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第14話 ぬいぐるみと弟と約束
しおりを挟む再び目を覚ますと見慣れた天井が見えた。
ピフラは部屋の中を視線だけで見回す。何の変哲もない自室だ。たた1つ、ベッドの側に腰掛けボサボサ頭で頂垂れるガルムを除いては。
「……ガ……ルム……?」
「..........姉上? 姉上、目が覚め……っ!? 誰か!! 誰か公爵さまを呼んでこい!!」
バッ! と顔を上げたガルムは、赤目を大きく見開いた。そして扉を開け放ち大声で使用人を呼びつける。その声は、ややもすれば屋敷中に響き渡りそうな咆哮だ。
ガルムは集合した使用人に次々に指示を出していく。その姿を見たピフラは呆気に取られた。
(寝て覚めたら義弟が姉思いになってる件!?)
内心動揺しつつ、ピフラはやおらに上体を起こす。それに気付くなり、ガルムは矢のように飛んできてピフラに抱きついた。
「──っ!?」
ガルムの突飛な行動にピフラは言葉を失う。
彼の腕の中は燃えるように熱い。年齢はたったの1つ違い、身長もさほど変わりない。そう思っていたガルムの体は、実際に触れてみると骨格も筋肉のつき方も自分とは大違いで。
幼いながらに彼が「男」なのだと思い知らされた。
けれど、その頼もしい体は酷く震えている。
「もう……目を覚まさないかと……」
「ふふっ大袈裟ね。ねえ今何時なの?随分寝ちゃったみたいだけど」
「随分? 姉上は丸3日眠っていたんですよ」
「……へ?」
それから、ガルムはあの夜の顛末を語った。
1つはマルタが事切れたこと。凶器の大鎌は姿を消したそうで遺恨が残る結末となった。
そしてもう1つは、ぬいぐるみの修繕が完了したという嬉しい知らせだった。
ピフラは修繕されたぬいぐるみを受け取った。ひび割れていた赤い石が滑らかな石に変わり、心なしか毛並みにも艶が増したように見える。
正直なところ、いくらガルムが大魔法士の卵とはいえ修繕を頼むのは不安もあった。
しかし攻略対象キャラ補正で手先が器用なのか、それとも彼自身の技術なのかは知れないが、大満足の出来である。
(ガルムにお願いして良かった!)
ピフラはぬいぐるみを抱き締める。するとガルムは、腰と椅子の背もたれの間からおずおずと何かを取り出した。
──赤目が特徴的な、胸元に赤毛が生えている黒犬のぬいぐるみだ。驚くほど夢の犬に酷似している。
「ガルムが作ったの?」
「はい。姉上にあげます」
「えっ良いの? 嬉しい……ありがとねガルム」
「その、よかったら名前をつけてください」
夢の犬と同じ事を言うガルム。ピフラは不思議に思うも彼に答えた。
「もう決まったわ。“ルビー"にする。可愛いでしょう?」
「赤い目が好きだから、ですか?」
「ええそうよ! よく分かったわね」
再三再四言い聞かせた"赤色好き"の成果か、ガルムは名前の由来を汲み取った。そして目尻を垂らしてフッと息だけで微笑う。
「眠る時は必ず一緒に寝てくださいね。この犬はお守りですから」
「お守り? ふふっ何のご利益があるの?」
「それはー……健康とか」
「そう? じゃあ毎晩抱いて寝なくちゃね」
ピフラはルビーを抱き締める。ふわふわで温かい。
「姉上、その名前ですけど……」
言い淀んだのち、ガルムは重い口を開いた。
「誰にも教えちゃダメですよ、絶対に。理由は聞かないでください」
その表情は真剣そのもので。
見れば見るほど、夢の犬とぬいぐるみはガルムに似ており、前世の自分も想起されて気懸りだ。
(ガルムなら……大魔法士なら何か分かるのかな……)
そう思い口を開きかけたが、そのタイミングで公爵が入室してしまい完全に機会を逸した。
「ピフラ......ッよく帰って来た!!」
感涙にむせる公爵はピフラを熱く抱擁する。
──苦しい! 死ぬ!
ガルムとは全く異なる肉厚な胸の圧が彼女を襲う。
見上げた父の顔はやつれており、ピフラはようやく自分が危なかったことを理解した。
その後、復調したピフラは公爵にあの夜の出来事を話した。そして真夜中に1人で出歩いた事をしこたま叱られたのであった。
◇◇◇
宵の口、エリューズ家の地下牢に2人の男がいた。
公爵とガルムである。ガルムは地面に横たわるメイドのスカートをベロリと捲った。
──死後3日、淀んだ灰白色の肌が露わになった。硬直した太腿には丸の中に五芒星が描かれた、黒い印がくっきり浮いている。
「これは何でしょうか」
「悪魔の紋章。奴らが動き始めた証拠だ」
ガルムの問いに答え、公爵は頭を抱える。
「奴等が活動出来る夜の間は、形代の守護でピフラに近づけない。代わりにこのメイドを使役してピフラの命を狙った.......というところか」
「ピフラさまのお話だと、メイドの"欲望"が元の肉体の持ち主を喰らって体を操っていたようです」
「人間の欲望につけ込み、悪意を増長させて凶行に走らせる……か。奴等らしい手口だ」
「……申し訳ございません。2度と同じ轍は踏みません」
「当然だ。2度目はそんな罰では済まないからな」
公爵は幼いガルムを睨め付けた。
小さな背中はぐっしょりと濡れている。その重くたわんだシャツからは鉄臭い赤い雫が滴り、地下牢で水音を立てるのだった。
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