ねむれない蛇

佐々

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アストリア

#11

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 ジーノがシャワーを浴びて部屋に戻るとダイニングのソファに真の姿があった。上着を脱ぎ、ネクタイも緩めた彼はソファの背もたれに身を預けて目を閉じていた。一件眠っているように見えたがジーノが近づくと真は目を開けた。
「ただいま」
「おかえり。遅かったな。どこでそんなに時間食ったんだ?」
 時刻は既に深夜に近い。わかりきった質問をするなと言うように真が睨んできたので、ジーノは黙って真の隣に座った。
「リンは?」
「さあ、もう寝たんじゃないか? 怪我のこともあるし、さすがに疲れてるだろ」
「お前、手出してないだろうな」
 返答に迷って黙ると立ち上がった真に胸倉を掴まれた。
「てめえ!」
「待て待て手は出してない!」
「手は⁉︎」
「悪い、ちょっとキスした」
「はあああ!?」
 正直に言ったら頭突きを食らわされた。
「いてえ! マジで痛い!」
「殴られたいのかお前は!」
「もう頭突きしただろ!」
「殺す」
 真の目は本気だった。握り締められた彼の拳をぶつかる寸前で受け止めると、舌を打った真に腹部に蹴りを入れられた。
「ちょっとブラコンが過ぎるだろ……どうかしてるぞ……」
 ジーノは腹を押さえて吐き気をこらえた。
「うるせえ。弟を大切に思って何が悪い。リンに手を出す奴は俺が殺す」
「似てないとは思ってたが、もしかして血の繋がりがないのか?」
 真は煙草に火をつけ、思い切り煙を吐き出した。人の部屋だというのに態度の大きい男だ。
「だからどうした。凛太朗は俺の弟だ」
 通りで。彼らの恋人のような関係も頷ける。いや、恋人よりももっと深く強い執着を感じるのはやはり家族だからだろうか。
「あんまり健全ではないな」
 漏らした本音は無視された。きっとそんなことは真が一番よくわかっているのだろう。彼らは互いに依存し、傷を舐めあっているに過ぎない。そうしなければ乗り越えられないほどの経験をしてきたのだろう。
「で、奴らの目星はついたのか?」
 ジーノは話題を変えた。仕事の話をしていればこれ以上真に殴られることもないだろう。
「ああ、大方俺たちの縄張りでけちな商売をしてた外国人マフィアやチンピラ共だ。ただ理由がわからない。リンの話を聞く限り、連中を仕切ってたのはアストリア人の男だ。俺やジーノ、ボスのこともよく知っているようだった。そんな連中がリンや、お前の妹にまで手を出すとは考えにくい」
「でも実際、リンは拉致された。今まで踏みとどまってた連中が大胆な行動に出たのはなぜだ?」
「さあな。お前の妹が全員殺しちまって今やそれも分からず終いだよ」
「嫌味な言い方だな。組織で動いてた連中なら残党が居るだろ?」
「組織と言えるほど大層な集まりには思えないが、明日全員探し出して殺すよ」
「おいおい、殺したら情報を引き出せないぞ」
 真は退屈そうにあくびを漏らした。
「ちゃんと吐かせるよ。でもどうせ、大したことは知らないはずだ。こんな計画が成功すると思える程の強力な後ろ盾があるのだとしたら、実行犯に入ってない下っ端は何も知らされていない可能性が高い」
「手を貸すか?」
「いらない。一円の特にもならない殺しをお前がする必要はない」
 真の冷たい表情にジーノは少し見惚れた。
「ユーリはなんて?」
「協力してくれてる。全ての出口に包囲網を敷き、奴らの情報は全て俺に集まるように手配してくれた」
「あいつはお前に甘いからな。きっとリンのことも可愛がってくれるだろう」
「ああ……」
 真の瞳が少し揺らいだ気がした。
「何もこちら側に引き込む必要はなかったんじゃないか? まだ学生だろ? 今まで通り、援助だけして日本で平和に暮らさせてやれば……」
 ジーノの言葉は鋭い瞳の真に遮られた。
「お前、本当にあいつがこれからも平和に暮らしていけると思ってるのか?」
「さあな。それは俺の知ることじゃない」
「だったら軽々しくあいつの未来を語るな!」
 どうやら地雷を踏んだらしい。胸倉を掴まれながら本当にこいつは弟のこととなると冷静さを失うなと思った。
「あいつがどんな地獄を見たかも知らないくせに、今日だって、下手したら死ぬより酷い目にあわされるとこだったのに、これから先、誰があいつの安全を保証できる? また危険に晒されたり、俺の妹のように犯されて、生きながら体を切り刻まれないなんて保証はどこにもないんだよ!」
 真の妹の話を、本人の口から聞いたのは初めてだった。その現場に凛太朗が居合わせていたというのも本当らしい。確かに凛太朗は地獄を見たのだろう。しかし、ならば尚更、真は弟に執着すべきではない気がした。
「そうやってお前が弟を思えば思うほど、あいつは危険に晒されるぞ。今日だってあいつはお前の弟だから拉致されたんだ」
「わかってんだよそんな事は!」
「だったらなぜ呼んだ! この国に来なければ、いや、お前の弟だと分からないように一切の繋がりを絶っていれば、もしかしたらリンは平和に暮らしていけたかもしれない」
 真の顔が歪む。ジーノのシャツを掴む手から力が抜けていく。
「俺が……」
 泣いているのかと思うほどその声は震えていた。
「俺が耐えられないんだ……リンを失うなんて、二度とあいつに会えないなんて、俺には無理だ……」
 傷を負ったのは凛太朗だけではないのだろう。真もどれだけ月日が流れても忘れることのできない痛みを、弟と共有することで誤魔化して生きてきたのだろう。
「だったら、お前が弟を守れ。リンが自分で自分の身を守れるほど強くなるまで、お前は何があってもあいつを傷つけさせるな」
 きっとそれがこの兄弟に残された唯一の道だ。
「言われなくたってそうする」
「俺も手を貸してやってもいいぞ。なんせお前の弟は可愛いからな」
  そしていつか、凛太朗が真よりも強くなることが出来たなら。それが彼らにとっての僅かな希望になることを、ジーノは願った。
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