上 下
26 / 31

第26話 悪魔のシナリオ

しおりを挟む
「……えっと、何の事ですか?」

 「異世界」──その言葉がである自分に向けられたのは単なる偶然だろうか。
 ピフラの手にじわりと汗が滲む。
 
「フフッ。わたしはこう見えて、歴史と宗教に興味がありましてね」
 ウォラクは用意したワインをグラスに注いだ。赤黒く僅かにとろみがある赤ワイン、言われなければ血そのものだ。
 ピフラが息を飲むと、ウォラクはグラスを回し不敵に微笑った。

「周知の通り、我々赤目は黒魔力をこの身に宿しています。贄を捧げ、魔界の悪魔と取引し、魔王を崇拝した黒魔法士達の力を……」
「で、でも清らかな赤目も沢山いますよね? ウォラク様のような」
 沈黙に耐えられずピフラが付け加える。
 この不気味な空間で黒魔法士に関する血生臭い話を、これ以上展開させたくなかった。

「フフッ! ピフラ様は慈悲深いお方だ、まるで聖女のよう……。そうそう、このヘルハイム王国の聖女伝はご存知ですよね?」
「ええ。天より舞い降りた聖女様が、魔界との戦いから人間界を勝利に導いたと」
「天? いいえ、聖女はでした」
 ──異世界転移。ピフラの全身が粟立った。

「一説によると、転移者である聖女には先見の明があり、運命を引き寄せる力があったとか。彼女はそれをと呼んでいたそうです」
 「異世界転移」「シナリオ」──乙女ゲームの定番ワードである。
 殆ど手付かずの紅茶は、すでに湯気も立たずすっかり冷めている。それに負けず劣らずの冷たいものが、ピフラの背筋を流れた。

(まさか、200年前の聖女は乙女ゲームのヒロインだった……? じゃあやっぱり、今の世界にもヒロインがいなきゃおかしいわよね? ここは『ラブハ』の世界なんだから)
 みるみる強張っていくピフラを前に、ウォラクの口角が上向いた。

「魔王や悪魔、黒魔法士達はシナリオによって撃退されてしまいました。ですが、その時に思ったのです。それなら……」
 ウォラクは、ジョッキビールのようにワインをあおった。それを飲み干すと今度はワインボトルを咥え、ゴクゴク音を立てて飲む。勢いのあまり口からはワインが溢れ、口元もシャツもみるみる赤色が染みていった。
 およそ貴公子とは思えぬ振る舞いに、ピフラは動揺を隠せない。

「……ウォラク様……?」
「フフッ! シナリオ通りならね、ピフラ様。今頃、この国の中枢はあのお方に支配されているはずだったんです。王太子や、宰相の息子や、精霊王や……そうそう、貴女の義弟君おとうとぎみである優秀な魔法士も籠絡して。この200年、綿密なシナリオを練ってきたというのに……貴女という人は……フフッ! アハハハッ──!!」
 ウォラクが大笑いすると、パリンッと卓上のボトルやグラスが次々に割れていった。
 弾け飛んできた破片でピフラの指先が切れ、深い切創から血が垂れる。不思議と痛みは感じない。そこでようやく、自身の体が麻痺している事に気がついた。
 ウォラクはやおら立ち上がり、ピフラの方へ来ると彼女の膝の上にしな垂れる。

「まあ、仕方がありません。本来なら公爵様ガルムの手でピフラ様は殺される予定でしたが、ここは臨機応変にいきましょう。なぁに、口に入ればみな同じ……魔王様もお許しくださるはずです」
 そう言ってピフラの指を加え、垂れる血をねぶる。するとウォラクの面色に赤みがさし、法悦の表情を浮かべた。

「さあ、蘇生の儀式を始めましょう。我らが練り上げたシナリオの、魔王様のお出ましです」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。 「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」 黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。 「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」 大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。 ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。 メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。 唯一生き残る方法はただ一つ。 二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。 ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!? ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー! ※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

私と運命の番との物語

星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。 ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー 破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。 前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。 そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎ そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。 *「私と運命の番との物語」の改稿版です。

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

処理中です...