11 / 31
第11話 魔法と欲望の化身
しおりを挟む──ああ、まずい。
想像を遥かに上回る恐怖がピフラを襲った。
ドアの軋みが止み、続けて「ひたり」と一歩踏み出した音が確かに聞こえた。ひた、ひた、ひた。一歩ずつゆっくりと、しかし着実に。
気がつけばピフラの体は小刻みに震えていた。
(もしあの犯人が使用人じゃなかったらどうしよう……! ううん、もし使用人だとしても公爵家そのものに不満があれば、わたしを害そうとするかも……!!)
ここに来て自分の考えの甘さを初めて実感した。何を根拠に相手を「諭せる」などと思ったのだろう。
ぺたり……跫音が止んだ。
タンスの目の前に、いる。
──バンッ!!!!
タンスの扉が一気に開け放たれた。
恐怖に慄くピフラが膝を抱き、タンスの隅で丸くなる。
(誰か助けて!!)
ピフラが目をギュッと瞑ると、生白い腕が容赦なく突っ込まれ、ハンガーに掛かった服を掻き分けた。
「まあっお嬢さま! こんなところで何をなさっているんです!」
「マルタ!? あなたこそ何をしているの……? まさかマルタがガルムの服を……」
「服? 何を仰っているんですか。今日は夜の見回り当番なんですよ」
「見回り? はあー……なんだ。驚かせないでよ……」
ピフラは涙声で言った。緊張が解かれて体が弛緩する。
こんなことはもうやめよう。今日はたまたま無事に済んだが、相手に丸腰で挑もうとはあまりにも軽率だった。後悔と安堵で深く深く溜め息をつくとマルタが手を差し伸べてくれて。その手を取ってより安心感が増した。
助かったのだ、と。
それにしてもマルタは随分冷え性のようだ。
まるで血が通っていないような冷たさである。少しでも温まるよう願い、ピフラはマルタの手を握り返す。
すると、マルタは口を大きく歪めて微笑んだ。
「本当に、手間がかからなくて良かったです」
「え? きゃあっ!!」
──グンッ!! ドシャッ!!
マルタに手首を握られ、ピフラは風を切る勢いで乱暴に放り出された。幸いにして床は絨毯が敷かれているので酷い打撲はなさそうだ。
しかし状況を飲み込めないピフラは立ち上がれず、尻餅をついたまま後退る。
「マルタ、おふざけにしてはちょっと乱暴よ?」
『おふざけ? ぷっ……あははは!!!! おふざけなもんですか。あたしはこの日をずっと待っていたんだから』
「……あなた誰なの?」
『あらま、ボケちゃいましたかお嬢さま! あたしはマルタよ。まあ、正確にはマルタの欲望だった。でもあるお方のおかげで、ただの欲求だったあたしが肉体を得たの』
(マルタとは別の人格があった……? じゃあ人格が乖離しているということ?)
「元のマルタは眠っているの?」
『ああ、それなら喰べちゃった』
──ヒュッとピフラの呼吸が震え、血の気が引いた。
その様子を嘲笑うかのようにマルタは揚々と言葉を続ける。
『あいつの人格を食べてあたしがこの肉体の主になったってわけ。元のマルタちゃんはもうとっくにいないわよ』
「そ……んな……」
『でもさあ、どうせならも一っと美人になって、地位も名誉も欲しいわけ。分かる? そのためにはあのお方望みを叶えなくちゃいけないの。だから……』
そう言いながら、得体の知れない者がジリジリ距離を縮め始めた。瞬きを忘れた目を赤く充血させ、開けた口から涎をダラダラと垂らし、明らかに常動を逸している。
『死んで?』
マルタが腕をあげて拳を握った。すると拳の周りの空間が捩れ物が歪んで見える。
やがて捩れがぐにゃぐにゃと蠢めき始めると、そこから漆黒の大鎌が現れた。全長は2m近くあるだろうか、しかしマルタはその鎌を易々と肩にかける。
ピフラは恐怖のあまり腰が抜け、その様子にマルタが喜悦を浮かべた。
──ヴンッ!! マルタが真っ赤な口を開けて嗤いながら鎌を振り回す。
「きゃああああ!!!!」
空を切る音が耳の横で鳴り、反射神経でピフラは避ける。
『ちょろちょろしないでくれるー?? 大丈夫よっ肉体に傷はつかないから。ま一、魂は知らないけど』
振り回される鎌は部屋の物全てを透過しており、部屋を荒らした形跡は1つも残らない。ピフラの置かれている危機的な状況に反して、部屋は綺麗に整ったままだ。
ピフラはついに壁に追いやられた。もう逃げられない。
マルタは喜色満面で大きく鎌を振りかぶった。
『ばいばいっピフラお嬢さま!!!!』
142
お気に入りに追加
414
あなたにおすすめの小説
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~
ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】
転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。
侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。
婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。
目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。
卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。
○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。
○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる