文太と真堂丸

だかずお

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~ 覚悟の人間 ~

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トクンッ    トクンッ     トクンッ   ドクンッ

心臓の音が、今日はなんだか心に深く、ずっしりと重く響き渡る。
なんでだろう、妙な胸騒ぎがする。
文太は空満天に輝く星空を見つめながら思った。

「たっ、たたたた 大変だぁーっ、大変だぁーっ」

それは、道来さん達が心配だと言って、近くの町に見に行ってくると、村の外に出ていた竹さんと言う人の声。
その尋常ならぬ、ある種、悲鳴にも似た叫び声は、静寂な夜を斬り裂いた。
「大変だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

僕はその次の言葉を聞いた瞬間

頭の中が真っ白になる

そう、文字通り すべてが、マッシロニ・・・・・

それは、大帝国が国中に出した令

明日、この村の人間を一人残らずコロス
国中から、全ての大帝国の兵を集め、まるで像の大軍が蟻を踏み潰すかのごとく、この小さな村を潰すと言う報せ。
そして、真堂丸とその仲間達を殺した者に、全てを与えると言うもの。
鬼道は、真堂丸をここで殺す為に、国中の兵を集めたのだ。
たった一人に対し何万と言う兵の数。裏を返せば、真堂丸と言う人間をそこまで怖れていた。
鬼道は真堂丸の性格を見抜いていた、一山と同じ匂いのする男、人を見殺しにできぬということも。
鬼道にとっては、大帝国以外の国中の人間すべてが人質だったのだ。
そう、僕らは最初から逃げも隠れも出来なかったのだ。
彼らは、いつだって僕らを誘き出す術を持っていた。
その報せを知った、村の子供達は泣き叫び、大人達も震え上がる。

「俺たちは終わりだ」

「明日、死ぬんだ」

「母ちゃん、死にたくない」

「父ちゃん、どうして俺達殺されなきゃいけないの」

僕のせいだ、僕が大帝国と戦ったから

僕のせいで、村の人達が殺される
文太は自身の頬を両手ではたく、しっかりしろ。
何か手があるはずだ、なにかがあるはずだ。
とにかく、真堂丸にこの事を知らせなきゃ。
その時、文太はハッとする。
僕が子供の頃に見つけた、僕だけしか知らないあの秘密の場所、あそこならしばらくは村の人達も隠れられるんじゃないか?でも、その後は?
いや、今は万が一の可能性でも。
あの場所は絶対にすぐにはみつからない。
文太は目の前の山を見つめた。
何を思おうと、事の重大さを精神は把握している。
馬鹿、泣いてる暇なんかないじゃないか、文太は流れ出る涙を拭い、真堂丸の元に向かう。
空に浮かぶ星々だけが、無常にも唯一の静寂に包まれているよう。
星空の下、走る僕の視界に、小さく真堂丸が映る。

だんだんと

大きく

大きく 

瞳に映り出す、真堂丸の姿。

僕は幾度、彼の姿を見ては、安心したか。

目の前に真堂丸の姿が、はっきり、しっかりと映っていた。

真堂丸は草の茂みの上に寝転び、星を眺めていた。

「真堂丸、大変な事になった」
息を切らしながら文太は言う。

「ああ、聞いたよ」
真堂丸は、とても落ち着いていた。
まるで、全てを知り、何か悟っているかのように。
彼の決意が全て、僕の心に音を出さずに伝わる。

真堂丸の身体は、今も寝転んだまま、星を眺めている。
「やっぱり、ここからみる星はとても綺麗だな」
この頃の僕らは、言葉を交わさずとも、お互いの気持ちが手に取るように良く分かった。
まるで自分のことの様に。そう、それはまるで本当に一心同体、自分の心の中の声のように、全て分かってしまう。
だから、僕はすぐにこう言った。
真堂丸の考えを聞かない為、声を遮る為。

「真堂丸、僕しか知らない秘密の場所があるんだ、そこに一旦逃げよう、そしてすぐに準備してその間に作戦を練ろう」

真堂丸の返事はなかった。

ヒョオオオオオオオオ~~

肌に冷たく、ささる風が吹き、音を立て沈黙を破る。

「文太」真堂丸が口を開く


ヒョオオオオオオオオオオ~~ッ
僕の心臓はいつ止まってもおかしくないくらい静かに、また、激しく鼓動していた。

ああ 心臓がいつにないくらい鼓動している気がする

「分かってるよ、言おうとしてること」

「ずっと一緒に居たんだから」
文太が一瞬の沈黙の後、話し出す。

「真堂丸が一人で、大帝国の所に向かって、僕は村の人達を秘密の場所に連れて一緒に逃げろって、そう言うんでしょ」

「ああ」

ヒョオオオオオオ~~

「僕も、真堂丸と一緒に行くよ」

「文太、村の人達、状況を見てみろ」

僕は、昔から家族同然に過ごしてきた、村の子供達、お爺ちゃん、お婆ちゃん、おじさん、おばちゃん達が、震え、泣き崩れ、祈ってる姿を目にした。

「文太が、皆を連れて行かなければ全員殺される」

「分かってるよ」

「俺は戦いに身を置く人間、いつでも覚悟を決めて生きていた。今更 俺の命惜しさに、俺達が何の為に戦ってきたのかを忘れるな」

「大丈夫、必ず大帝国の人間をお前達の元へは行かせない」

「村の人間には、俺は逃げたとでも伝えといてくれ」

真堂丸は、微笑む「そうでも言わないと、村の人間は俺と一緒に戦うと言って、逃げることはしないだろ」

「安心しろ、大丈夫、必ず大帝国をここで止める」

ヒョオオオオオ~~

そんなの知ってるよ、最初から僕は真堂丸を信じてるから、これっぽっちも、今まで君の言葉を疑った事なんて一度もない、真堂丸はいつだって、僕との約束を守ってくれた。
真堂丸の言葉に塵(ちり)程の微塵の疑いすらない。
たとえ何十万人が相手でも、真堂丸が勝つと言えば必ず勝つと信じている。

でも、この時、僕に約束してくれなかった

約束してくれなかった……

生きて帰ってくるって言葉には言わなかった

僕は真堂丸の心が痛い程良く、分かっている

もし、この村の人達を助けられなかったら、どれほど心に後悔を背負うか
そして、どれ程君がこの村で平穏に暮らしたかったかも・・・・

「僕も、皆を案内したらすぐに行く」

「絶対に」
真堂丸は頷いた。

本当はこう言いたかったのも、分かっていた。

お前は来るな

真堂丸も僕を知ってるから、そんなの僕が聞くはずもないと言わなかったのだろう。

「明日には続々と、この村に大帝国の兵が集まってくる、この村に辿り着くには、あの平野を必ず通らなければ辿り着けない、俺はそこで奴らを迎え討つ」
本当に君は優しすぎる、刀を持つには優しすぎた。
純粋で美しく気高い精神。
尊敬する人間であり、時には心配させる弟のようでもあり、面倒を見てくれる親のようでもあり、また、頼れる兄のようでもあった。
そう、真堂丸は僕の全てであった。
僕は、知っていた。
彼と言う人間を、だからこそ彼がこれからどうするか。

「真堂丸、誰も殺さないつもりなんでしょう?君にはもう、人は斬れないんでしょ」

「ああ」

分かっていた、ましてや兵達は大帝国の思想にいっとき漂い、道を失い、分からなくなっている人達。
恐怖をあおい、家族を盾にかり出される者達、真堂丸を殺せばもらえる賞金や名誉に目がくらむ者達。
自分自身を、大切な心を、いっ時、忘れてしまった人達。

そんな人達を、君は優しいから斬れないよ

彼らにも、愛し、愛される人達、家族や友がいる

戦争、殺し合い

同じ人間同士、殺し合う

なんて、悲しく虚しい事、だろう。

僕らは、同じ人間同士、本気でこの螺旋を終わらせなければいけない。
過去の戦から学んだこと、それは、これ以上、繰り返さないこと。
人間なら、必ず出来ると僕は信じている。

僕の目の前には真堂丸が立っていた。

「明日、早朝、平野に向かう、今、この辺りには大帝国の兵は誰もいない、殺気を感知したから分かる。監視もつけず、奴らは俺達が逃げるとは微塵も思っていなかったようだな」

「そう言えば、皆さんは」

「皆が戻ったら、伝えてくれ、俺一人で良い、来るなと」

「そして、ありがとう と」
僕は、その場を動けなかった。
悲しくて?寂しくて?分からない。
唯一分かったことは、明日、真堂丸が平野に向かうこと。明日の朝、真堂丸が行ってしまうこと。

「少し、休む」

「僕は、もう少しここにいる」

「分かった」真堂丸の後ろ姿を、僕はずっと見ていた。
込み上げてくる涙が、溢れ出てくる涙が止まらない
真堂丸の前で泣くのは我慢した、覚悟だって決めてきた。

でも、止まらないんだ

止まらないんだ

涙が。

語り合っていた未来

戦いが終わったら、皆で旅をしよう、共に過ごそうと語り合っていた事。
真堂丸の今の気持ちを考えると、涙が止まらない。

止まるわけないだろっ。

僕が全てを変われるなら、変わりたい 自分の命で変われるなら、代わりに消滅したって構わない。
僕は無力だ、友の為に何もしてやれない、いつも助けられただけだ。

ちきしょう

ちくしょう

大切な友の命すら、守れないなんて

僕はやっぱり無力だ。

その時、真堂丸の姿が心に浮かぶ。

ギリッ

文太は立ち上がる

自分は無力だと、打ちひしがれ、泣いてる暇なんて僕にはもうないはずだ。
真堂丸の決意、決断、精神、思いが文太の心に広がり渡る。明日 真堂丸の約束を果たすんだ。

真堂丸 行くよ。

ヒョォオオオオオーッ

ヒョォオオオオオオオオオオーッ

場面は変わり、道来のいる城の中。

「お前を斬るのを待てだと?」

「ああ」

「おいおい、まさかお前、大帝国との戦に行くからとかぬかすのか?」

「ああ」

「どうせ、そこで死ぬから、俺に斬るなと」

「はっはっはっ、笑わせる。確かに俺がお前と戦っても殺されるだけ」

氷輪が叫ぶ「何故お前は、俺を斬って、その戦に向かわないんだ」

「お前を斬りたくないからだ」

ちっ、この状況で俺はこいつに生かされてやがんのか、気にくわねぇ。

「笑わせやがる、貴様、真堂丸と言う人間が、たかだか村の人間の命の為に、本気で逃げずに戦うと思ってんのか?そんな馬鹿な人間がいるわけねーだろ、誰だろうと己が一番可愛いんだよ」

「真堂丸は必ず向かう、だから、私も行く」

「馬鹿な野郎だ、めでたすぎるぜ、行ったところで何も出来るはずがねーだろが」

「お前は」

「は?」

「この状況、もし秀峰だったら、同じことをしてたんではないか」
カシャアアンッ
氷輪は刀を地面に落とす。
何故なら、氷輪は見たからだ。
確かに見たのだ。
目の前に立つ、この男の姿の内に、若き頃の自身の姿を。
秀峰さんに憧れ、純粋に愛し、大好きだった友。
彼の為なら命でもかけると決意した頃の自分。
道来の中に、自分自身を発見したのだ。

ああ、こいつは己だ

己自身だ………

「馬鹿野郎、さっさと仲間の元に向かえよ」

「礼を言う」道来は歩き出した。


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