3 / 50
エンゲージゲーム 事故物件王子の新しい婚約者は、魔王のようです。
しおりを挟む
(3)
「魔導大公……?」
「ランシエナの魔女が何故王都へ……」
「普段、領地から出てこないのに……」
〈豊穣なる恵みの間〉の正面の扉は、黒く塗られ、天地を支えてそびえる大樹が黄金で象嵌されている。その黄金の大樹が真ん中から割れ、左右に開いた。
潮騒が、止むように。
そこにいるはずの大勢の人間が突然消え失せたかのように、声という声が途絶えた大広間に、宵の空を織りあげたような、青みをおびた闇色の外套をなびかせ、一人の魔導師が入ってきた。その髪は極北の月のように青白く、瞳の色は暗い。
夜会用の扇の代わりに携えた漆黒の杖には、竜を思わせる頭部に濃い影のちらつく玉石がはめこまれ、歩を進めるごとに床を打つ。
当代のランシエナ大公は、二十歳のアルファレドより二歳ほど上だったはず。魔導大公などという仰々しい異名に似合わず、楚々とした美女である、という噂を、アルファレド自身も話し半分くらいに聞いてはいたが……。
そこだけ重力が生じて空間が歪んだかのように、暗示的な印象を与える姿に、人々は惹きつけられ、流行のドレスで艶を競う夜会の花たちも、いっせいに色褪せた。
畏怖と好奇の視線が集中する中、大公は王の御前まで来て跪いた。
「遠路を厭わず、よく来てくれたな、レティウス」
「陛下には御機嫌麗しゅう……」
型通りの挨拶がすむと、大公は王の右手、アルファレドの席の反対側へ向かい、玉座とほぼ同じ高さに用意された椅子の前に立った。腰をおろす寸前、ふと眼差しをあげる。
視線の先、固唾を飲む貴族連中に交じって、ひとり訳知り顔でシャンパンのグラスを掲げ、片頬で笑ってみせたのは……。あれは確か、エルネスティ・レオンコート伯爵。赤茶けた顎鬚を短く刈りこんだ、幾分軽薄な中年の色男は、大公の叔父にあたる。
大公が席についた。その途端、今度は王に説明を期待する視線が集中した。が、王は侍従を呼び、グラスを持ってこさせると、それを合図に楽団が演奏を再開した。
軽快な舞曲が流れはじめたが、誰もワルツどころではない。
ランシエナ大公はテオフィルスの筆頭貴族だが、事情があって王都には滅多に出てこない。テオの民であれば、貴賤問わず皆その事情を承知しているため、急な上洛の理由をめぐって、夜会は穿鑿のるつぼと化した。
アルファレドは近くを通りかかった召使の盆から、グラスをひとつさらい、ちびりと飲んだ。
大して美味くもない酒だ。
「魔導大公……?」
「ランシエナの魔女が何故王都へ……」
「普段、領地から出てこないのに……」
〈豊穣なる恵みの間〉の正面の扉は、黒く塗られ、天地を支えてそびえる大樹が黄金で象嵌されている。その黄金の大樹が真ん中から割れ、左右に開いた。
潮騒が、止むように。
そこにいるはずの大勢の人間が突然消え失せたかのように、声という声が途絶えた大広間に、宵の空を織りあげたような、青みをおびた闇色の外套をなびかせ、一人の魔導師が入ってきた。その髪は極北の月のように青白く、瞳の色は暗い。
夜会用の扇の代わりに携えた漆黒の杖には、竜を思わせる頭部に濃い影のちらつく玉石がはめこまれ、歩を進めるごとに床を打つ。
当代のランシエナ大公は、二十歳のアルファレドより二歳ほど上だったはず。魔導大公などという仰々しい異名に似合わず、楚々とした美女である、という噂を、アルファレド自身も話し半分くらいに聞いてはいたが……。
そこだけ重力が生じて空間が歪んだかのように、暗示的な印象を与える姿に、人々は惹きつけられ、流行のドレスで艶を競う夜会の花たちも、いっせいに色褪せた。
畏怖と好奇の視線が集中する中、大公は王の御前まで来て跪いた。
「遠路を厭わず、よく来てくれたな、レティウス」
「陛下には御機嫌麗しゅう……」
型通りの挨拶がすむと、大公は王の右手、アルファレドの席の反対側へ向かい、玉座とほぼ同じ高さに用意された椅子の前に立った。腰をおろす寸前、ふと眼差しをあげる。
視線の先、固唾を飲む貴族連中に交じって、ひとり訳知り顔でシャンパンのグラスを掲げ、片頬で笑ってみせたのは……。あれは確か、エルネスティ・レオンコート伯爵。赤茶けた顎鬚を短く刈りこんだ、幾分軽薄な中年の色男は、大公の叔父にあたる。
大公が席についた。その途端、今度は王に説明を期待する視線が集中した。が、王は侍従を呼び、グラスを持ってこさせると、それを合図に楽団が演奏を再開した。
軽快な舞曲が流れはじめたが、誰もワルツどころではない。
ランシエナ大公はテオフィルスの筆頭貴族だが、事情があって王都には滅多に出てこない。テオの民であれば、貴賤問わず皆その事情を承知しているため、急な上洛の理由をめぐって、夜会は穿鑿のるつぼと化した。
アルファレドは近くを通りかかった召使の盆から、グラスをひとつさらい、ちびりと飲んだ。
大して美味くもない酒だ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
あれ?なんでこうなった?
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。
…‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!!
そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。
‥‥‥あれ?なんでこうなった?
結婚式の日取りに変更はありません。
ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。
私の専属侍女、リース。
2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。
色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。
2023/03/13 番外編追加
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ああ、もういらないのね
志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。
それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。
だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥
たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる