2 / 31
第2話 手塩にかけてみせましょう!
しおりを挟む屋敷のメイン階段に着くと、階下に使用人が集まっていた。玄関の豪奢な扉が軋轢音を立てて開かれ、屋敷の主人が帰宅したところである。
使用人達の中心で紺色の外套を纏い、銀髪と紫色の瞳を湛える男は、ヴェティ・エリューズ。ピフラの父親であり、エリューズ公爵家の当主だ。
ゲーム内で語られることはなかったが、実は公爵はピフラを溺愛してやまない親バカである。
それはもう、ピフラが望む物は権力と財力を駆使し、何だって手に入れてしまうほどで。「目に入れても痛くない」と言う言葉があるが、公爵に限っては痛くない所か快感を得るだろうと噂されている。
すると、親バカ公爵がピフラを見つけて声高に言った。
「おお、ピフラ! こっちにおいで!」
「お父さま……」
ピフラは呼吸を整えながら階段を降りてゆく。
一歩、二歩....…そしてエントランスを踏み締めた時、あるものを目にしたピフラの心臓が跳ねた。
──公爵の背後に少年がいる。
公爵は愛娘を前に破顔一笑した。そして、背後の少年をピフラの正面に押し出して咳払いする。
なんて美しい少年だろう、ピフラが彼に持つ印象はそれに尽きた。
身長は彼女よりやや高く髪は光を飲み込む漆黒だ。顔は可愛らしくも端正で中性的な面立ちをしており、前髪の隙間から希少な赤い瞳がピフラを熟視している。
「ピフラ、14歳の誕生日おめでとう。お前にプレゼントを持ってきたんだ」
「まあっ嬉しいですわ。それであの、プレゼントはどちらに……?」
「ははっ! 驚くぞー。ほらお前、2歳の時に弟妹をおねだりしていただろう?」
「にっ……2歳……?」
(憶えてませんけど!? お父様ったら2歳の時のお願いを今さら叶えようだなんてどれだけ親バカなの!?)
「というわけで隣国から1番綺麗な者を連れてきたんだ。名はガルム、お前の1個下だよ。あいにく義理の弟だが許してくれ」
「──っ!」
ピフラは唾を飲み込んだ。
この少年こそが、ガルム・エリューズ。ラブハにおけるヤンデレ魔法士であり、ピフラを殺す義弟である。
(この子がわたしを殺すのね……!?)
ピフラは肝を潰した。全身に緊張が走り、微笑みを作る表情筋が顫動する。
ここまで見事にゲーム通りの展開だ。ガルムが義姉の誕生日プレゼントとして連れて来られるシーンである。
しかもピフラにとってはただの義弟ではない。いずれ凶暴なヤンデレと化して殺しにかかってくる、いわば時限爆弾付きの義弟だ。
(このままゲーム通りにいったら、わたしはガルムに殺される。どうにか、どうにか生き残る方法は──あっ)
ピフラはピンッ!と思い至った。自分を殺すのはあくまでヒロインに出会った後の「ヤンデレ状態」のガルムである。
人がヤンデレ化する最大の原因は「恋愛前にどれだけ心を病んでいたか」だ。
ゲームのガルムの場合はピフラによって長年虐げられ、心を病んでヤンデレの下地が十分仕込まれていたはず。
そして後にヒロインに恋をするわけだが、病んでいる状態でする恋愛は、往々にしてろくでもねえ。
相手の言動の受け取り方を間違えて状況が拗れ、思い通りにいかず死にたくなる。時と場合によっては相手に死んでほしくなったりもする。
健全な心の持ち主は「そんな物騒な!」と思うだろうが割とベーシックな病み思考だ。
おそらく、ガルムもこのプロセスでヤンデレ化してしまったと推察される。
それならば、ガルムが心を病まず健全に育てばどうだろう。ヒロインと出会っても拗れず、ヤンデレ化しないのではなかろうか。
やるべき事は1つだけ。
──成人してヒロインに出会うまで、ガルムを手塩にかけて育てる!
ピフラが覚悟を決めて顔を上げると、公爵は顎でガルムに合図する。するとガルムはぎこちない動きで、胸に手を当てピフラに礼をした。
「..........誠心誠意お仕えします」
ガルムはぶっきらぼうに言うと、目礼がてらピフラから目を逸らす。眉間には難しそうに皺が寄り、言ったそばから誠意もへったくれもない挨拶である。
礼儀を重んじる軍人の公爵は不快感を露わにガルムを睨め付けた。
その空気感とピフラの背筋が一挙に凍る。「まあまあお父さま!」ピフラは公爵に駆け寄り、渾身の笑顔でフォローを入れた。
確かにガルムの態度は褻められたものではないが、そもそも公爵が人をプレゼント扱いする方が悪い。
そうしてピフラは翻ってガルムに正対し、安堵の溜め息をもらした。
(よかった。顔を顰めてはいるけど嫌ではなさそう?)
誕生日の主役と、そのプレゼント。摩詞不思議な関係性から始める姉弟関係が、これからどう転ぶかはピフラ次第。手塩具合いで変わるはず。
ピフラは骨ばったガルムの手を取った。
「まずはお茶でもしましょうか」
優しい微笑みがガルムの赤い瞳に映る。
結ばれる互いの手が、仄かに温んだ瞬間だった。
166
お気に入りに追加
419
あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。
髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は…
悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。
そしてこの髪の奥のお顔は…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドで世界を変えますよ?
**********************
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
転生侍女シリーズ第二弾です。
短編全4話で、投稿予約済みです。
よろしくお願いします。

私と運命の番との物語
星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。
ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー
破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。
前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。
そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎
そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。
*「私と運命の番との物語」の改稿版です。

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる