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~ 何をしようとも ~
しおりを挟むビュウウウッー
冷たい風が町を横切る。
しんべえは直後に迫り来る死に絶望していた。
「さあて、お前ら三人、町の真ん中で俺と、奴が現れるのを待とうかねぇ」
「日が暮れても奴があらわれなければ、お前らは殺す、まぁどちらにしても殺すがな」
その言葉はしんべえの心臓を突き抜け、いよいよもって身体はぶるぶる震えはじめた。
終わりだ、殺される、今日俺は死ぬんだ。
ずっと、独りで生きてきた。
本当に去るとしたらこんな世界などに未練はないと思っていた。
なんだよ・・・・・
ああ、身体の震えが止まらない、ちきしょう、ああ身体の震えがとまらねぇじゃねえか。
孤独で寂しい人生だった。
ずっと独りぼっちの人生
自分が死んだところで悲しむ人間なんていない。
しんべえは震えながら強く拳を握りしめていた。
その時であった。
それは信じたくない光景であった。
突然、千助が一人、走り出し逃げはじめたのだ。
「おっ、おい兄貴?」凛は静かにつぶやき千助の背中を見つめていた。
千助はその声を聞いても止まる事はなかった。
この世でたった一人、唯一信頼していた兄貴と呼ぶ男はあっさりと凛をおいて逃げだしたのであった。
「あっはっはっは、あれはお前の兄貴か、自分の命が惜しくて逃げだしたぜ、これだからたまらねぇ、人間は」
しんべえは驚いた、なにより凛の気持ちを思うと胸が苦しくなった、あいつは家族が殺されてから、あいつだけを頼りに信じて生きてきたんだ。
自分は何度もあの痛みを味わってきた、こいつまで人間に裏切られた、この世で唯一信じた人間に・・・・
しんべえは気がついたら叫んでいた。
「てってめぇ、そりゃあんまりじゃねえか、こいつはずっとお前だけを信じて生きてきたんだぞ」
千助は止まる事はなかった。
ただ、全力で走り、この場を離れて行った。
「良いだろう、あいつは逃がしてやる、ああいうのばかりだと、大帝国としては使いやすくていいぜ」
凛は黙り込んでいた。
「てっ、てめえあいつに何か言えよ」しんべえは凛に向かって叫んでいる。
「さてと」
そいつは白い装束をはぎとり姿をあらわした。
そして大きな声をあげた。
「俺の名前は蝿王蛇、大帝国の幹部である、この町に真堂丸がいる、奴の居場所を知る者は即刻名乗りでろ」
「真堂丸お前の仲間を捕まえた、日が暮れるまでにこの場所に出てこい、じゃなきゃ仲間は殺す」
「くっくっく、待ってるぜ」
蝿王蛇の姿を見て、しんべえは驚いていた。
姿形は人間なのだが、皮膚は蛇のウロコの様、顔の皮膚まで全てウロコであった。
まるで蛇人間、それともうひとつ特徴的だったのは、蝿のように大きな瞳だった。
ほっ、ほんものの怪物だ。
蝿王蛇はその場に座り込んだ。
「はやく、やりてぇよ、やりてぇよ、あいつと殺し合いてぇよ」
長い舌が顔の辺りまで不気味に伸び、大きな瞳がぎょろりと辺りをぐるぐる見回しニタニタ不気味な笑みを浮かべていた。
しんべえは蝿王蛇のその姿を見て全身に寒気が走っていた。
こええ、こええよ 誰か 誰か 助けてくれ・・・・・
その頃、真堂丸と一之助は寺に向かって歩いている。
目の前に見える不気味な古寺はどんどん近づいてきていた。
「こんな所に住んでいったい何者でごんすかね?」
真堂丸は突如足を止めた。
「どうしたんで?」
横の大きな大木に文字が斬りこまれ描かれている。
我人喰い和尚なり ここより先立ち入りを禁ず
「一之助こいつの名を知っているか?」
「いや、聞いた事ねぇでごんす」
真堂丸は再び歩きだす。
カァー カァー カー カー
沢山のカラス達が寺の周りで死者が出るのを予告するかの如く、むせび鳴いていた。
「あっちから、見てたより近くで見ると大きな寺でごんすね」
真堂丸は確かに感じていた、何者かの気配。
すぐに視線は寺の離れた屋根の上に向いた。
屋根の角の所、二つの目がぎょろりとこちらを顔だけ出し見つめている
「一之助、いたぞ」
「驚いたでごんす、あんな所からこっちを睨んでるとはあんまり良い趣味じゃあないでごんすね」
ずっと何も言わず、顔もそらさず、こちらをじっと見ている。
「お前が人喰い和尚か?」
それを聞き、男は刀を抜き笑っていた。
「行くぞ」
「はいっ」
その頃、町の真ん中では。
蝿王蛇はしんべえ達から少し離れた所に座っていた。
凛を見てしんべえが
「おいっ、てめぇいつまで黙り込んでやがるんだ」
返事はない。
しばらくの沈黙の後。
「まっ、まあよ、あいつはそういう奴だったんだよ、まあ、あいつの事は忘れちまえよ」しんべえなりの気づかいだった。
すると、「うるせえよ、兄貴は逃げたんじゃねえ、きっとあいつを倒す準備をして助けにくる」
しんべえはその言葉に怒った。
「馬鹿野郎、いつまであまっちょろい夢見てやがんだおめぇーは!その目で見ただろ奴は恐ろしくなって、お前を置いて逃げたんだ、現実を直視しやがれ」
「けっ、人間なんてみんなそうだ、結局てめぇだけが大事なんだよ」
「うるせぇ、兄貴はおいらを捨てて逃げやしない 馬鹿野郎」凛は下を向いた。
「けっ、てめぇも俺も同じ穴のむじな、生涯孤独な人間なんだよ」
兄貴、兄貴、兄貴、おいらを見捨てなんかしてない、してないよな?
凛は何度も心の中、必死にすがるように叫んでいた。
その頃
文太にうっすらと意識が戻りはじめ、驚き、飛び起きた。
「ここは?」
後ろから声が
「とっ、とんでもねぇ事が起きちまった」
あの人は僕を殴った人だ。
文太は気を失う瞬間の光景を思い出していた。
「あのぅ」男は何やら震えている
「どうしたんですか?」
「この町はもうお終いだ、大帝国の幹部が町に来ている」
「えっ、まさか」
「しかも、真堂丸だと、とんでもねぇ奴を探していやがる、そんな争いに巻き込まれたら町の人間はみんな殺される、終しめぇだ、終しめぇだ」
そんな、まさか。
僕は焦って、真堂丸達が無事かを確認する為に、急いで宿に向かった。
一体僕はどれくらい気を失っていたんだ?
みんなは無事なのか?
そう言えば、最後にしんべえさんを見たのを覚えてる、どうして逃げるようにあの場を去ったんだ?
あれは、何かを隠している感じだった。
宿に急ごう、しんべえさんは何か知っているはずだ、聞くしかない。
宿に着き、急いで部屋の扉を開けた。
ガラッ
誰も居ないか。
みんな一体どこに?
無事なのか?
あれっ、そう言えばここにあった財宝がすべてなくなっている・・・
ここが荒らされてる形跡はない、一体何が起こってるんだ?
今僕が大帝国に見つかれば人質になり真堂丸達の邪魔になる、僕はどうしたら?
とりあえず、様子をみよう。
町は静かだ、真堂丸達は見つかってはいないはず。
カァー カァー カァー カー
真堂丸と一之助は二手に別れ、逃げ回る人喰い和尚を追っていた。
一之助が背中を捉えていた
「野郎、なかなかすばしっこい、しかもこの辺りを知り尽くしていやがる、こりゃ捕まえるのに手間がかかるでごんすね」
目の前の奴の姿が突然消えた。
「確かにこっちに曲がったはずだったが」
ぎょろり 奴は一之助の真上に居た。
木の上に登って気配を殺していたのだ。
「わたしの邪魔する奴は死んでしまえ」
刀を真上から一之助目がけて突き出した。
キィン
「あまいでごんすよ」
一之助は気づいていた。
「お前が人喰い和尚?この町の人間を食べるらしいみたいでごんすね」
「わたしが人喰い和尚」
「えっ?」一之助は驚いた、声が後ろからも同時に聞こえたからだ。
「二人いたのか、まずい油断した」
ドガアアアンー
辺りに一気に埃が舞い何も見えなくなった。
「助かりました」
「先生」
二人の男達は再び逃げだした。
「なんだよ、あいつとんでもなく強いよ」
「腹立つよ、腹立つ、一年ぶりの食事、最近は大親分の命令で一年に一回だからなぁ」
「ちきしょう、どうする?いったん大親分の元に帰るか?」
「ちきしょう、ぶっ殺してやりてぇよあの人間達」
「やるか?」
「そうだな」
二人は立ちどまった
「でも、姿戻したら凶暴になっちゃうよ」
「お前をくっちゃうかも」
「だって俺たち腹減ってるんだぜ」
「そうしたら、それはそれだ」
「ほらやって来たぞ」
真堂丸と一之助が目の前に立っていた。
「お前ら、勘弁してくれよ、喰う数は今は極力減らしてるんだぜ」
「それでも黙って町の人間を食わせるわけにはいかんでごんすよ」
「ちっ、しゃあねえな」
男達の身体は破れるように破裂し、身体がみるみる大きくなっていく。
「なっ、なんでごんすこいつら?」
「久しぶりだなぁ、鬼本来の姿でいるのは」
「うぉー力がみなぎる、やっぱこれだぜ」
「俺たちは鬼族だよ、驚いてるなぁ」
「おにぞく?」一之助は驚いた、何故なら一匹の鬼がもう一方の鬼を喰いはじめたからだ。
「ぎゃああああああああ」
「だめだ、空腹すぎて我慢できない」
「なっ、なんでごんすかイかれてるのか?」
「ああ、満たされない、これじゃあ」
鬼は真堂丸達に襲いかかってきた。
「一之助気をつけろ」
「はいっ」
その時だった、後ろから人間の声が。
鬼は人間達を見て叫びだした。
「俺の食事になる奴らだ」
人間に飛びかかる
キィン
立ち塞がったのは真堂丸だった。
「てめぇー餌をよこせ」
「一之助、この人達を連れて町に戻れ」
「あーこざかしいなぁ」鬼はとんでもなく大きな石を片手で持ち上げ、真堂丸めがけて思いっきり投げつけた。
ゴオオオオオーン
再び町の真ん中
時はあれからも止まる事なく容赦なく流れつづけていた。
だんだんと日はかげり始めて来ていた。
しんべえは気力を失いかけている、ああ死んじまうんだ。
本当にもうすぐ死んじまう。
ああ、もういいや もういいよ。
どうでもいいよ俺なんか。
なんでもない誰にも愛されないゴミ以下の命なんだよ。
ああ母親よ何故産んだんだ?
どうせ捨てるなら、何故産んだ?
あれからどんな孤独な人生を歩んだか、俺の気持ちが少しは理解できるか?
誰にも気にかけられない、友達も仲間も出来なかった。
生まれてからずっと孤独で、俺は本当はよぉ…寂しかったんだぜ。
凛は一人下を向き泣いていた。
凛の涙は死の恐怖からではなかった。
今や命などどうでも良かった。
何より確かめたく気がかりで大事だったのは兄貴との絆だった。
兄貴、兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴
今までのあの言葉は全部嘘だったんじゃねえよな。
おいらはまたすべて失い独りぼっちか?
「ああ、駄目だねぇ、誰一人来なかったな」蝿王蛇はにっこり笑った。
直後表情は一変し
「用無しだ、殺す」
しんべえの心臓は今にも破裂しそうだった。
あまりの恐怖で呼吸が出来ない。
ハッ ハッ ハ ハッ ハ ハ
呼吸はみだれはじめ。
蝿王蛇の足音は容赦なく近づいて来ている
「おっおっおめぇ、しししし 死ぬんだぞ、ここここわくねえか?」
凛はうつむいたままだった。
足音は凛の目の前で止まる
「じゃあな」
「おや」
「妹を返してもらいに来た」
「なんだ戻って来たのか?」
なんと、千助が蝿王蛇に刀を向け立っていたのだ。
「俺の命より大事な妹を返せ」
「あっあにきーーー」
凛は大粒の涙を流し叫んでいた。
「すまなかった、疑ったか?」
「ばっばか野郎、信じてたに決まってんだろ」
しんべえの胸は熱くなっていた。
なんだこの気持ち、ちきしょう 良かった、本当に良かった。
しんべえはその絆の美しさに胸をうたれたのだ。
ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ凛が羨ましかった。
「ああ、馬鹿が」蝿王蛇はニヤリと笑う。
ヒョオオオオオー
「あっあっあ、兄貴ー」
「ガハッ 凛来るんじゃねえ、殺されるぞ」
千助は血まみれだった。
「さて、とどめをさすかな」
蝿王蛇は千助の頭の上、刀を置いた。
「ああ、さようならだな」
「頼む、やめてくれ、兄貴ー」凛は大きな声をあげ叫んでいた。
「じゃあな」
振りかざされた刀の前に立つのはなんと、しんべえであった。
「頼む、なんでもする、俺の命でどうかこいつらは勘弁してくれ」しんべえは土下座を始める。
「おっ、お前」驚く凛
「なんでもする?か、そうだなぁじゃあ、お前から死ね」
「やっやめろーーー」凛が再び大きな声で叫ぶ
蝿王蛇は突然ピクリと止まった。
しんべえは顔を見上げた瞬間、自分の目にした光景が信じられなかった。
そこには
刀を構えて立つ文太の姿があった。
「てめぇは何だ?」
「友達を助けに来た」
しんべえは自分が今しがた耳にした言葉が信じられなかった。
友達?
友達だと?
この俺がか?
俺を友達と呼んでくれる人間がこの世にいたのか?
ああ
あああああっ
母ちゃん
俺
生まれてはじめて
本当に嬉しかった
「なんだ貴様がまさか真堂丸なんて言うんじゃねえぞ、そのど素人の構えただの雑魚だろぅ」
しんべえは立ち上がる。
「てっ、てめぇ何しに来やがった」
逃げろ、逃げてくれ文太
「なにしにって、助けに来たんです、事情を町の人から聞いて焦りましたよ、まにあわないかと」
「ふざけんな、俺はてめぇなんかに助けてもらいたくなんかねぇんだよ」
それにお前はまだ知らねえんだ。
俺が金を盗み裏切った事をしらねぇんだ。
このまま知らせず、友達でいたかった。
生まれて初めて俺なんかの事を友達と呼んでくれたこの馬鹿野郎と。
「蝿王蛇、しんべえさん達を返してもらう」
しんべえは嬉しかったが、辛かった、こいつまでここで巻き込む訳にはいかねぇ・・・・
しんべえは歯を噛み締めた直後叫んだ。
「てめえは友達でも何でもねぇ、おわらいだぜ、知らねえのかよ、俺はずっとてめえらの宝を狙ってくっついてただけの盗っ人だったんだよ、おめぇらが勝手に仲間だと思いこんでただけで、てめぇらは俺のただのカモでしかないんだよ」
頼む文太、もう友達じゃなくて良い、逃げてくれ。
凛と千助は黙って見つめていた。
「だとよ、笑えるぜ裏切られたな、お前が持ってたこの袋がその盗んだ金だったのかハッハッハ」
文太はしんべえの目をしっかり見つめていた。
しんべえは文太の目が見れなかった。
よぎる罪悪感、気まずさ、目は合わさなかった。
しかし、次にしんべえの耳に入ってきた文太の言葉は、おおよそ自分が考えていたものとまるで違う言葉だった。
「しんべえさん、あなたが何をしようともしんべえさんは僕の大事な友達です」
ああ
ああっ
おおおおおおお
ちきしょう
ちきしょう
嬉しい
嬉しいよぅ
涙がとまらねぇ
母ちゃん俺にも出来たんだ
生まれてはじめての
友達
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