1 / 172
一番好きなひと*
しおりを挟む
「リンくん大丈夫? 飲み過ぎちゃった?」
カウンターに突っ伏してうとうとしていると優しく声をかけられ凛太朗は目を覚ました。顔だけ上げて声のした方を見ると隣のスツールに見覚えのある女の子が腰掛けるところだった。緩く巻いたセミロングの茶髪に小さな顔。ネイビーのタイトスカートとからし色のニットにライダースジャケットを羽織っている。足元に合わせたボルドーのパンプスといい、全体的に凛太朗の好みだった。
「かわいい」
まだぼんやりした頭のまま呟くと彼女は笑った。
「ありがと。でも酔っ払ってないときに言ってほしいな」
「酔ってるから素直に言えるんだよ」
上体を起こしてそこら辺にあるグラスに手を伸ばすと彼女が心配そうに言った。
「まだ飲んで平気? 顔あかいよ」
「俺と飲みたいんじゃないの?」
「うん、そうだけど」
「じゃあはい、かんぱい」
勝手にグラスを合わせて中身を飲み干す。なんの酒かわからない透明な液体は変な味がした。
「おかわりくださーい!」
空になったグラスを突き出して少し離れた場所でカウンターの客と談笑しているママに声をかける。おかまのママは呆れ顔でこちらにやってきた。
「あんたもうやめときなさい。飲み過ぎよ」
ママは酒のかわりに水の入ったグラスを凛太朗の前に置いた。
「いいから飲ませてよ。今日はとことん酔っ払いたい気分なの」
「もうかなり酔ってるでしょ。何あんた、またふられたの?」
煙草に火をつけながらママは容赦なく傷を抉ってくる。凛太朗は現実から目を逸らすために隣に座る彼女の肩を抱き寄せた。
「いいの。もう他に可愛い子見つけたから」
脈がなければここで逃げられるだろうが彼女はあからさまに照れた顔で凛太朗を見つめてきた。
「私もっとリンくんと仲良くなりたくて……」
「うん。仲良くしよ。君かわいいしおしゃれだよね」
「リンくんこそ、かっこいいし背も高いし、私ほんとに」
「俺のことが好き?」
「好き……」
恥ずかしげに伏せられた瞳を覗きこんで唇を重ねる。軽く触れ合わせただけで離すとすぐに彼女の腕が背中に回された。積極的に続きをせがんでくる彼女に応えながら凛太朗はママの冷ややかな視線を感じていた。
「悪いことは言わないからやめときなさい」
それは彼女へ向けられた言葉であるのに、せっかくのママ助言も最早彼女には届いていないようだった。それくらい深い口づけの途中、ポケットに入れている携帯電話が震えた。こんな時間に誰だろう。そう思ったのは一瞬で、凛太朗は弾かれたように彼女から離れて電話を取った。
「もしもし、兄貴?」
真夜中の着信は最愛の兄からだった。長らく海外に居る兄の真は時差のせいで変な時間に電話をかけてくる。
「リン、悪いなこんな時間に。起きてたか?」
「起きてたよ。兄さんこそどうしたの? 珍しいね、電話くれるなんて」
「俺は結構かけてるのに出ないのはお前だろ?」
「かけてくる時間が遅すぎるんだよ。兄さんまだ時差把握してないの?」
「ごめんな、ゆっくり話せる時間が限られてるんだよ」
「いいよ。俺も電話もらえて嬉しいし」
話に夢中になっていたせいで彼女の存在を忘れていた。あっけにとられた顔の彼女をよそに席を立つ。
「俺帰るね」
「えっ」
「これから家で兄貴とテレフォンセックスするからさ」
「え……?」
ため息をつくママに会計を頼み、せめてものお詫びとして彼女の分の飲み代ももつことにした。出口まで見送ってくれたママは最後まで微妙な顔をしていた。
「あんまりとやかく言うつもりないけど、あんたももう少し自分を大事にしなさいよ」
「ありがと。ママはいつも優しいね」
ママにおやすみを言って店を出る。終電にはぎりぎり間に合う時間だ。凛太朗は駅に向かって走りだした。
真が凛太朗に電話をかけたとき、彼は誰かと一緒にいるようだった。恐らく女だ。声を聞いたわけでもないのに、真は確信していた。昔からこういう勘は鋭いほうで、凛太朗に新しい恋人ができる度、相手の性別を言い当てては気味悪がられた。血の繋がりはなくともやはり兄弟、通じ合うところがあるのだろう。
凛太朗はそろそろ家に着いたころだろうか。電話が切れた時間から逆算して帰宅時間を予測できるくらいには真は凛太朗の遊び場も行きつけの店も把握していた。我ながらブラコン過ぎると思いつつ真はそんな自分が嫌いじゃない。
試しに電話をかけてみると凛太朗はすぐに出た。
「おかえり。もう家だろ?」
「え、なんでわかんの?」
「お前が可愛すぎてピアスにGPSを仕込んでる」
「うそ」
「嘘だよ」
「兄貴はほんとにやりそうで怖い」
「それくらいしないとお前は悪さばっかりするからな」
電話の向こうで凛太朗の上着を脱ぐ気配がする。ハンガーにかけて消臭スプレー。ほら、やっぱり煙草臭い所に居たんじゃないか。
「何それ、兄貴だって人のこと言えないくせに」
「俺はいつだってお前一筋だよ」
「よく言うよ。今だって誰か一緒なんじゃないの?」
凛太朗の言葉で真は少し前から人の部屋のソファで勝手に寛いでいる男を見た。仕事仲間のジーノは真の視線に気づくとなぜか少し笑って近づいてきた。
「いや、一人だよ。仕事中なんだ」
「へー」
完全に疑われている。それもこれもこいつのせいだ。出て行け、とドアを指差す真の隣に移動したジーノは更に距離を縮めて電話を当てていない方の真の耳に唇を寄せた。
びくついてしまうのを悟られないよう慌ててジーノから距離を取る。
「今日は誰と一緒だったんだ? 新しい彼女か?」
ボロが出ない内にと真は話題を変えた。
「彼女じゃないよ。好みだったけど」
「そんなに可愛かったのか? 妬けるな」
「お洒落だったんだよね」
「格好が?」
「うん。トップスとスカートの配色とか、あとヒールの装飾が凝ってて、きれいな靴を履いてたんだ」
「お前昔から好きだったよな、女の服とか靴とか」
「女の子の靴って可愛いよね」
「そういう性癖だっけ?」
「それで好きになること多いからそうかも」
「相変わらず歪んでるな」
思わず笑ってしまいながら、でも弟をこんな風にしてしまったのは自分のせいだと真は思った。
「そんなに好みの子と一緒だったのに抜けてきてよかったのか?」
わかっていてわざと試すようなことを言ってしまう。
「うん。兄貴と話したかったから」
「話すだけ?」
「えっちなこともしたい」
耳元に触れる凛太朗の声に背筋がざわつく。ますますジーノが邪魔だが、彼は出て行くどころか真と凛太朗の会話に聞き耳を立てていた。電話を持っていない方の手でジーノを押しやると逆にその手を掴まれ、真はソファの上で体勢を崩しながらも唯一自由な脚でジーノを蹴り上げた。しかしその脚すらもジーノに捕らえられ、真は完全に動きを封じられた。最愛の弟との電話中にソファに押し倒される俺。どんな状況だよ、と自嘲しつつも覆いかぶさってくるジーノに少し焦っていた。こんな姿、リンには絶対に見せられない。いつでも一途で弟想いの格好いい兄でありかった。
電話の向こうの兄は少し変だった。他人にペースを乱されまいと平静を装う雰囲気が、わずかに揺れる声音や、息を飲む気配から伝わってきた。他の人間なら気づかないような差異も、彼にとって近しい人間であるという自負のある凛太朗には察知できてしまった。その上で凛太朗は核心に触れないようにした。それは兄の矜持を慮ったのと、それ以上に凛太朗の知らない誰かに触れられているだろう兄の姿を想像した時、鳥肌が立つほどの欲情を覚えたからだ。
「兄さん……」
一人で自分を慰めながら、凛太朗は兄を呼んだ。最中に、名前でなくそう呼ばれると彼が興奮することを知っていた。きっと弟と淫らなことをしている背徳感がそれを煽るのだろう。
「リン、気持ちいいのか? 今、どうなってる?」
真の上ずりそうなのをこらえる声がたまらない。彼とする時、凛太朗がそちら側だったことはないけれど、誰かに好き勝手される真を想像して握りしめた性器から先走りが溢れた。
「ん、気持ちいいよ、もう濡れてきた……」
電話ごしに真の喉が鳴るのが聞こえる。
「早いな、溜まってたのか?」
「うん……最近疲れて、全然、してなかったから……」
「ぬるぬるだと気持ちいいよな。いっぱい扱いてる?」
「扱いてる、いっぱい……あ、やば、気持ちい」
「どこが気持ちいい? 俺に教えて、リン」
「先、先っぽのとこ」
「先のどこ?」
「段差の、裏側のっ……」
「そこをこするのがいいのか?」
「いいっ……親指で、あっ、兄さん、乳首も立ってきちゃった……」
声をこらえるように、真が歯をくいしばる気配がした。凛太朗以上に真は余裕がなさそうだ。電話の向こうで、凛太朗の知らない男は真にどんな風に触れているのだろう。自分と兄のやり取りに聞き耳を立て、弟を責める兄を見下ろして、じらすように彼の敏感な肌をなぞっているのだろうか。
「ね、兄さんもしてる? 気持ちいいところ触ってるの?」
「あ、ああ、してるよ……お前のことを、考えてっ……」
息を詰める真は凛太朗より余程追い詰められているようだった。自分で加減ができない様子からして、相手の男に少しきつくされたのだろう。凛太朗のように性器をこすりたてられているのか、触れていない内から立ち上がってしまった乳首に噛み付かれたのか、それとも既にもっと奥の粘膜まで暴かれているのか。具体的に想像しだすと止まらなかった。妄想が凛太朗の頭をとろけさせる。気持ちがいい。すっかり滑りを帯びた性器も、まだ着たままのシャツの下で固くなり、布地にこすれる乳首も。
「あーっ、やばい、よすぎて、いきそうだけど、もっとしたい……」
「リン、俺も、俺もしたいけど、悪い、先にでちゃうかもっ……」
「兄さん……そんなに気持ちいいの?」
「ごめん、リン、がまんする、でも」
「いいよ、兄さん、一緒にいこ」
にちゃにちゃと電話ごしに兄の精液をこねる音が大きくなる。どんな手で、どんな風に兄のそこはいじめられているのか。指も入られて内側からも彼の気持ちがいい場所をぐいぐいと押されているのか。
「兄さん、にいさんっ」
「リン、リ、んっ、んーっ…」
凛太朗と真はほぼ同時に射精した。真は最後、凛太朗の名前を呼んで、途中でその口をふさがれたようだった。彼の体を好きにするだけでは飽き足らず、唇まで奪うとは随分傲慢な男だ。
そんなことを考えながらベッドで放心していると、真に名前を呼ばれて我に返った。ティッシュを抜いて後始末をする。
「大丈夫か?」
こちらを気遣う兄の方が凛太朗よりも憔悴しているようだった。
「うん。気持ちよかった」
「そ、そっか、なら良かった……」
ほっとしたような声。気付かれなくてよかったとでも思っているのだろうか。
事後の冷静さも相まって、凛太朗は冷徹に笑いたくなるのをなんとかこらえて煙草に火をつけた。
「そうだ、リン、夏休みに入ったらこっちに遊びにこないか?」
兄は弾んだ声でそう言った。
「やだ、遠いし」
「即答? そんな遠くないだろ。いいぞー観光地たくさんあるし、街並みはおしゃれだし、あ、お前の好きな買い物もたくさんできるぞ! オーダーでスーツ作ってやるから」
「でも兄貴どうせ仕事で忙しいんだろ?」
「うっ……いや、時間作る! 今日から倍速で仕事片付けて俺も夏休みをとる!」
「ははっ、んなことできんのかよ。いいよ、無理しないで。俺英語しゃべれるし、勝手にのんびり遊んでるよ」
「で、できるだけ一緒にいるから」
「うん、わかった。楽しみにしてるよ」
その後少しだけまた近況を話して、いつもの兄からの愛の言葉を聞いて、おやすみを言って電話を切った。兄の気配が消えた部屋は妙に静かで寒かった。
夏休みまではまだ遠い。それまで幾度、この冷たさと向き合わねばならないのだろう。
カウンターに突っ伏してうとうとしていると優しく声をかけられ凛太朗は目を覚ました。顔だけ上げて声のした方を見ると隣のスツールに見覚えのある女の子が腰掛けるところだった。緩く巻いたセミロングの茶髪に小さな顔。ネイビーのタイトスカートとからし色のニットにライダースジャケットを羽織っている。足元に合わせたボルドーのパンプスといい、全体的に凛太朗の好みだった。
「かわいい」
まだぼんやりした頭のまま呟くと彼女は笑った。
「ありがと。でも酔っ払ってないときに言ってほしいな」
「酔ってるから素直に言えるんだよ」
上体を起こしてそこら辺にあるグラスに手を伸ばすと彼女が心配そうに言った。
「まだ飲んで平気? 顔あかいよ」
「俺と飲みたいんじゃないの?」
「うん、そうだけど」
「じゃあはい、かんぱい」
勝手にグラスを合わせて中身を飲み干す。なんの酒かわからない透明な液体は変な味がした。
「おかわりくださーい!」
空になったグラスを突き出して少し離れた場所でカウンターの客と談笑しているママに声をかける。おかまのママは呆れ顔でこちらにやってきた。
「あんたもうやめときなさい。飲み過ぎよ」
ママは酒のかわりに水の入ったグラスを凛太朗の前に置いた。
「いいから飲ませてよ。今日はとことん酔っ払いたい気分なの」
「もうかなり酔ってるでしょ。何あんた、またふられたの?」
煙草に火をつけながらママは容赦なく傷を抉ってくる。凛太朗は現実から目を逸らすために隣に座る彼女の肩を抱き寄せた。
「いいの。もう他に可愛い子見つけたから」
脈がなければここで逃げられるだろうが彼女はあからさまに照れた顔で凛太朗を見つめてきた。
「私もっとリンくんと仲良くなりたくて……」
「うん。仲良くしよ。君かわいいしおしゃれだよね」
「リンくんこそ、かっこいいし背も高いし、私ほんとに」
「俺のことが好き?」
「好き……」
恥ずかしげに伏せられた瞳を覗きこんで唇を重ねる。軽く触れ合わせただけで離すとすぐに彼女の腕が背中に回された。積極的に続きをせがんでくる彼女に応えながら凛太朗はママの冷ややかな視線を感じていた。
「悪いことは言わないからやめときなさい」
それは彼女へ向けられた言葉であるのに、せっかくのママ助言も最早彼女には届いていないようだった。それくらい深い口づけの途中、ポケットに入れている携帯電話が震えた。こんな時間に誰だろう。そう思ったのは一瞬で、凛太朗は弾かれたように彼女から離れて電話を取った。
「もしもし、兄貴?」
真夜中の着信は最愛の兄からだった。長らく海外に居る兄の真は時差のせいで変な時間に電話をかけてくる。
「リン、悪いなこんな時間に。起きてたか?」
「起きてたよ。兄さんこそどうしたの? 珍しいね、電話くれるなんて」
「俺は結構かけてるのに出ないのはお前だろ?」
「かけてくる時間が遅すぎるんだよ。兄さんまだ時差把握してないの?」
「ごめんな、ゆっくり話せる時間が限られてるんだよ」
「いいよ。俺も電話もらえて嬉しいし」
話に夢中になっていたせいで彼女の存在を忘れていた。あっけにとられた顔の彼女をよそに席を立つ。
「俺帰るね」
「えっ」
「これから家で兄貴とテレフォンセックスするからさ」
「え……?」
ため息をつくママに会計を頼み、せめてものお詫びとして彼女の分の飲み代ももつことにした。出口まで見送ってくれたママは最後まで微妙な顔をしていた。
「あんまりとやかく言うつもりないけど、あんたももう少し自分を大事にしなさいよ」
「ありがと。ママはいつも優しいね」
ママにおやすみを言って店を出る。終電にはぎりぎり間に合う時間だ。凛太朗は駅に向かって走りだした。
真が凛太朗に電話をかけたとき、彼は誰かと一緒にいるようだった。恐らく女だ。声を聞いたわけでもないのに、真は確信していた。昔からこういう勘は鋭いほうで、凛太朗に新しい恋人ができる度、相手の性別を言い当てては気味悪がられた。血の繋がりはなくともやはり兄弟、通じ合うところがあるのだろう。
凛太朗はそろそろ家に着いたころだろうか。電話が切れた時間から逆算して帰宅時間を予測できるくらいには真は凛太朗の遊び場も行きつけの店も把握していた。我ながらブラコン過ぎると思いつつ真はそんな自分が嫌いじゃない。
試しに電話をかけてみると凛太朗はすぐに出た。
「おかえり。もう家だろ?」
「え、なんでわかんの?」
「お前が可愛すぎてピアスにGPSを仕込んでる」
「うそ」
「嘘だよ」
「兄貴はほんとにやりそうで怖い」
「それくらいしないとお前は悪さばっかりするからな」
電話の向こうで凛太朗の上着を脱ぐ気配がする。ハンガーにかけて消臭スプレー。ほら、やっぱり煙草臭い所に居たんじゃないか。
「何それ、兄貴だって人のこと言えないくせに」
「俺はいつだってお前一筋だよ」
「よく言うよ。今だって誰か一緒なんじゃないの?」
凛太朗の言葉で真は少し前から人の部屋のソファで勝手に寛いでいる男を見た。仕事仲間のジーノは真の視線に気づくとなぜか少し笑って近づいてきた。
「いや、一人だよ。仕事中なんだ」
「へー」
完全に疑われている。それもこれもこいつのせいだ。出て行け、とドアを指差す真の隣に移動したジーノは更に距離を縮めて電話を当てていない方の真の耳に唇を寄せた。
びくついてしまうのを悟られないよう慌ててジーノから距離を取る。
「今日は誰と一緒だったんだ? 新しい彼女か?」
ボロが出ない内にと真は話題を変えた。
「彼女じゃないよ。好みだったけど」
「そんなに可愛かったのか? 妬けるな」
「お洒落だったんだよね」
「格好が?」
「うん。トップスとスカートの配色とか、あとヒールの装飾が凝ってて、きれいな靴を履いてたんだ」
「お前昔から好きだったよな、女の服とか靴とか」
「女の子の靴って可愛いよね」
「そういう性癖だっけ?」
「それで好きになること多いからそうかも」
「相変わらず歪んでるな」
思わず笑ってしまいながら、でも弟をこんな風にしてしまったのは自分のせいだと真は思った。
「そんなに好みの子と一緒だったのに抜けてきてよかったのか?」
わかっていてわざと試すようなことを言ってしまう。
「うん。兄貴と話したかったから」
「話すだけ?」
「えっちなこともしたい」
耳元に触れる凛太朗の声に背筋がざわつく。ますますジーノが邪魔だが、彼は出て行くどころか真と凛太朗の会話に聞き耳を立てていた。電話を持っていない方の手でジーノを押しやると逆にその手を掴まれ、真はソファの上で体勢を崩しながらも唯一自由な脚でジーノを蹴り上げた。しかしその脚すらもジーノに捕らえられ、真は完全に動きを封じられた。最愛の弟との電話中にソファに押し倒される俺。どんな状況だよ、と自嘲しつつも覆いかぶさってくるジーノに少し焦っていた。こんな姿、リンには絶対に見せられない。いつでも一途で弟想いの格好いい兄でありかった。
電話の向こうの兄は少し変だった。他人にペースを乱されまいと平静を装う雰囲気が、わずかに揺れる声音や、息を飲む気配から伝わってきた。他の人間なら気づかないような差異も、彼にとって近しい人間であるという自負のある凛太朗には察知できてしまった。その上で凛太朗は核心に触れないようにした。それは兄の矜持を慮ったのと、それ以上に凛太朗の知らない誰かに触れられているだろう兄の姿を想像した時、鳥肌が立つほどの欲情を覚えたからだ。
「兄さん……」
一人で自分を慰めながら、凛太朗は兄を呼んだ。最中に、名前でなくそう呼ばれると彼が興奮することを知っていた。きっと弟と淫らなことをしている背徳感がそれを煽るのだろう。
「リン、気持ちいいのか? 今、どうなってる?」
真の上ずりそうなのをこらえる声がたまらない。彼とする時、凛太朗がそちら側だったことはないけれど、誰かに好き勝手される真を想像して握りしめた性器から先走りが溢れた。
「ん、気持ちいいよ、もう濡れてきた……」
電話ごしに真の喉が鳴るのが聞こえる。
「早いな、溜まってたのか?」
「うん……最近疲れて、全然、してなかったから……」
「ぬるぬるだと気持ちいいよな。いっぱい扱いてる?」
「扱いてる、いっぱい……あ、やば、気持ちい」
「どこが気持ちいい? 俺に教えて、リン」
「先、先っぽのとこ」
「先のどこ?」
「段差の、裏側のっ……」
「そこをこするのがいいのか?」
「いいっ……親指で、あっ、兄さん、乳首も立ってきちゃった……」
声をこらえるように、真が歯をくいしばる気配がした。凛太朗以上に真は余裕がなさそうだ。電話の向こうで、凛太朗の知らない男は真にどんな風に触れているのだろう。自分と兄のやり取りに聞き耳を立て、弟を責める兄を見下ろして、じらすように彼の敏感な肌をなぞっているのだろうか。
「ね、兄さんもしてる? 気持ちいいところ触ってるの?」
「あ、ああ、してるよ……お前のことを、考えてっ……」
息を詰める真は凛太朗より余程追い詰められているようだった。自分で加減ができない様子からして、相手の男に少しきつくされたのだろう。凛太朗のように性器をこすりたてられているのか、触れていない内から立ち上がってしまった乳首に噛み付かれたのか、それとも既にもっと奥の粘膜まで暴かれているのか。具体的に想像しだすと止まらなかった。妄想が凛太朗の頭をとろけさせる。気持ちがいい。すっかり滑りを帯びた性器も、まだ着たままのシャツの下で固くなり、布地にこすれる乳首も。
「あーっ、やばい、よすぎて、いきそうだけど、もっとしたい……」
「リン、俺も、俺もしたいけど、悪い、先にでちゃうかもっ……」
「兄さん……そんなに気持ちいいの?」
「ごめん、リン、がまんする、でも」
「いいよ、兄さん、一緒にいこ」
にちゃにちゃと電話ごしに兄の精液をこねる音が大きくなる。どんな手で、どんな風に兄のそこはいじめられているのか。指も入られて内側からも彼の気持ちがいい場所をぐいぐいと押されているのか。
「兄さん、にいさんっ」
「リン、リ、んっ、んーっ…」
凛太朗と真はほぼ同時に射精した。真は最後、凛太朗の名前を呼んで、途中でその口をふさがれたようだった。彼の体を好きにするだけでは飽き足らず、唇まで奪うとは随分傲慢な男だ。
そんなことを考えながらベッドで放心していると、真に名前を呼ばれて我に返った。ティッシュを抜いて後始末をする。
「大丈夫か?」
こちらを気遣う兄の方が凛太朗よりも憔悴しているようだった。
「うん。気持ちよかった」
「そ、そっか、なら良かった……」
ほっとしたような声。気付かれなくてよかったとでも思っているのだろうか。
事後の冷静さも相まって、凛太朗は冷徹に笑いたくなるのをなんとかこらえて煙草に火をつけた。
「そうだ、リン、夏休みに入ったらこっちに遊びにこないか?」
兄は弾んだ声でそう言った。
「やだ、遠いし」
「即答? そんな遠くないだろ。いいぞー観光地たくさんあるし、街並みはおしゃれだし、あ、お前の好きな買い物もたくさんできるぞ! オーダーでスーツ作ってやるから」
「でも兄貴どうせ仕事で忙しいんだろ?」
「うっ……いや、時間作る! 今日から倍速で仕事片付けて俺も夏休みをとる!」
「ははっ、んなことできんのかよ。いいよ、無理しないで。俺英語しゃべれるし、勝手にのんびり遊んでるよ」
「で、できるだけ一緒にいるから」
「うん、わかった。楽しみにしてるよ」
その後少しだけまた近況を話して、いつもの兄からの愛の言葉を聞いて、おやすみを言って電話を切った。兄の気配が消えた部屋は妙に静かで寒かった。
夏休みまではまだ遠い。それまで幾度、この冷たさと向き合わねばならないのだろう。
2
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説



身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる