8 / 31
第8話 誰が為に木は育つ
しおりを挟む「うーん……どれがいいと思う?」
埃被った樹木図鑑を開き、ピフラは唸っていた。
木を植えようとは言ったはものの、何を植えるべきか皆目見当もつかないのだ。
ここは屋敷の離れにあるログハウス。保有する苗木の種類は実に1,000を超え、2階建のこのハウスには天井から床の隅まで植物の苗が所狭しと並んでいる。
──正直なところ、色々ありすぎて選べない。
言い出しっぺの責任でピフラは「コレだ!」というものを提案したかったが、ガルムの様子を窺いながらではそれも難しく。背後にいる無言のガルムから圧を感じ、ピフラはますます候補を絞れないでいた。
すると、唸り続けるピフラの背中からニュッと筋張った腕が伸びて、図鑑の中の1つを指差した。
「『ヤマモモ』がいいと思います」
「きゃあああっ!? びっくりした!!」
「大袈裟ですね、背後を取られた剣士でもあるまいし」
(いや、こっちは毎日心理戦なのよ! あなたと!)
──などと言えるはずもなく、ピフラはヘラッと目尻を垂らして言った。
「……ヤマモモっていうとー、これ? ヘーこれも赤い実がなるのね。ふふっわたしのナナカマドとお揃い」
「べっ別にそういうつもりじゃ──!」
「あははっ分かってる。わたしが嬉しいだけよ。大好きな弟とお揃いだから」
揶揄い甲斐があるガルムに、ピフラはケラケラ笑う。
彼を見やれば耳まで紅潮し、口を真一文に引き結んできた。
(えっ、まさか揶揄われて怒っちゃった!?)
けれど怒気は感じない。しかし普段はすました顔のガルムだが、今はすっかり茹っていた。
一体どうしたというのだろう。不思議に思ったピフラが視線を注ぐと、ガルムは耳まで赤くなり最後には視線を逸らされてしまった。
ピフラとガルムは温室に移動した。
ヤマモモの苗木をガルムが運び、植え替えに適した場所をピフラが探す。
すると、木1株にちょうど良い空間を見つけた。半径およそ2mの間隔があり、これだけあれば将来冠が広がっても十分な距離だろう。
ピフラは木図鑑を片手に植え替えを行なった。
……いや正確には行おうとした。
しかし、やんごとなき公爵令嬢は手際が悪い、非常に悪い。見ればスコップの先でチビチビ土を掘っており、このペースでは終わる頃に明後日を迎えてしまいそうだ。
ガルムは大きな溜め息をつき、ピフラからスコップを取り上げた。
「俺がやるんで、そっちで休んでいてください」
「でも意外と難しいのよ? 結構力がいるから……あれ?」
「こんなもんでいいですよね?」
返事を待たずにさっさと植替えを終わらせたガルムに、ピフラは呆然とした。圧倒的手際の良さである。
棲家を変えて威風堂々としている稚樹。その様子に感心してピフラは図鑑を開きヤマモモの生態に目を通す。
「結実は約20年後なんですって」
「随分ノロマですね」
「ふふっ。20年というとガルムが33歳の時ね。きっと愛する奥さんと子供と一緒に見ているはずよ」
(相手はやっぱりヒロインかしら?)
「姉上も俺と一緒に植えたから見る時も一緒ですよね」
「えっ? わっわたし? わたしはー……」
──あなたがわたしを殺していなければ喜んで!
と心中のピフラが辛く叫ぶ。
「わたしは……ここ(※この世)にいられたら、一緒に見ようかしら」
──だから健全に育ってヤンデレ化しないでね!
と笑顔の裏でピフラが泣きついた。
ピフラの赤いドレスの中は、すでに全身汗でびっしょりだ。それでも笑顔を必死で取り繕うピフラだったが、しかしガルムは彼女の動揺を見逃さなかった。
「自分で言いましたよね? 『家族だから一緒でなくちゃ』と」
しゃがんでピフラを見上げていたガルムはすっくと立ち上がる。そして顰め面でパンパンッと音を立てて手を払った。──その瞬間だった。
──ズゴゴゴゴッ……ミシミシッ……
地響きのような轟音が耳を突いた。「地震!?」揺れに備えて身構えたピフラだったが、温室の木の葉は1枚たりとも揺れていない。 ただ1つ、ガルムのヤマモモを除いては。
はじめ、稚樹は怯えるようにプルブル震えていた。その後震えがピタリと止むと、枝葉が天井めがけて一気に伸長したのである。
背を伸ばす間も新芽は常に育まれ、四方八方に枝分かれしていく。幅を広げ、縦に伸び、形を変え、ヤマモモの成長は止まらない。
「えっえっえっええええええええ!?!?」
「あなたが言うから、こんな事に付き合ったんです。他の誰かとどうこうするためじゃないんですよ、姉上」
ああ、すっかり失念していた。
ガルムは「ヤンデレ大魔法士」設定だった。
161
お気に入りに追加
414
あなたにおすすめの小説
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
私と運命の番との物語
星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。
ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー
破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。
前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。
そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎
そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。
*「私と運命の番との物語」の改稿版です。
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。
霜月零
恋愛
私は、ある日思い出した。
ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。
「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」
その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。
思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。
だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!
略奪愛ダメ絶対。
そんなことをしたら国が滅ぶのよ。
バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。
悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。
※他サイト様にも掲載中です。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜
矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。
この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。
小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。
だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。
どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。
それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――?
*異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。
*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど
monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。
でも、なんだか周りの人間がおかしい。
どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。
これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる