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第26話 悪魔のシナリオ
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「……えっと、何の事ですか?」
「異世界」──その言葉が転生者である自分に向けられたのは単なる偶然だろうか。
ピフラの手にじわりと汗が滲む。
「フフッ。わたしはこう見えて、歴史と宗教に興味がありましてね」
ウォラクは用意したワインをグラスに注いだ。赤黒く僅かにとろみがある赤ワイン、言われなければ血そのものだ。
ピフラが息を飲むと、ウォラクはグラスを回し不敵に微笑った。
「周知の通り、我々赤目は黒魔力をこの身に宿しています。贄を捧げ、魔界の悪魔と取引し、魔王を崇拝した黒魔法士達の力を……」
「で、でも清らかな赤目も沢山いますよね? ウォラク様のような」
沈黙に耐えられずピフラが付け加える。
この不気味な空間で黒魔法士に関する血生臭い話を、これ以上展開させたくなかった。
「フフッ! ピフラ様は慈悲深いお方だ、まるで聖女のよう……。そうそう、このヘルハイム王国の聖女伝はご存知ですよね?」
「ええ。天より舞い降りた聖女様が、魔界との戦いから人間界を勝利に導いたと」
「天? いいえ、聖女は異世界から来た転移者でした」
──異世界転移。ピフラの全身が粟立った。
「一説によると、転移者である聖女には先見の明があり、運命を引き寄せる力があったとか。彼女はそれをシナリオと呼んでいたそうです」
「異世界転移」「シナリオ」──乙女ゲームの定番ワードである。
殆ど手付かずの紅茶は、すでに湯気も立たずすっかり冷めている。それに負けず劣らずの冷たいものが、ピフラの背筋を流れた。
(まさか、200年前の聖女は乙女ゲームのヒロインだった……? じゃあやっぱり、今の世界にもヒロインがいなきゃおかしいわよね? ここは『ラブハ』の世界なんだから)
みるみる強張っていくピフラを前に、ウォラクの口角が上向いた。
「魔王や悪魔、黒魔法士達はシナリオによって撃退されてしまいました。ですが、その時に思ったのです。それならこちらに有益なシナリオを作ればいい……」
ウォラクは、ジョッキビールのようにワインをあおった。それを飲み干すと今度はワインボトルを咥え、ゴクゴク音を立てて飲む。勢いのあまり口からはワインが溢れ、口元もシャツもみるみる赤色が染みていった。
およそ貴公子とは思えぬ振る舞いに、ピフラは動揺を隠せない。
「……ウォラク様……?」
「フフッ! シナリオ通りならね、ピフラ様。今頃、この国の中枢はあのお方に支配されているはずだったんです。王太子や、宰相の息子や、精霊王や……そうそう、貴女の義弟君である優秀な魔法士も籠絡して。この200年、綿密なシナリオを練ってきたというのに……貴女という人は……フフッ! アハハハッ──!!」
ウォラクが大笑いすると、パリンッと卓上のボトルやグラスが次々に割れていった。
弾け飛んできた破片でピフラの指先が切れ、深い切創から血が垂れる。不思議と痛みは感じない。そこでようやく、自身の体が麻痺している事に気がついた。
ウォラクはやおら立ち上がり、ピフラの方へ来ると彼女の膝の上にしな垂れる。
「まあ、仕方がありません。本来なら公爵様の手でピフラ様は殺される予定でしたが、ここは臨機応変にいきましょう。なぁに、口に入れば皆同じ……魔王様もお許しくださるはずです」
そう言ってピフラの指を加え、垂れる血を舐る。するとウォラクの面色に赤みがさし、法悦の表情を浮かべた。
「さあ、蘇生の儀式を始めましょう。我らが練り上げたシナリオの、魔王様のお出ましです」
「異世界」──その言葉が転生者である自分に向けられたのは単なる偶然だろうか。
ピフラの手にじわりと汗が滲む。
「フフッ。わたしはこう見えて、歴史と宗教に興味がありましてね」
ウォラクは用意したワインをグラスに注いだ。赤黒く僅かにとろみがある赤ワイン、言われなければ血そのものだ。
ピフラが息を飲むと、ウォラクはグラスを回し不敵に微笑った。
「周知の通り、我々赤目は黒魔力をこの身に宿しています。贄を捧げ、魔界の悪魔と取引し、魔王を崇拝した黒魔法士達の力を……」
「で、でも清らかな赤目も沢山いますよね? ウォラク様のような」
沈黙に耐えられずピフラが付け加える。
この不気味な空間で黒魔法士に関する血生臭い話を、これ以上展開させたくなかった。
「フフッ! ピフラ様は慈悲深いお方だ、まるで聖女のよう……。そうそう、このヘルハイム王国の聖女伝はご存知ですよね?」
「ええ。天より舞い降りた聖女様が、魔界との戦いから人間界を勝利に導いたと」
「天? いいえ、聖女は異世界から来た転移者でした」
──異世界転移。ピフラの全身が粟立った。
「一説によると、転移者である聖女には先見の明があり、運命を引き寄せる力があったとか。彼女はそれをシナリオと呼んでいたそうです」
「異世界転移」「シナリオ」──乙女ゲームの定番ワードである。
殆ど手付かずの紅茶は、すでに湯気も立たずすっかり冷めている。それに負けず劣らずの冷たいものが、ピフラの背筋を流れた。
(まさか、200年前の聖女は乙女ゲームのヒロインだった……? じゃあやっぱり、今の世界にもヒロインがいなきゃおかしいわよね? ここは『ラブハ』の世界なんだから)
みるみる強張っていくピフラを前に、ウォラクの口角が上向いた。
「魔王や悪魔、黒魔法士達はシナリオによって撃退されてしまいました。ですが、その時に思ったのです。それならこちらに有益なシナリオを作ればいい……」
ウォラクは、ジョッキビールのようにワインをあおった。それを飲み干すと今度はワインボトルを咥え、ゴクゴク音を立てて飲む。勢いのあまり口からはワインが溢れ、口元もシャツもみるみる赤色が染みていった。
およそ貴公子とは思えぬ振る舞いに、ピフラは動揺を隠せない。
「……ウォラク様……?」
「フフッ! シナリオ通りならね、ピフラ様。今頃、この国の中枢はあのお方に支配されているはずだったんです。王太子や、宰相の息子や、精霊王や……そうそう、貴女の義弟君である優秀な魔法士も籠絡して。この200年、綿密なシナリオを練ってきたというのに……貴女という人は……フフッ! アハハハッ──!!」
ウォラクが大笑いすると、パリンッと卓上のボトルやグラスが次々に割れていった。
弾け飛んできた破片でピフラの指先が切れ、深い切創から血が垂れる。不思議と痛みは感じない。そこでようやく、自身の体が麻痺している事に気がついた。
ウォラクはやおら立ち上がり、ピフラの方へ来ると彼女の膝の上にしな垂れる。
「まあ、仕方がありません。本来なら公爵様の手でピフラ様は殺される予定でしたが、ここは臨機応変にいきましょう。なぁに、口に入れば皆同じ……魔王様もお許しくださるはずです」
そう言ってピフラの指を加え、垂れる血を舐る。するとウォラクの面色に赤みがさし、法悦の表情を浮かべた。
「さあ、蘇生の儀式を始めましょう。我らが練り上げたシナリオの、魔王様のお出ましです」
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