ねむれない蛇

佐々

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アストリア

#02

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「おはよう。気分はどうだ?」
 凛太朗が目を覚ますと正面にルカが居た。椅子に座った彼は煙草を吸いながら銃をいじっている。
 おそらく凛太朗も同じ椅子に座らされているのだろう。後ろで両手を縛られているのと、全身の痛みであまり動くことができない。
 ルカの日本語は相変わらず上手かった。きっと凛太朗が英語を話せることを知らないのだろう。
「痛い」
 凛太朗も日本語で返し、血の混じった唾を吐き捨てた。
「なんだか落ち着いてるな。怖くないのか?」
 銃を片手に立ち上がったルカが凛太朗の前に立つ。優しく頭をなでられ不快感に眉が寄る。
「触るな」
「はは、お前がもっと兄貴に似てればよかったのにな。苦痛に歪むシンの顔が見たかったよ」
 凛太朗はルカから視線を逸らして辺りを見回した。窓からは陽の光が差し込んでいるものの、どこか薄暗い室内は潰れたバーかカフェのようだった。 劣化した市松模様の床にはあちこちに木製のテーブルや椅子が転がっている。 奥にあるカウンターの周辺で数人の男たちが酒を飲んだり煙草を吸ったりしている。その中には先ほど自分を殴った男もいた。別室にまだ仲間が潜んでいる可能性もあるから正確な人数はわからない。全員が銃や武器を持っているとしたら脱出は絶望的だ。
「よそ見とは余裕だな」
 ルカの声がしたかと思うと凛太朗は腹部を思い切り蹴られた。うめきとも悲鳴ともつかない声を出して、凜太朗は椅子から落ちそうになりながら限界まで体を折り曲げ、床に嘔吐した。しかし髪を掴まれ無理矢理顔を上げさせられる。
「早くシンにも見せたいよ。愛する弟の無残な姿をな」
 凛太朗はルカの手から逃れるように頭を揺らした。
 ルカはまた元のように椅子に座ると手の中の銃を弄びだした。
「お前はどこまで知ってるんだ? 自分がこんな目にあう理由がわかるか?」
「俺が兄貴の弟だからだろ」
「その兄貴が何者なのかは?」
 凛太朗は答えられなかった。兄について知っていることなどほとんど何もなかったからだ
「ルカーまだー? 目が覚めたんならさっさと始めようぜー。暇なんだよー」
 奥の部屋でたむろしていた男たちの一人が言った。
「まあそう言うなって。こいつも自分が殺される理由も知らないまま死ぬのはかわいそうだろ? せっかくだから教えてやりたいんだよ。こいつの兄貴のことを」
 ルカのその言葉で、凛太朗の脳裏にあの夜の光景が蘇った。
 あの夜、姉を殺したのは兄だった。その答えを、この男は知っているような気がした。


「くそ! なんで出ないんだよ!」
 真は先ほどから何度も携帯電話の通話ボタンを押したり耳に当てたりを繰り返している。コール音が留守電の声に切り替わる度舌を打っては悪態をつき、終いには時代遅れの二つ折りの携帯電話を投げ捨てた。
「八つ当たりはやめろよみっともない」
 真の捨てた携帯をキャッチし、ジーノは待ち受けを見て眉を顰めた。
「これお前の弟か? ブラコンにも程があるだろ」
「どうせならもっとましな感想を言え!」
 携帯を取り上げられたジーノは手持ち無沙汰になった手で煙草に火をつけた。
「やれるかやれないかで言ったら無理だな。ガキには興奮しない」
「誰がお前にやらせるって言った? うちの弟を汚い妄想で穢さないでくれるか?」
 襟ぐりを掴まれて間近に迫った真の端整な顔は怒りをたたえていて尚ジーノを引き付けた。
「お前のほうがよっぽどエロいんだよなあ。いい加減やらせろよ」
 引き締まった腰から尻へと手を滑らせると真の口が近づいてきて、ジーノの唇に噛み付いた。
「いてっ!」
 血が流れる程に強く歯を立てられ、ジーノは持っていた煙草を取り落とした。煙草の火がカーペットを焦がす前に真はそれを拾い上げ、赤く汚れた自らの唇へ運んだ。
「思いっきり噛みやがったな。あーいって……」
「リンを探す。お前の妹も巻き込まれてる可能性が高いんだろ」
「ああ。レイの奴、何やってんだかな。素人でもあるまいに」
「相手もプロなのかもしれない」
「まさか。プロがP9なんかで仕掛けてくるかよ。あそこは人の目が多すぎる。そんなことわかりきってるはずなのに、なーんでやっちゃうんだろうね」
「お前と同じで我慢がきかないんだろ」
「誰の我慢がきかないって? あんな小さい弟にいたずらしちゃうようなお兄ちゃんが笑わせるね……隙あり!」
 再び真の携帯を奪い取り、素早く中身を盗み見る。フォルダに入っていたのはまだ少年と呼べる子どもの卑猥な写真の数々だった。
「わっ、お前マジで弟にこんなことしてんのか?」
「おい! 返せよ!」
 携帯を取り戻そうと伸ばされた真の腕を掴んで引き寄せ、唇を重ねる。逃れられないように頭の後ろを掴んで深く口づけ、一方的に舌を絡めた。最後は先ほど彼にされたのと同じように歯を立ててやる。
「はい。お返し」
 真の血の味に満足してジーノは携帯を返し、ソファから立ち上がった。
「さて、探しに行こうか。俺たちの可愛い弟妹を」
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