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第28話 都合の良い肉体
しおりを挟む「ハハッ! どうした、そんなに目を丸くして。さては儂の美しさに圧倒されたか」
ヒロイン──いや、魔王はそう言った。
ピフラの反応は至極真っ当だ。
本来ならば彼女は異世界から転移した女子高生で、美しく懇篤な娘のはず。
それがなぜ、ピフラの血を浴び繭から這い出でるというのか。
ピフラは動かない体を尚も強張らせた。
産まれたままのあられもない姿の魔王は、弾けるような瑞々しい肌が蠱惑的である。
さすがはラブハのヒロイン、同じ女として妬ましいほど美しい。
(ガルムは……この娘に恋をするのね)
──チクッ。針が刺されたような痛みが胸の芯を突く。体の痺れが心臓まで辿り着いたのだろうかと思案する。
(ガルムが恋するのを嫌だなって思うのは、彼女が魔王だからよね?)
ピフラはそう思い至り、そして否定した。
右手の刺創の流血は一向に止まらなかった。
ピフラの顔から漸漸と面色が失せていく。
奈落の穴は床に塗れた泥濘によって壅塞され、
巧緻な指先で汚泥を魔力で撚り、ドレスを紡いで艶然と微笑う。
「あの黒魔法士がお前に怨嗟しないものだから、シナリオが狂って儂の復活が遅延した。まったく忌々しい事よ」
出来上がった漆黒のドレスを纏い、魔王は鼻に皺を寄せた。
失血で気が遠くなる中、ピフラは問うた。
「わたしをどうする気……?」
「うむ……。食べるつもり、だった」
("だった"?)
噴き出る脂汗がピフラの頬を伝う。
「異世界を跨ぐ転生者の血肉を喰らえば儂は膨大な魔力を得られる。だが、お前の器あの『鬱屈な黒魔法士』の設定を変更し、シナリオを変えた。これは魔力では得られぬ力だ……」
──すなわち、ピフラの肉体を手にすれば都合の悪い展開が訪れようと設定を変更し、シナリオを修正出来る。
……という、実に都合の良い解釈をされてしまったらしい。しかし、現実はピフラの肉体がどうこうする話ではない。
この10年、ガルムのヤンデレ化防止は謂わば神経戦だった。彼の心の機微を読み、粒子の粗い塩あるいは細かい塩を懸命に揉み込んできた努力の賜物である。
ただ黙って手をこまねいていたわけではない。
断じてない。そう思い、向かってくる魔王を恨みがましく見る。
「わたしはただの人間で、ほんの少し面倒見の良いただの義姉です」
「ほう? ではなぜあの黒魔法士はお前に惚れた?」
「え?」
いや、惚れるも何も自分達は姉弟で……と、ピフラの頭が理屈を捏ね始めた時だった。
バリバリバリッ! 耳を劈く轟音でピフラの思考が掻き消された。部屋の四方八方を稲妻が疾り、ピフラの薄紫の瞳に銀光が映る。
──あの銀色を知っている。
確信したピフラの鼻腔がツンと痛んだ。
「なっなんですかこの魔力量は……!?」
ウォラクが鉤爪を出したまま狼狽えた。
不規則に暴れる稲妻は部屋の物全てを破壊して、やがて銀光はピフラの前へと集まり人型を成していく。
片手に巨大な銀色の戦斧を握り黒髪が乱れ、そして彼の赤い瞳が猛火した。
「だから勝手に出歩くなって言ったんですよ」
光の中から現れたガルムは、肩をそびやかしてピフラに眼光鋭く言った。
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