上 下
4 / 11

第4話 赤い瞳と帝国の忌み色

しおりを挟む



「え!? どこどこ!?」
「ここです。右目の方」
「わっ本当だ。この赤い目が好きなのに……」

 とは言え、こうなるのも時間の問題だった。
 先々代からあるこのぬいぐるみは、見た目よりも年季が入っているらしい。
 それにも関わらず、両親はピフラの就寝時に必ずぬいぐるみを抱かせた。
 むしろ、ここまでよく保ってくれた方だろう。
 そうやって自分に言い聞かせ、けれど落胆を隠せず嘆息した。
 するとガルムがピフラの言葉を拾い、食ってかかる。

「……赤目が好き? 冗談も大概にしてください」 

 力みを感じる声。バッ!と、ピフラが顔を上げると、ガルムは器用に片眉を上げた。
 好戦的な表情すら美しさが際立っており、ピフラは思わず惚ける。
 しかし、彼の赤瞳は滲むようにじわじわと、明度を落として不快感を露わにしていった。

「昔、イヴィテュール帝国に悪魔に忠誠を誓う魔法士達がいたことは、知ってますよね?」
 
「ええ、聞いたことがある。黒魔法士くろまほうしよね」
 
「奴らは魔力増大のために悪魔と契約を結び、生贄を捧げました。赤目は生贄の血の色だと、赤目は禁忌を犯した黒魔法士であると言いがかりをつけられて、つい200年前まで駆除対象だったんです。その忌み色が好きだなんて……バカにしているとしか思えません」
 
「駆除ですって!? だって、赤い目は遺伝変異的なもので、凶事に起因するものではないわ。この学説だって200年程前に発表されたはずなのに……!」
 
「恐怖の前では学問なんて無意味ですから。この国でも祝い事に赤色は忌避されているんですよね? つまり、そういう事です」
 
「そんな……」

 ピフラの胸が激しく痛んだ。
 ガルムを見やれば、ぬいぐるみの腹を柔らかく揉んでいる。
 赤い瞳は灯火の下で潤むように光っていた。

(そっか。「ピフラ」に会う前から心に闇を抱えていたのね……)

 ──すると、ピフラはゲームの回想シーンを唐突に思い出した。
 
 ガルムの親類縁者に赤目は1人もおらず、生後まもなく孤児院へ送られた。
 しかし赤目のせいで、孤児院でも、養子先のエリューズ公爵家でも、義姉に赤目賎民あかめせんみんと差別される。
 人生の殆どを誹られてきたガルムだったが、ヒロインに「赤目が好き」と肯定されて、彼女に傾倒し盲愛するようになるのだった──。

(それほど嬉しかったのよね。でもヒロインと出会うまでに、あと何年もかかっちゃう。それまで病み続けるなんてダメよ。わたしにはガルムの心を健全にする使命があるんだから)

 ──集まれ、シナプス達!

 ピフラは脳に司令を出した。
 ここまでの状況を鑑みるに、今のガルムは赤目の自分を嫌悪しているわけで……。
 一点を見つめて動かなくなったピフラに、ガルムは眉を寄せる。
 それからしばらくの沈黙の後、ガルム側にずいっと詰めて座り直した。
 薄紫色の瞳が、眼光鋭くガルムを射抜く。
 その眼力は、獣が獲物を見つけた目に近しく、ガルムは小動物のように小さく震えた。
 そして、ピフラは慎重に口を開いた。

「厳密にはね、赤い目ではなく赤色が好きなの」

「……はい?」
 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女性が少ない世界へ異世界転生してしまった件

りん
恋愛
水野理沙15歳は鬱だった。何で生きているのかわからないし、将来なりたいものもない。親は馬鹿で話が通じない。生きても意味がないと思い自殺してしまった。でも、死んだと思ったら異世界に転生していてなんとそこは男女500:1の200年後の未来に転生してしまった。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

後宮にトリップしたら皇帝陛下に溺愛されていますが人違いでは?

秋月朔夕
恋愛
「ようやくお前を手にすることができた」 道術によってトリップさせられた琴葉は皇帝に溺愛され、後宮に召されようとしていた。しかし琴葉は知っていた。ここが乙女ゲームの舞台であると。 転生していないことで自分がヒロインに成り変わっているのではないか? そう考えた琴葉はそれを皇帝である天佑に告げるも……? ※R指定は保険です。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

処理中です...