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第22話 信じたいのに

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「姉上、今日はどこにいたんですか?」

 就寝前、ピフラの私室を訪れたガルムが言った。
 その質問の意図を勘繰り、ピフラは僅かに目を泳がせる。
 今日1日で感情と思考が綯い交ぜとなったせいで、ガルムの視線と言葉全てが針のようだ。
 昼のことは迂闊に話せない。
 考えたくはないが、もしガルムがマルタの事件に関与しているのなら、それを知った自分にも危険が及ぶかもしれない。ピフラはただ黙り込むしかなかった。
 雄弁は銀、沈黙は金である。
 すると、窓際にもたれ立つガルムは器用に片眉を上げ好戦的に笑った。

「まあ、言えませんよね。俺がいなきゃ外出禁止なのに、1人でノコノコ出歩いたんですから」
「なっ何で知ってるの!? まさかわたしを監視してる……?」
「人聞きが悪いことを言わないでください。俺は"見守って"いるんです」

 ガルムはソファに腰掛けるピフラの方へやおら近づく。
 ピフラは生唾を飲んだ。視界の端から迫り来る熱視線が肩に重くのしかかり、ガルムの長い指が背もたれをスルッ……と撫でるのが布擦れの音で分かる。
 まるで獣に狙いを定められているかのような緊張感。
 少しでも動いた日には急所を突かれてしまいそうで、ピフラの呼吸はみるみる浅くなった。

「……どうして1人で外出しちゃいけないの」
「外は危険が一杯だからです。実際、今日も男に絡まれてましたよね。誰ですか? あれは」

(やっぱり監視してたのね。どれだけわたしの婚活を邪魔するつもり?)
「はあ……チャペルでたまたま知り合った人よ。前からわたしを知っていたんですって」
「"たまたま"? ぷっ、あははははっ! 姉上を前から知っている男が"たまたま"チャペルに行って、"たまたま"知り合ったって? あははっ………………ねえ姉上、それ本気で言ってます?」
 その声には怒気が帯びており、ガルムはソファの前に回りこみ背もたれに手をついてピフラに覆い被さる。
 まるで縫い付けられたようにピフラは動けず、緊迫した空気の中ガルムの前髪だけがはらりと落ちた。

「純粋なのは良いです。でもそうやって気安く男と接せられるのは、もううんざりです……っ」
 大きな赤い瞳は怒りを孕んで鈍く光る。
 その目を見て、昼間のウォラクとの会話がフラッシュバックした。

『わたしは赤目の歴史や知識をオープンにしているんです。それが信頼構築に繋がるかと思いまして。当然、閣下もそうですよね?』
『いいえ、うちは何も……』
『え? あ、えっと……まあ、赤目にも秘密主義者はいますしね。ですが、他でもないピフラ嬢に隠し事とは何か事情があるのでしょうか。きっと余程の秘密が……いえ、失礼いたしました。出すぎた真似を』
『あっいえ! そんな事ありません。すごく……勉強になります』
『……ピフラ嬢、これは"赤目"としての忠告です。くれぐれもお気をつけくださいね。どれだけ善良な赤目に見えても、黒魔法士の血が流れている事に、変わりはないのですから──』
  
「──顔色が悪いですよ」
 ビクッ、と条件反射でピフラの体が跳ねた。上目で見れば赤い瞳と視線が絡み、緊張で筋肉が萎縮する。
 片手でピフラの顎を掬ったガルムは、否応なく彼女の白んだ頬に優しくキスをする。
 ──いつもながらの密接なスキンシップ。
 聞き分けの良いガルムが唯一直さなかった癖である。愛弟の可愛い児戯だと思い目を瞑ってきたが、今となってはそれさえ空恐ろしい。

(でも、彼はわたしが手塩にかけて育てた愛する義弟だし……。シスコンではあるけど、だからって他人を傷つけるような子じゃないはずよ)
 可愛い義弟を、ガルムを信じたい。
 そう思い至り眼前のガルムに視線をやった──その時だった。
 血相を変えたガルムがピフラの細首に乱暴に触れたのである。白い柔肌にガルムの硬い指がずぶずぶ埋もれていき、ピフラの表情が歪む。しかし指は緩まるどころか、ますます鋭く爪を立てた。

「赤目に会ったんですか……! まさか今日の男が!?」
「いっ痛いっ! 痛いよやめて!」
 首の激痛でガルムの手を振り払った。しかし、すぐに手首を掴まれ握力を加えられる。
 彼を見やれば目を見張って口を引き結び、この10年で初めて見る顔つきをしていた。
 怒りと困惑、そして焦燥だろうか。

(赤目の人と会うのがそんなにダメな事なの? もしかして……自分が黒魔法士でマルタの事がばれちゃうから?)
 疑心はむくむくと、弾けんばかりに膨れ上がる。
 すると、ガルムは掴んでいたピフラを力任せに抱き上げた。

「何するの!?」
「お仕置きが必要ですね」
 ガルムは一切ピフラを見ず、冷冷と言った。
 続けざまに義弟おとうとの知らない面を知ったピフラは、ただただ言葉を失った。
 腕の中で大人しくなったピフラを確認すると、ガルムは部屋のドアを蹴破る。

「お仕置きって何なの……」
 ピフラは弱々しく問う。
 けれど、ガルムは答えず仄暗い廊下に出た。
 そして長い脚を大股に開き足早に突き進む。私室を離れ、書庫の前を通り、使用人部屋の前をも通り過ぎていった。
 いよいよ行き先が分からなかなった時、ピフラはか細い声で聞いた。

「……ねえ、どこに行くの」
「姉上の新しい部屋です」
「わたしの部屋って……こんな場所に?」
 やがてガルムに連れて来られた場所、そこは地下牢に続く扉だった。
(まさか、新しい部屋って──地下牢ここ?)
 ピフラは、思い切り身を捩った。

「やめてガルム! どうして地下牢なんかっ……わたしの言動がそんなに気に障った!?」
「それもあります。でもこれは、姉上を守るためです」
「地下牢に閉じ込めることが!? どういう事……ッやだやだっ! やめてよガルム!!」
 ガルムは聞く耳を持たない。
 非力なピフラはされるがまま、最奥の地下牢に押し込まれ、厳つい鍵で檻を施錠されてしまった。鉄格子にしがみついて必死で抗議するも、ガルムは顰め面をするだけで。
 眼前で縋るピフラをよそにし、ガルムは錠前をべたりと触った。
 ──ボッ!!!!
 錠前に青い烈火が灯り鉄格子が導火線のように炎を導く。
 慌てて鉄格子から離れたピフラに、ガルムは赤い目を光らせ冷笑した。

「安心してください。結界の炎です。傷つける気はありませんから」
「どうして……どうしてこんな事をするの?」
「言ったでしょう。姉上を守るためです」
 ガルムは踵を返し、足早に去っていく。
 「ガルム!」何度訴えかけても、彼は気にも止めず。
 向こうで閉扉へいひする音がして、薄暗い地下牢の中ピフラは独り取り残されてしまったのだった。

 
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