意図的に口を噤んだ様子だったが、凛太朗は今度は何もきかなかった。隠し事をされることに慣れ過ぎてしまった。
食事の支度が整ったことをジュリオが知らせにきた。食堂に移動しようと席を立った瞬間、また足の付根が痛んだ。思わず声を上げるとジーノに見つかった。
「筋肉痛か?」
「いや、セックスのしすぎ」
「はあ⁉︎ 首のそれキスマークかよ!」
呆れ顔のジーノが色々言ってくるのを無視して凛太朗は勝手に食堂に向かった。
ベッドを下りると脚の付け根が鈍く痛んだ。洗面所の鏡には変色した首筋が映り込んだ。試しにさすってみても色は元に戻らない。諦めて顔を洗い、歯を磨いた。
昨日なくしたはずのトランクは昨日の内に凛太朗の部屋に戻ってきた。その中から適当に選んだ服を着て、凛太朗は部屋を出た。
大きさのわりに人気のない屋敷だった。二階の凛太朗の部屋から一階のラウンジに降りるまでの間、誰ともすれ違わなかった。通り過ぎた扉の向こうはどれもしんとして、人のいる気配がない。このラウンジのテーブル一つとっても、読みかけの新聞や煙草の吸いさし、コーヒーカップの一つも見当たらない。ここはジーノという男の住まいのようだから、彼の家族しか住んでいないのだろうか。昨日は彼の部下と思われる人間や使用人など、もう少し賑やかだった気がするのに、腕の傷を処置してくれた医者を含め、みんな外から通っているだけなのかもしれない。
「お早いお目覚めですね」
ラウンジのベンチに腰掛けて煙草をくわえるといきなり声をかけられて驚いた。今まで人が居ないと思っていただけに余計びくついてしまい恥ずかしい。
「お、おはようございます……」
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「お陰様で……」
上品な佇まいで笑うのはいかにも昔ながらの執事といった感じの初老の男だった。
「コーヒーをお持ちしても?」
「お、お願いします」
「かしこまりました。そろそろジーノ様も起きて来られる頃ですので、朝食をご一緒に」
「ありがとうございます……」
男と入れ違いに本当にジーノがラウンジに降りてきた。まだ目覚めて間もないのか、髪は乱れ、格好もパジャマのままだ。
「あれ、早いなリン」
「おはよう」
「おはよ。あんまり眠れなかったか?」
「いや、早く目が覚めただけ」
あくびを漏らしながらジーノは凛太朗の隣に腰を下ろした。長い睫毛や金髪が朝日に照らされて眩しい。
程なくして運ばれてきたコーヒーはちゃんと二人分だった。ジーノに紹介してもらい、凛太朗は改めて先ほどの男に挨拶をした。ジュリオと呼ばれた男は代々この家に仕えている家系で、ジーノの先代が子供の頃からずっとここにいるらしい。
「腕は平気か?」
長い脚を組んでカップをソーサーに戻しながらジーノがきいた。
「利き腕じゃないからなんとか。でも痛い」
「だろうなぁ。昨日平気そうな顔してたのが不思議だよ」
「昨日は色々あってそれどころじゃなかったから」
「そういうとこ、シンに似てるな」
一体どういうところだ。凛太朗が不思議に思っているとジーノは曖昧に笑ってごまかした。
「兄貴はもう出かけたのかな」
「ああ、今朝早く出て行ったらしいな」
「どこに行ったのか知ってる?」
「どこに行ったのかは知らない。何をしに行ったのかは知ってる」
無言で先を促してみてもジーノは何も喋らない。
「知りたい?」
にやついたジーノに顔を覗き込まれて凛太朗はさすがに苛ついた。
「言いたくないならきかねーよ」
「なんだよ拗ねんなって。ほんと可愛いなお前」
頭をがしがし撫でられてますます腹が立つ。
「仕事だよ。昨日お前を拉致った奴らの残党を消しに行った」
「残党……」
「昨日の内に俺の部下にやらせてもよかったんだが、あいつはそれじゃ気が済まないだろうからな。情報だけ提供して好きにやらせることにしたんだ」
「朝までに逃げてるんじゃ?」
計画が失敗に終わった今、首謀者がいつまでも同じ場所に留まっているとは思えない。相手はそんなに頭の回らない連中なのだろうか。
「もちろん、場所は移してるだろう。だがそれを先回りできるくらいにはうちの部下は優秀でね。仮に国外へ逃亡しようとしても空の出口は塞いであるし、警察の張った検問のせいで遠くへ逃げることもできない」
P9の外で発生した事件ならここまで大事にもならなかっただろうが、すぐに規制が敷かれたとはいえマスコミにも情報が流れてしまったとあっては警察も無視できないのだろう。体裁を保つためにも厳戒態勢をとらなければならない。ジーノならば仮に警察の力がなくても決して犯人を逃したりはしなさそうだが。
「なんであんたみたいなのを敵に回したんだろう……」
本当に不思議に思ったので呟くと、ジーノも頷いた。
「俺もそう思う。まあ恐らく誰か……」
ジーノは意図的に口を噤んだ様子だったが、凛太朗は今度は何もきかなかった。隠し事をされることに慣れ過ぎてしまった。
食事の支度が整ったことをジュリオが知らせにきた。食堂に移動しようと席を立った瞬間、また足の付根が痛んだ。思わず声を上げるとジーノに見つかった。
「筋肉痛か?」
「いや、セックスのしすぎ」
「はあ⁉︎ 首のそれキスマークかよ!」
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