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しおりを挟む最近、上田さんの様子がおかしい。というよりも、俺に対する彼の態度が変だ。それまでは他のスタッフに「店長今野君にベタベタしすぎ!」とか突っ込まれるくらいだったのに、ここ数日はスキンシップが全くないどころか、挨拶と仕事の話くらいしかしていない。休憩時間が被った時も、彼は自分からは一言も口をきこうとしなかった。
俺なんかやった?
何か、上田さんの気に障るような発言、行動があっただろうか。しかし、考えてみてもよくわからなかった。失礼な発言は数え切れないほどあるが、それは両者合意の上というか、それくらいしても相手が気分を害さないような親しい関係を築けていたと思うからで、もしそれに腹を立てていたならもっと早い時期にこうなっていたはずだろう。
ではどうしていきなり上田さんの態度が変わったのか。俺が見る限りでは自分に対して何か怒っているとかそういう風には感じられない。だからこそ余計に理由がわからなくてもどかしい。本気だか冗談だかわからない感じで言い寄られるのも、戸惑いはしたけれど心底から嫌なわけではなかったし、むしろ本来ならアルバイト先の店長と従業員という関係以上にはなりえないはずの人と友人のように接することができるのは嬉しくすらあった。ゆえにこの変化はつらい。理由を考えてもわからない。ずっとこのままなのは悲しいし、できることなら以前のように親しい関係に戻りたい。俺は思い切ってこの件に触れてみることにした。
「店長、お話があります」
そう切り出したのは定休日の前日の夜だった。夜番に店を任せて俺は上田さんと同じ時間に上がった。俺が着替えている間もお互い無言で、しかし上田さんは帰宅の時間をずらすようなそぶりも見せず、俺たちは一緒に店を出ることになった。
「お疲れ」
それだけ言って駐車場に向かおうとする上田さんを、俺は呼び止めた。
「あの」
黒いマフラーに顔を半分くらい埋めた上田さんが振り返る。俺を見る目は普段よりもずっと鋭かった。
「今ちょっと、時間、いいですか」
話があると続けた俺を、上田さんは細めた目で見つめて、ゆっくりと近づいてきた。
「ここで?」
両手をポケットに突っ込んで、見上げてくる上田さんにほんの少しだけ安堵する。よかった。拒否されなかった。
「えっと、寒いですよね。店戻ります?」
提案すると、俺から視線を逸らした上田さんは少し考えている様子だった。
「今野くんちは?」
そして口にされた内容に俺は驚いた。
「うち?」
「駄目ならいいけど」
上田さんはまっすぐに俺を見ている。なぜだろう。試されているような気分になった。
「いえ、駄目じゃないです。行きましょう、うち。ちょっと散らかってますけど」
近くに駐車場がないので、上田さんには車を店に置いていってもらうことにした。徒歩十五分ほどの所にあるアパートに、二人で向かう。
「どうぞ、ほんとに散らかってますけど」
玄関の電気をつけて、部屋に行きがてら床に散らばった服を拾う。
「適当に座ってて下さい。今お茶入れますね」
回収した服をまとめて洗濯機に放り込み、キッチンで湯を沸かす。
部屋に戻ると上田さんはコートも脱がず、テーブルの前に正座していた。
俺は思わず噴き出した。初めて入る部屋でもないのに、一体どうしたというのだ。
「すぐエアコン効くと思いますけど、もしかして寒いですか?」
「いや……」
「じゃあ上着とマフラー、よろしければハンガーにおかけしますよ」
わざと丁寧な口調で言うと、上田さんはもそもそと動いてマフラーを外し、コートも脱いだ。それを受け取ってハンガーにかける。
つい先日までレポートに追われていたせいでテーブルの上は文献のコピーやグラフ用紙で溢れ返っている。そこを簡単に片付けて、灰皿に溜まった吸い殻もキッチンのゴミ箱に捨てる。湯が湧いたのでコーヒーを入れて部屋に戻る。
「どうぞ」
上田さんの前にカップを置く。彼はいまだ借りてきた猫のように大人しく座っている。
「ありがとう」
礼を言ったものの、上田さんはカップに手を伸ばそうとしない。伏し目がちにカップを満たす黒い液体の表面を眺めている。今まで俺は上田さんは何かに怒っていて、自分への態度がよそよそしいのもそのせいだと思っていたが、今の彼は単に元気がないだけのように見えた。
「店長、なんかあったんですか?」
俺は直截にきいてみた。
しかし上田さんはこちらを見ない。
「なんかって?」
「いや、それはわかんないですけど、なんか、最近変じゃないですか?」
ポケットから煙草を取り出してくわえる。
「明らかに元気ないですよね?」
話しながら、先程中身を捨てに行った灰皿を取りに行く。部屋に戻ると上田さんが立ち上がり、上着をハンガーから外していた。
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