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アストリア
#09
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「彼が嫌いかね?」
正面のソファに腰掛けたダル・カントに尋ねられ、真は出されたアイスコーヒーのグラスに口をつけずにテーブルに戻した。
「ええ、自分よりいい男は嫌いなんです」
冗談のつもりではなかったが、ダル・カントは笑った。
「確かに見た目はいい男だな。だがいかんせん愛想がない」
「そんな男をどうしてそばに置くんです?」
「君が嫌そうにするのが面白いからだと言ったら?」
「悪趣味だとしか……」
「大変だな。君の周りは敵だらけじゃないか」
「そうでもありませんよ」
腹が立つようないい男はそれ程多くないと思うのは自惚れすぎだろうか。
「ジーノやユーリはどうなんだ? 好いていない人間の下で働くのはさぞかし苦痛だろう」
「ジーノはもちろん嫌いです」
真は即答した。
「ユーリは?」
「ボスのことは尊敬しています。それにあの人はいい男というか……その、どちらかというと素敵な人間だ」
日系のユーリは決して西洋人のような華やかな容姿をしているわけではないが、端正な顔立ちには気品と愛嬌があるし、何より人間として尊敬できる。仕事ぶりに関しては誰よりも頼もしく男らしささえ感じる。それが控えめな容姿と相まってことさら真を惹きつけてやまない。彼のことを考えると気恥ずかしさすら覚えるほどで、はにかむ真の様子を見てダル・カントは呆れたような顔をした。
「君の心酔ぶりも相当だな。弟もそうなのか?」
「いえ、弟はまだ挨拶にも伺っていないので……」
「ああ、今日到着したばかりだったか。災難だったね。はるばる兄を訪ねてきてこんな目にあうとは」
「ええ、おかげであなたにも迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳ありません」
真は改めて頭を下げた。これがジーノの言う落とし前なのだとしたら自分はひたすら謝ることしかできない。
「気にするな。弟の危機を案じない兄はいない。多少負傷したときいたが、大丈夫なのか?」
「かすり傷……とは言えませんが、大事には至りません」
「それはよかった。しかし君の弟に手を出すとは、無謀な輩もいたものだな」
それは真の弟だからではなく、兄である真がフィオーレの人間だからだ。
「腑に落ちないんです」
男の言うとおり、少しでもものを考えられる人間が、フィオーレの身内に手を出すとは思えない。たとえ今回の計画が成功したとしてもその後の報復を考えれば安易に実行には移せないはずだ。
「奴らがなぜそんな危険な計画を実行してしまったのか、未だにわからないんです」
「本人たちにきいてみればよかったのに、捕虜をとらなかったのか?」
「俺が着いた時には全員死んでいました」
「ドン・カンドレーヴァの妹は勇ましいな」
「リンも、弟も人を殺しました」
ダル・カントの目が薄暗く光るのを見て真は口を滑らせたことに気づいたが、遅かった。
「それはぜひ、見てみたかった」
ダル・カントは変わらず微笑んでいる。それは自分が一番恐ろしいと思うこの男の顔だった。
「君の弟はどんな風に人を殺すのかな?」
正面のソファに腰掛けたダル・カントに尋ねられ、真は出されたアイスコーヒーのグラスに口をつけずにテーブルに戻した。
「ええ、自分よりいい男は嫌いなんです」
冗談のつもりではなかったが、ダル・カントは笑った。
「確かに見た目はいい男だな。だがいかんせん愛想がない」
「そんな男をどうしてそばに置くんです?」
「君が嫌そうにするのが面白いからだと言ったら?」
「悪趣味だとしか……」
「大変だな。君の周りは敵だらけじゃないか」
「そうでもありませんよ」
腹が立つようないい男はそれ程多くないと思うのは自惚れすぎだろうか。
「ジーノやユーリはどうなんだ? 好いていない人間の下で働くのはさぞかし苦痛だろう」
「ジーノはもちろん嫌いです」
真は即答した。
「ユーリは?」
「ボスのことは尊敬しています。それにあの人はいい男というか……その、どちらかというと素敵な人間だ」
日系のユーリは決して西洋人のような華やかな容姿をしているわけではないが、端正な顔立ちには気品と愛嬌があるし、何より人間として尊敬できる。仕事ぶりに関しては誰よりも頼もしく男らしささえ感じる。それが控えめな容姿と相まってことさら真を惹きつけてやまない。彼のことを考えると気恥ずかしさすら覚えるほどで、はにかむ真の様子を見てダル・カントは呆れたような顔をした。
「君の心酔ぶりも相当だな。弟もそうなのか?」
「いえ、弟はまだ挨拶にも伺っていないので……」
「ああ、今日到着したばかりだったか。災難だったね。はるばる兄を訪ねてきてこんな目にあうとは」
「ええ、おかげであなたにも迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳ありません」
真は改めて頭を下げた。これがジーノの言う落とし前なのだとしたら自分はひたすら謝ることしかできない。
「気にするな。弟の危機を案じない兄はいない。多少負傷したときいたが、大丈夫なのか?」
「かすり傷……とは言えませんが、大事には至りません」
「それはよかった。しかし君の弟に手を出すとは、無謀な輩もいたものだな」
それは真の弟だからではなく、兄である真がフィオーレの人間だからだ。
「腑に落ちないんです」
男の言うとおり、少しでもものを考えられる人間が、フィオーレの身内に手を出すとは思えない。たとえ今回の計画が成功したとしてもその後の報復を考えれば安易に実行には移せないはずだ。
「奴らがなぜそんな危険な計画を実行してしまったのか、未だにわからないんです」
「本人たちにきいてみればよかったのに、捕虜をとらなかったのか?」
「俺が着いた時には全員死んでいました」
「ドン・カンドレーヴァの妹は勇ましいな」
「リンも、弟も人を殺しました」
ダル・カントの目が薄暗く光るのを見て真は口を滑らせたことに気づいたが、遅かった。
「それはぜひ、見てみたかった」
ダル・カントは変わらず微笑んでいる。それは自分が一番恐ろしいと思うこの男の顔だった。
「君の弟はどんな風に人を殺すのかな?」
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