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目的がなければ理由もなかった。
それでも私、球磨川彩月は沈んでいく。
光も音も何もない闇の中をただひたすらに。
もう何年、何万年という長い時間を送ってきた気がする。
ああ、そうだ。私は知っている。
どうせたいした時間なんて過ぎてはいない。
いつだってそうだ、どうでもいい時に限って一秒が長い。
暇つぶしに目を瞑って一秒、一秒を数えだすと、二十には嫌気が差す。
逆に、肝心な時に限って一時間が数分、数十秒にさえ短く思えてくる。
やる気なんて出してしまったら、きっともう時間は無い。
その先に何があろうと時は歩みを止めない。
ああ、そうだ。私は知っていた。
それなのにどうして……なぜ、今になって光は差し込んでくる。
目的なんて理由なんて私には要らないと思っていた。
それでも私、球磨川彩月は沈んでいく。
誰かに呼ばれるがまま、一途に。
・
・
・
燦燦と降り注ぐ光の下で、吹き荒れる二つの暴風は激しくぶつかり合った。部下を捨てて来た男と、仲間の為に駆け付けた男とが、血相を変えて互いの刃を交える。
碌な武装も持ち合わせていないというのに、剰え力量が同格以上と認めた相手を前にサテライザーが手を緩めることは許されない。幾本もの剣が火花となって散る度に、また一本と剣を拾ってはそれを振り抜く。まさに嵐のような剣幕で休むことなく襲いかかった。
一方で、間断なく向かってくる無数の剣撃を、黒の魔導士はたった一本の同じ杖で全て受け止める。まるで赤子の手を捻るかのように先回りをして、ただの一度も通すことはないのだった。だというのにこの男の表情にはサテライザー以上に余裕がない。
「やあ、毛玉ちゃんよ。もう少し早く生産できねぇ……よな」
ふと、男の声が刃音の陰で誰かに語りかけた。やはりその声には余裕はない。
しかし、誰に言っているのだろうか。重体の二人に対しての言葉ではないだろうし、ましてサテライザーになどまずあり得ない。それに、なにやら後方に気を配っている様だが、そこに人はいないのだ。
「あと一分強? 冗談キツいぜ」
そう言いつつも、黒の魔導士が防御の姿勢を解くことは疎か、少しの精度さえ落ちる様子はない。このままでは、終わりのない攻撃のループに陥るかとさえ思われた。
「⁈」
それは咆哮————
耳がお釈迦になりそうな金属音だけでなく、膠着をも喰らい尽くそうとする餓えた野獣の如く爆裂音がいま再び鳴り響いた。
無論、この村を燃やし穿った火炎が撃ち放たれたのだ。
「アクセルか。気の利く奴だ」
攻めの手を緩めるどころか、ここに来てサテライザーの太刀筋は更に鋭さを増していく。それはまるで、逃げる獲物を追うように。
「正気か⁈ アンタ諸共、俺を屠るってんだぞ⁈」
「なにを焦る。貴様ならば協会の魔具ごとき屁でもないだろうに」
サテライザーの言うように、黒の魔導士が発動した魔法の出力は飛来する火炎のそれを遥かに上回る物だった。もう一度、魔法陣を描くなりして防ぐことは可能だろう。
「それともなにか。最後にしてようやく底を露顕させてしまったのか、黒いの」
この発言、サテライザーの刃が初めてこの黒の魔導士を切り裂いた瞬間であった。
さすがに同様したのだろう。黒の魔導士は後方へと距離をつくろうとバックステップ。
しかし、今のサテライザーがこの好機を逃すわけがなかった。逆手で拾った方天戟を投擲して、もう片手に蹴り上げた刀剣を握りしめ、それを追うように踏み込んだ。さらにはその後を火炎が押し寄せている。
「魔法陣を……」
選択肢はいくらかあった。その中には最善の手というのもあったはずだ。しかし、黒の魔導士に悩んでいる暇はなかった。
苦虫を噛み潰したような表情をする彼をよそに、——
『————————ァァアアアッ!!!』
それは烈火の如く怒りを身に宿して、彼の視界に現れた。
「貴様、薔薇の————ッ————」
サテライザーの顔面は横合いから思いっきり殴りつけられ、一二〇キロの巨体が数十メートル先で何度も転がる。
「べあこ、お前……」
ローズレッドに重ねて纏った紅黒い炎。兜の合間から覗く紅い稲妻。悲鳴をあげるように軋む金属音。人が扱う言の葉とはまるで違うけたたましい唸り声。そのどれを取っても、この女騎士が正常でないことは明らかであった。
「このバカッ! 伏せろッ!!」
しかし、今はそれどころではない。
迫る火炎をどうにかしなければ、いくら黒の魔導士とて無傷とはいかない。そして、彼には二人を守る理由があるが故に、やはり選択の余地はなかった。
『————————ッ!』
ただし、何れにしても後手。
何よりも先に彼女——サテライザーが言うところの薔薇の狂戦士が、火球の中へ飛び込むなりそれを喰らうように搔き消したのだった。
それでも私、球磨川彩月は沈んでいく。
光も音も何もない闇の中をただひたすらに。
もう何年、何万年という長い時間を送ってきた気がする。
ああ、そうだ。私は知っている。
どうせたいした時間なんて過ぎてはいない。
いつだってそうだ、どうでもいい時に限って一秒が長い。
暇つぶしに目を瞑って一秒、一秒を数えだすと、二十には嫌気が差す。
逆に、肝心な時に限って一時間が数分、数十秒にさえ短く思えてくる。
やる気なんて出してしまったら、きっともう時間は無い。
その先に何があろうと時は歩みを止めない。
ああ、そうだ。私は知っていた。
それなのにどうして……なぜ、今になって光は差し込んでくる。
目的なんて理由なんて私には要らないと思っていた。
それでも私、球磨川彩月は沈んでいく。
誰かに呼ばれるがまま、一途に。
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燦燦と降り注ぐ光の下で、吹き荒れる二つの暴風は激しくぶつかり合った。部下を捨てて来た男と、仲間の為に駆け付けた男とが、血相を変えて互いの刃を交える。
碌な武装も持ち合わせていないというのに、剰え力量が同格以上と認めた相手を前にサテライザーが手を緩めることは許されない。幾本もの剣が火花となって散る度に、また一本と剣を拾ってはそれを振り抜く。まさに嵐のような剣幕で休むことなく襲いかかった。
一方で、間断なく向かってくる無数の剣撃を、黒の魔導士はたった一本の同じ杖で全て受け止める。まるで赤子の手を捻るかのように先回りをして、ただの一度も通すことはないのだった。だというのにこの男の表情にはサテライザー以上に余裕がない。
「やあ、毛玉ちゃんよ。もう少し早く生産できねぇ……よな」
ふと、男の声が刃音の陰で誰かに語りかけた。やはりその声には余裕はない。
しかし、誰に言っているのだろうか。重体の二人に対しての言葉ではないだろうし、ましてサテライザーになどまずあり得ない。それに、なにやら後方に気を配っている様だが、そこに人はいないのだ。
「あと一分強? 冗談キツいぜ」
そう言いつつも、黒の魔導士が防御の姿勢を解くことは疎か、少しの精度さえ落ちる様子はない。このままでは、終わりのない攻撃のループに陥るかとさえ思われた。
「⁈」
それは咆哮————
耳がお釈迦になりそうな金属音だけでなく、膠着をも喰らい尽くそうとする餓えた野獣の如く爆裂音がいま再び鳴り響いた。
無論、この村を燃やし穿った火炎が撃ち放たれたのだ。
「アクセルか。気の利く奴だ」
攻めの手を緩めるどころか、ここに来てサテライザーの太刀筋は更に鋭さを増していく。それはまるで、逃げる獲物を追うように。
「正気か⁈ アンタ諸共、俺を屠るってんだぞ⁈」
「なにを焦る。貴様ならば協会の魔具ごとき屁でもないだろうに」
サテライザーの言うように、黒の魔導士が発動した魔法の出力は飛来する火炎のそれを遥かに上回る物だった。もう一度、魔法陣を描くなりして防ぐことは可能だろう。
「それともなにか。最後にしてようやく底を露顕させてしまったのか、黒いの」
この発言、サテライザーの刃が初めてこの黒の魔導士を切り裂いた瞬間であった。
さすがに同様したのだろう。黒の魔導士は後方へと距離をつくろうとバックステップ。
しかし、今のサテライザーがこの好機を逃すわけがなかった。逆手で拾った方天戟を投擲して、もう片手に蹴り上げた刀剣を握りしめ、それを追うように踏み込んだ。さらにはその後を火炎が押し寄せている。
「魔法陣を……」
選択肢はいくらかあった。その中には最善の手というのもあったはずだ。しかし、黒の魔導士に悩んでいる暇はなかった。
苦虫を噛み潰したような表情をする彼をよそに、——
『————————ァァアアアッ!!!』
それは烈火の如く怒りを身に宿して、彼の視界に現れた。
「貴様、薔薇の————ッ————」
サテライザーの顔面は横合いから思いっきり殴りつけられ、一二〇キロの巨体が数十メートル先で何度も転がる。
「べあこ、お前……」
ローズレッドに重ねて纏った紅黒い炎。兜の合間から覗く紅い稲妻。悲鳴をあげるように軋む金属音。人が扱う言の葉とはまるで違うけたたましい唸り声。そのどれを取っても、この女騎士が正常でないことは明らかであった。
「このバカッ! 伏せろッ!!」
しかし、今はそれどころではない。
迫る火炎をどうにかしなければ、いくら黒の魔導士とて無傷とはいかない。そして、彼には二人を守る理由があるが故に、やはり選択の余地はなかった。
『————————ッ!』
ただし、何れにしても後手。
何よりも先に彼女——サテライザーが言うところの薔薇の狂戦士が、火球の中へ飛び込むなりそれを喰らうように搔き消したのだった。
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