ねむれない蛇

佐々

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アストリア

#10

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 ダル・カントへの謝罪という気の重いイベントを済ませた真はそれに臨む前に期待していたような晴れやかな気持ちとはかけ離れた気分の中にあった。
「お帰りですか?」
 部屋を出て階段を降りるとどこから嗅ぎつけたのかリコが見送りに出てきた。この男の慇懃無礼な態度が真は好きじゃない。真に対する丁寧な口調や低い物腰も主の手前そうしているだけで、真への尊敬や忠誠心など微塵も含まれていないことを知っているからだ。それでも表立っては真に逆らえないのをいいことに、真はあからさまに嫌な顔をし、リコを無視して外にでた。
「よかったですね。意外に早く解放されて」
 嫌味を言うためか、リコがついてきた。
「何が言いたい?」
「言葉通りですよ。前みたいに付き合わされなくて安心してるんです」
「それ以上言うと殴るぞ。俺は今機嫌が悪い」
「彼の興味が大事な弟に向いてしまったからですか?」
 真はリコの胸倉を掴んだ。しかし力を込めた拳は彼の顔にぶつかる前に手のひらで受け止められた。
「殴られるとわかっていて大人しく食らうと思いますか?」
「ああそうかよ!」
 止められた拳のかわりに真は頭突きをしてやった。リコは顔面を押さえてしゃがみこむ。
「はは、ざまあみろ! バーカ!」
「あなたね、本当に子供ですか……」
「腕っぷしで俺に勝とうなんて百年早いんだよ」
「すごい石頭だ。鼻血出てませんか?」
 リコがふらふらと立ち上がる。
「出てねーよ。あんまり派手に怪我させると爺さんに気取られるだろ」
「そこまで考えてやってたんですか?」
「俺はいつでも色々考えてんだよ」
「ならもう気づいてるんじゃないんですか?」
「あ?」
 煙草をくわえ、車に向かう。
「フィオーレの身内と知りながら、奴らがなぜあなたの弟をあんな目にあわせたのか」
「なにが言いたい」
「唆した人間がいるんじゃないんですか? たとえ失敗したとしても後ろ盾になり得るほどの力を持った人間が」
 真は車に乗り込み、窓を開けてリコを手招きした。近づいてきたリコの品のいいネクタイを掴んで引き寄せる。
「いいか、二度と言うな。俺以外の前で、二度とその口を滑らせるなよ」
 珍しく驚いた表情のリコに少しだけ胸がすいて、真は屋敷を後にした。
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