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~ 女狐 ~
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大同の巨体は空高く飛んだ。
「まっ、まじかよあの野郎 本当に攻撃するつもりだ、それにあの巨体でなんちゅー身軽さなんだよっ」しんべえは真堂丸を咄嗟に見る。
だが直後に見た光景に驚き声をあげた
「おっ、おいっ何やってんだ」
真堂丸は刀に手すら触れず、ただ真っ直ぐを見つめ立っているだけだったのだ。
大同の巨体はどんどん真堂丸に近づいて来ている。
「馬鹿野郎~死ぬぞ」
大同は先端に大きな鉄の塊がつく、こん棒の様な形の武器を手にとり
そして、振りかざす。
「うわあっ」しんべえはとっさに目をつむった。
ズンッ
「どういうつもりで?」
武器は真堂丸の頭のすぐ真上で止まっていた。
「お前には最初から殺気はなかった、さしずめ、俺の力を試したかったんだろう」
「あははは、さすがだ。こりゃあかなわねぇ、いかにも実力の程を知りたくて、本当に女狐を討つ可能性などあるのかを知りたかった、失礼しました」
しんべえはびっくりして腰を抜かす。
やっぱりこの人種共はいかれてやがる。へたすりゃ、死んでるんだぜ、本当にいかれてるとしか思えねぇ。
大同は武器を地面に置いた。
「正直女狐を相手にするのは恐ろしい…だが、自分は真堂丸殿を信じてみようと今決めた」
しんべえは思った。
こいつらマジだ本当にあの女狐と闘うつもりだ。
確かに真堂丸は強い、それは烏天狗との闘いで充分分かった。
だが相手は自分が小さい頃から既に伝説として語りつがれていた程の化け物。
こりゃあ、はやいとこ逃げないとやばい。
あいつらは本気で闘う事になる、あの女狐と…
文太と一之助が町を出て二時間がたった頃
町の景色が見えて来た。
「あそこですね」
「文太さん、先生が言った通り、手は出さないほうがいい」
「はいっ」
「最悪の状況でも絶対に」一之助の目は本気だった。
僕はその言葉に息を呑んだ。
その町の人々も、まるで生気のない人間のように見えた。そしてやはり何かに恐怖している様、僕の目の前には再び恐怖に取り憑かれた人々が目に映る。
「これほどまでの支配力、どれほどの女なんだ」一之助は一層警戒を強めた。
それは町に入ってすぐの出来事
町の人間達が急にざわめき始めたのだ。
「なっ、なんだか騒がしいですね」
生気の無い人々が、ぼそぼそと何かを言ってるのだ。
「なにか喋ってる」
文太はその言葉を耳にしてゾッとした。
「女狐様が今日の行列に参列する」
この時、一之助は瞬時に感じた事があった、これは女狐を討つ最大の機会でもある、もし自分にやれそうだったら、これは最大の機会でもある。
無論、自分の言った事、言われた事も覚えている。
ただ、もし討てると確信したら行列の最中叩き斬る。
「一之助さん、女狐が参列するって事で、ちょっとまずい事があるんです」
「何ですと?」
その言葉にやや、なにかしらの理由があると感じた一之助。
「僕以前、女狐って幹部に多分会った事があります」
文太の記憶に蘇るのは自身が大帝国の城に捕まった時。
それを思いだし、文太の足は自然に震えていた。
一之助はそれを見逃さなかった。
「文太さん、あんたは顔が知れてるなら絶対に会ってはまずい、行列にはあっし一人で行く、どこかに隠れていてください。場所を決め、後で待ち合わせましょう」
僕は頭に笠(かさ)をかぶり顔を見えにくくするようにし、一之助の言葉通り何処かに隠れる事にした。
待ち合わせ場所を決め僕らは二手に別れた。
その直後だった
シャリン シャリン シャン シャン
大量の鈴が一斉に鳴り、不気味な音が町中に響き渡る
シャンッ シャンッ
町の人間は一斉に頭を地面につけ、一之助はすかさず、その行列の最も近い一番前の最前列に身を伏せた。
ここに女狐が来る、一之助は息をひそめじっと座りこんだ。
シャリン シャン シャリン シャン
シャン シャアアンッ
一之助は伏せている間、回りの人間の反応を見ていた。
人々の身体は全身震えている。
よっぽど恐いのだろう。
小さな子供達まで、震えて頭を地面につけている。
なんて光景なんだ……
その時だった、女狐行列と呼ばれる行列が目の前に姿を見せ始める。
シャリン シャン シャン シャン
シャンッ シャンッ
先頭を歩く兵が叫んだ
「立ち上がる者は即座に斬り捨てる」
だが何という事だ、直後、立ち上がってもいない町の人間を何人も平然と斬りながら笑い歩く兵。
一之助の拳は力強く握られた。
これが人間のすることか?
腹の底から怒りが湧き上がっていた。
堪えるんだ、今は耐えろ
自分に言い聞かせる一之助。
その時、一之助の視界に八人の男達によって高く担がれている真っ黒のとても大きな大きな木の箱が目に入る。
それは漆黒の闇を表しているような不気味な箱であった。
瞬時に感じた、あの中に女狐がいる。
一之助は思った、今なら即座にあの箱ごとブった斬れるのではないか?
だがその直後
自分の考えがいかに愚かだったかを一之助は身を持って知ることになる。
突然行列は止まり
黒い箱の一部が開き、そこから中にいる女の目の部分だけが外を覗き込むように見つめていた。
冷徹で表情、感情の無い瞳が箱の中からじっと見ている、視線は動かず、ただ外をを見ていた。
「今何処かの蟻が妾に殺気を向けおったな」
一之助は女狐の目を一瞬見たのち、もう二度と直視することは出来なかった。
なんという恐ろしい目。
一之助は震えていた。
本物の怪物だ。
死など毎回覚悟してあっしは闘って来た、正直今更死などは怖れてはいない。
だが、奴の視線からは死の恐怖以上の恐怖を感じたのだ。
こころは正直だった。
こわい こわい こわい こわい
こわい こわい こわい
まさか、あっしがこんな気持ちになるなんて、身体の震えは止まらなかった。
正直に感じるのは、一刻もはやくこの場を去りたいだった。
奴を目の前にして感じること
それはさながら自分は本当に小さな小さな蟻で目の前には人間よりも巨大で凶暴な猛獣が立っているそんな感じを味わうのであった。
真っ黒の箱から見える目玉は一点を見つめていた。
ゴクリ。実はもし、この時一之助が一瞬でも顔をあげていたら即座に頭は吹っ飛んでいたのだ。
箱は中から閉じられる
シャン シャン シャリン シャン
一之助は大同の言葉を理解した、奴は支配するのにわざわざ町に出て力を見せつける必要すらない。
あの目を見て、あの女の持つ空気を感じれば誰もが戦意は消失する。
この時一之助は自分が女狐と闘っても赤子が闘うのと変わらないことを感じとっていた。
勝てない絶対に、あんな化け物には。
こころの中に浮かんだのは真堂丸の顔だった。
先生あんたはこんな奴らと闘わなきゃいけないのですか
先生
先生
先生っっ
ガタガタガタガタガタッ
身体が震えだす
あんたがもし負けたら この世界にあんなのに勝てる人間はいないだろう。
一之助は目をつむった。
あんな存在の目は生まれてはじめて目にした。
恐ろしすぎる、見たこともないような目。
悪夢の様な一瞬は過ぎ。
行列が終わった瞬間、一之助はすぐさま待ち合わせの場所に急いだ。
「文太さん、一刻もはやくこの町を出よう」
「えっ?」
「女狐は本当にやばい、この事だけでも先生に伝えましょう」
僕は一之助さんの様子を見て確信した。
女狐は今までの敵以上に強く危うい、そう直感していた。
町を出る帰り道一之助が語りはじめる。
「あっしも、数々の人間を見たが、あいつは、別格でごんす、暗妙坊主ともまた違う、何か恐ろしい力がある気がしてならぬ、先生を疑うつもりはないでごんすが、あんなの相手に本当に先生は闘うんでごんすね」
あの一之助さんをこんな気持ちにさせるなんて、
強いからこそ相手の強さを肌で直に感じてしまう。
一体一之助さんは女狐を見てどこまで相手の力を感じとったのだろう?
ひとつ、気がかりだったのは一之助さんは真堂丸の強さを知っている、それにもかかわらず、こんな風に言うなんて、女狐 只者ではない。
なにか嫌な予感がした。
みんな無事に事が済むよう心の中、僕は祈った。
正直まだ、足が震えている。
あの底が見えない闇の瞳
一瞬見たあの視線が忘れられない、頭から離れない。
これだけ、鍛練された一之助の精神を持っても目をつむればあの恐怖が、あの視線が頭の中に浮かびあがる。
先生、あっしは先生に何を言えば良いんだ。
あいつは恐怖そのものだ、そんな事を口にしろと言うのか。
あれと闘う人に向かって・・・・
突然だった。
後ろから沢山の人間の悲鳴
「なっ、なんでごんすか?」
「ただごとじゃないですね、戻りましょう」文太が町に戻ろうとした時だった。
一之助が文太の腕を掴んだ。
「すみませんが、ダメだ、今助けに行ったら二度と戻れなくなる、ここは苦しいが堪えるしかない、あっしらが行っても何も出来ない」
そっ、そんな。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ」
「すまぬ、今は逃げるしか出来ない」
それは、仕方のない判断だった。
そして、確実に言えた事は、もしこの時二人が町に戻っていたら。
二度と帰ることは出来なかっただろうということだ。
町では、人間を片っ端から斬る
女狐が暴れていたのだった。
「アハハハハハハハハハハハ」
一瞬でその場は地獄の断末魔に包まれた。
夕方を過ぎた頃。
僕らは大同さんの住む町に無事戻って来ていた。
町にもすんなりとはいれ、真堂丸達と合流した。
僕は真堂丸の顔を見て少しほっとしたそんな心持ちになる。
「二人とも、やけに疲れきった顔をしているな」
大同が二人の疲れきった様子に気付く。
「何があった?」真堂丸が二人を見つめる。
「せっ、先生 こんな事は言いたくはなかったでごんすが、あいつは本当の化け物です」
真堂丸は一之助の尋常ではない、何かを怖れる様を見つめた。
「ばっきゃろー決まってんだろ、おめぇらだいたい頭おかしいぜ、相手は本物の伝説になる様な化け物だぞ、そんなのが幹部でしきる大帝国を相手にする自体イかれた行為だろ、人間逃げれる奴は逃げればいいんだよ」
しんべえが声を大にして言った。
「おいっ、大同お前に何か考えはあるか?」
真堂丸の言葉だった。
「てってめえ、正気かよ まじでやるのかよ」
「ああ女狐を討つ」
その瞳には一点の揺らぎもない。
それを見て、聞き、感じた一之助は微笑んだ。
そうだ、あっしは何を言っていたんだ。
向こうが女狐なら。
こちらには真堂丸がいる。
あっしの信頼する、先生がいるではないか。
すまん先生
疑った
すこしばかり疑った
あんたが負けると疑った
許してくれ
先生
「あっしにも全力で援護をさせてください」
大同も声をあげ笑い出す。
「バハハハ、確かにお前さん達はイかれてるよこの人数で闘い、更に女狐を討つだと、あの女狐を。
ハハハッ ここには命をかける価値がありそうだ、
やろう、真堂丸殿に命をたくそうじゃあないか」
「よしっ、やりましょう」と文太
こっこいつら、本物の阿呆だ。
なぜ、自分の命を危険にさらしてこいつらはあんな化け物に立ち向かうんだ?
倒して金がもらえる訳じゃないだろう?
得れるもの?
名声が欲しいような連中にも見えねぇ。
他の人間が苦しむのを放っておけねぇのか?
けっ、馬鹿野郎どもだ。
俺には到底理解出来ない。
他人なんて、どうなろうと俺の知ったことか、知ったこっちゃねえ。
大事なのは自分の命だ。
何よりも自分の事だ。
ドゥーッ ドン ドン ドン ドンッ
「何だっこの音は?」
大同が
「嘘だ 嘘だ 」
突然両足 膝を地面につけてしまった。
町に響き渡る
人々の言葉は
「殿が自害しただった」
町は騒然とし、大同は現場に向かう為立ち上がった。
「誤報かも知れん」
その時だった。
「いや、事実だ」
「おっ、おめえは?」大同は驚いた。
色白の刀を持つ青年がそこに立つ
「お前、この三年間一体何処で何をしてやがった」
「訳を話すと長くなる、大同 女狐を討つなんて馬鹿げた話をこんな外で聞こえる様に喋るとは相変わらずだな」
「だが、僕は必ず役に立つ、どうか僕を仲間に入れてくれ」
「仲間に入れてくれたのなら、僕の持つ全ての情報を渡そう」
そこに立つのは大同の知り合い。
みんなは顔を合わせる。
「分かった良いだろう話を聞こう。だが、まずは殿の確認をしてくる、みなさんはうちで待機しててくれ」
「はいっ」
その頃 大帝国の本拠地の城に秀峰はいた。
「私の計算だと、真堂丸達はそろそろ女狐さんと鉢合わせるだろう、こちらが知らせておいて良かった クックック。
これで女狐さんが奴を殺せば私の地位も上がるだろう、私も出向こうと思ったが、必要ないらしい、 ここに居ながら高みの見物が出来ると言うことか」
「可哀想な真堂丸、いくらあんたが強くても女狐さんには到底敵わない さようなら、笑えるよ。
まさか女狐さんがお前達がそっちにいる事を知っているなどと思ってもみないだろう、本当の絶望を味わうんだな ハッハッハ」
秀峰の笑い声は、黒い雲に覆われた空に響き渡っている様であった。
「まっ、まじかよあの野郎 本当に攻撃するつもりだ、それにあの巨体でなんちゅー身軽さなんだよっ」しんべえは真堂丸を咄嗟に見る。
だが直後に見た光景に驚き声をあげた
「おっ、おいっ何やってんだ」
真堂丸は刀に手すら触れず、ただ真っ直ぐを見つめ立っているだけだったのだ。
大同の巨体はどんどん真堂丸に近づいて来ている。
「馬鹿野郎~死ぬぞ」
大同は先端に大きな鉄の塊がつく、こん棒の様な形の武器を手にとり
そして、振りかざす。
「うわあっ」しんべえはとっさに目をつむった。
ズンッ
「どういうつもりで?」
武器は真堂丸の頭のすぐ真上で止まっていた。
「お前には最初から殺気はなかった、さしずめ、俺の力を試したかったんだろう」
「あははは、さすがだ。こりゃあかなわねぇ、いかにも実力の程を知りたくて、本当に女狐を討つ可能性などあるのかを知りたかった、失礼しました」
しんべえはびっくりして腰を抜かす。
やっぱりこの人種共はいかれてやがる。へたすりゃ、死んでるんだぜ、本当にいかれてるとしか思えねぇ。
大同は武器を地面に置いた。
「正直女狐を相手にするのは恐ろしい…だが、自分は真堂丸殿を信じてみようと今決めた」
しんべえは思った。
こいつらマジだ本当にあの女狐と闘うつもりだ。
確かに真堂丸は強い、それは烏天狗との闘いで充分分かった。
だが相手は自分が小さい頃から既に伝説として語りつがれていた程の化け物。
こりゃあ、はやいとこ逃げないとやばい。
あいつらは本気で闘う事になる、あの女狐と…
文太と一之助が町を出て二時間がたった頃
町の景色が見えて来た。
「あそこですね」
「文太さん、先生が言った通り、手は出さないほうがいい」
「はいっ」
「最悪の状況でも絶対に」一之助の目は本気だった。
僕はその言葉に息を呑んだ。
その町の人々も、まるで生気のない人間のように見えた。そしてやはり何かに恐怖している様、僕の目の前には再び恐怖に取り憑かれた人々が目に映る。
「これほどまでの支配力、どれほどの女なんだ」一之助は一層警戒を強めた。
それは町に入ってすぐの出来事
町の人間達が急にざわめき始めたのだ。
「なっ、なんだか騒がしいですね」
生気の無い人々が、ぼそぼそと何かを言ってるのだ。
「なにか喋ってる」
文太はその言葉を耳にしてゾッとした。
「女狐様が今日の行列に参列する」
この時、一之助は瞬時に感じた事があった、これは女狐を討つ最大の機会でもある、もし自分にやれそうだったら、これは最大の機会でもある。
無論、自分の言った事、言われた事も覚えている。
ただ、もし討てると確信したら行列の最中叩き斬る。
「一之助さん、女狐が参列するって事で、ちょっとまずい事があるんです」
「何ですと?」
その言葉にやや、なにかしらの理由があると感じた一之助。
「僕以前、女狐って幹部に多分会った事があります」
文太の記憶に蘇るのは自身が大帝国の城に捕まった時。
それを思いだし、文太の足は自然に震えていた。
一之助はそれを見逃さなかった。
「文太さん、あんたは顔が知れてるなら絶対に会ってはまずい、行列にはあっし一人で行く、どこかに隠れていてください。場所を決め、後で待ち合わせましょう」
僕は頭に笠(かさ)をかぶり顔を見えにくくするようにし、一之助の言葉通り何処かに隠れる事にした。
待ち合わせ場所を決め僕らは二手に別れた。
その直後だった
シャリン シャリン シャン シャン
大量の鈴が一斉に鳴り、不気味な音が町中に響き渡る
シャンッ シャンッ
町の人間は一斉に頭を地面につけ、一之助はすかさず、その行列の最も近い一番前の最前列に身を伏せた。
ここに女狐が来る、一之助は息をひそめじっと座りこんだ。
シャリン シャン シャリン シャン
シャン シャアアンッ
一之助は伏せている間、回りの人間の反応を見ていた。
人々の身体は全身震えている。
よっぽど恐いのだろう。
小さな子供達まで、震えて頭を地面につけている。
なんて光景なんだ……
その時だった、女狐行列と呼ばれる行列が目の前に姿を見せ始める。
シャリン シャン シャン シャン
シャンッ シャンッ
先頭を歩く兵が叫んだ
「立ち上がる者は即座に斬り捨てる」
だが何という事だ、直後、立ち上がってもいない町の人間を何人も平然と斬りながら笑い歩く兵。
一之助の拳は力強く握られた。
これが人間のすることか?
腹の底から怒りが湧き上がっていた。
堪えるんだ、今は耐えろ
自分に言い聞かせる一之助。
その時、一之助の視界に八人の男達によって高く担がれている真っ黒のとても大きな大きな木の箱が目に入る。
それは漆黒の闇を表しているような不気味な箱であった。
瞬時に感じた、あの中に女狐がいる。
一之助は思った、今なら即座にあの箱ごとブった斬れるのではないか?
だがその直後
自分の考えがいかに愚かだったかを一之助は身を持って知ることになる。
突然行列は止まり
黒い箱の一部が開き、そこから中にいる女の目の部分だけが外を覗き込むように見つめていた。
冷徹で表情、感情の無い瞳が箱の中からじっと見ている、視線は動かず、ただ外をを見ていた。
「今何処かの蟻が妾に殺気を向けおったな」
一之助は女狐の目を一瞬見たのち、もう二度と直視することは出来なかった。
なんという恐ろしい目。
一之助は震えていた。
本物の怪物だ。
死など毎回覚悟してあっしは闘って来た、正直今更死などは怖れてはいない。
だが、奴の視線からは死の恐怖以上の恐怖を感じたのだ。
こころは正直だった。
こわい こわい こわい こわい
こわい こわい こわい
まさか、あっしがこんな気持ちになるなんて、身体の震えは止まらなかった。
正直に感じるのは、一刻もはやくこの場を去りたいだった。
奴を目の前にして感じること
それはさながら自分は本当に小さな小さな蟻で目の前には人間よりも巨大で凶暴な猛獣が立っているそんな感じを味わうのであった。
真っ黒の箱から見える目玉は一点を見つめていた。
ゴクリ。実はもし、この時一之助が一瞬でも顔をあげていたら即座に頭は吹っ飛んでいたのだ。
箱は中から閉じられる
シャン シャン シャリン シャン
一之助は大同の言葉を理解した、奴は支配するのにわざわざ町に出て力を見せつける必要すらない。
あの目を見て、あの女の持つ空気を感じれば誰もが戦意は消失する。
この時一之助は自分が女狐と闘っても赤子が闘うのと変わらないことを感じとっていた。
勝てない絶対に、あんな化け物には。
こころの中に浮かんだのは真堂丸の顔だった。
先生あんたはこんな奴らと闘わなきゃいけないのですか
先生
先生
先生っっ
ガタガタガタガタガタッ
身体が震えだす
あんたがもし負けたら この世界にあんなのに勝てる人間はいないだろう。
一之助は目をつむった。
あんな存在の目は生まれてはじめて目にした。
恐ろしすぎる、見たこともないような目。
悪夢の様な一瞬は過ぎ。
行列が終わった瞬間、一之助はすぐさま待ち合わせの場所に急いだ。
「文太さん、一刻もはやくこの町を出よう」
「えっ?」
「女狐は本当にやばい、この事だけでも先生に伝えましょう」
僕は一之助さんの様子を見て確信した。
女狐は今までの敵以上に強く危うい、そう直感していた。
町を出る帰り道一之助が語りはじめる。
「あっしも、数々の人間を見たが、あいつは、別格でごんす、暗妙坊主ともまた違う、何か恐ろしい力がある気がしてならぬ、先生を疑うつもりはないでごんすが、あんなの相手に本当に先生は闘うんでごんすね」
あの一之助さんをこんな気持ちにさせるなんて、
強いからこそ相手の強さを肌で直に感じてしまう。
一体一之助さんは女狐を見てどこまで相手の力を感じとったのだろう?
ひとつ、気がかりだったのは一之助さんは真堂丸の強さを知っている、それにもかかわらず、こんな風に言うなんて、女狐 只者ではない。
なにか嫌な予感がした。
みんな無事に事が済むよう心の中、僕は祈った。
正直まだ、足が震えている。
あの底が見えない闇の瞳
一瞬見たあの視線が忘れられない、頭から離れない。
これだけ、鍛練された一之助の精神を持っても目をつむればあの恐怖が、あの視線が頭の中に浮かびあがる。
先生、あっしは先生に何を言えば良いんだ。
あいつは恐怖そのものだ、そんな事を口にしろと言うのか。
あれと闘う人に向かって・・・・
突然だった。
後ろから沢山の人間の悲鳴
「なっ、なんでごんすか?」
「ただごとじゃないですね、戻りましょう」文太が町に戻ろうとした時だった。
一之助が文太の腕を掴んだ。
「すみませんが、ダメだ、今助けに行ったら二度と戻れなくなる、ここは苦しいが堪えるしかない、あっしらが行っても何も出来ない」
そっ、そんな。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ」
「すまぬ、今は逃げるしか出来ない」
それは、仕方のない判断だった。
そして、確実に言えた事は、もしこの時二人が町に戻っていたら。
二度と帰ることは出来なかっただろうということだ。
町では、人間を片っ端から斬る
女狐が暴れていたのだった。
「アハハハハハハハハハハハ」
一瞬でその場は地獄の断末魔に包まれた。
夕方を過ぎた頃。
僕らは大同さんの住む町に無事戻って来ていた。
町にもすんなりとはいれ、真堂丸達と合流した。
僕は真堂丸の顔を見て少しほっとしたそんな心持ちになる。
「二人とも、やけに疲れきった顔をしているな」
大同が二人の疲れきった様子に気付く。
「何があった?」真堂丸が二人を見つめる。
「せっ、先生 こんな事は言いたくはなかったでごんすが、あいつは本当の化け物です」
真堂丸は一之助の尋常ではない、何かを怖れる様を見つめた。
「ばっきゃろー決まってんだろ、おめぇらだいたい頭おかしいぜ、相手は本物の伝説になる様な化け物だぞ、そんなのが幹部でしきる大帝国を相手にする自体イかれた行為だろ、人間逃げれる奴は逃げればいいんだよ」
しんべえが声を大にして言った。
「おいっ、大同お前に何か考えはあるか?」
真堂丸の言葉だった。
「てってめえ、正気かよ まじでやるのかよ」
「ああ女狐を討つ」
その瞳には一点の揺らぎもない。
それを見て、聞き、感じた一之助は微笑んだ。
そうだ、あっしは何を言っていたんだ。
向こうが女狐なら。
こちらには真堂丸がいる。
あっしの信頼する、先生がいるではないか。
すまん先生
疑った
すこしばかり疑った
あんたが負けると疑った
許してくれ
先生
「あっしにも全力で援護をさせてください」
大同も声をあげ笑い出す。
「バハハハ、確かにお前さん達はイかれてるよこの人数で闘い、更に女狐を討つだと、あの女狐を。
ハハハッ ここには命をかける価値がありそうだ、
やろう、真堂丸殿に命をたくそうじゃあないか」
「よしっ、やりましょう」と文太
こっこいつら、本物の阿呆だ。
なぜ、自分の命を危険にさらしてこいつらはあんな化け物に立ち向かうんだ?
倒して金がもらえる訳じゃないだろう?
得れるもの?
名声が欲しいような連中にも見えねぇ。
他の人間が苦しむのを放っておけねぇのか?
けっ、馬鹿野郎どもだ。
俺には到底理解出来ない。
他人なんて、どうなろうと俺の知ったことか、知ったこっちゃねえ。
大事なのは自分の命だ。
何よりも自分の事だ。
ドゥーッ ドン ドン ドン ドンッ
「何だっこの音は?」
大同が
「嘘だ 嘘だ 」
突然両足 膝を地面につけてしまった。
町に響き渡る
人々の言葉は
「殿が自害しただった」
町は騒然とし、大同は現場に向かう為立ち上がった。
「誤報かも知れん」
その時だった。
「いや、事実だ」
「おっ、おめえは?」大同は驚いた。
色白の刀を持つ青年がそこに立つ
「お前、この三年間一体何処で何をしてやがった」
「訳を話すと長くなる、大同 女狐を討つなんて馬鹿げた話をこんな外で聞こえる様に喋るとは相変わらずだな」
「だが、僕は必ず役に立つ、どうか僕を仲間に入れてくれ」
「仲間に入れてくれたのなら、僕の持つ全ての情報を渡そう」
そこに立つのは大同の知り合い。
みんなは顔を合わせる。
「分かった良いだろう話を聞こう。だが、まずは殿の確認をしてくる、みなさんはうちで待機しててくれ」
「はいっ」
その頃 大帝国の本拠地の城に秀峰はいた。
「私の計算だと、真堂丸達はそろそろ女狐さんと鉢合わせるだろう、こちらが知らせておいて良かった クックック。
これで女狐さんが奴を殺せば私の地位も上がるだろう、私も出向こうと思ったが、必要ないらしい、 ここに居ながら高みの見物が出来ると言うことか」
「可哀想な真堂丸、いくらあんたが強くても女狐さんには到底敵わない さようなら、笑えるよ。
まさか女狐さんがお前達がそっちにいる事を知っているなどと思ってもみないだろう、本当の絶望を味わうんだな ハッハッハ」
秀峰の笑い声は、黒い雲に覆われた空に響き渡っている様であった。
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その他、諸説あり、作品をフィクションとして楽しんでいただけたら幸いです。物語を鵜呑みにしてはいけません。
宮本武蔵が弁助と呼ばれ、野山を駆け回る小僧だった頃、有馬喜兵衛と言う旅の武芸者を見物する。新当流の達人である喜兵衛は、派手な格好で神社の境内に現れ、門弟や村人に稽古をつけていた。弁助の父、新免無二も武芸者だった為、その盛況ぶりを比較し、弁助は嫉妬していた。とは言え、まだ子供の身、大人の武芸者に太刀打ちできる筈もなく、お通との掛け合いで憂さを晴らす。
だが、運命は弁助を有馬喜兵衛との対決へ導く。とある事情から仕合を受ける事になり、弁助は有馬喜兵衛を観察する。当然だが、心技体、全てに於いて喜兵衛が優っている。圧倒的に不利な中、弁助は幼馴染みのお通や又八に励まされながら仕合の準備を進めていた。果たして、弁助は勝利する事ができるのか? 宮本武蔵の初死闘を描く!
備考
宮本武蔵(幼名 弁助、弁之助)
父 新免無二(斎)、武蔵が幼い頃に他界説、親子で関ヶ原に参戦した説、巌流島の決闘まで存命説、など、諸説あり。
本作は歴史の検証を目的としたものではなく、脚色されたフィクションです。
仇討浪人と座頭梅一
克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。
旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。
白物語
月並
歴史・時代
“白鬼(しろおに)”と呼ばれているその少女は、とある色街で身を売り暮らしていた。そんな彼女の前に、鬼が現れる。鬼は“白鬼”の魂をもらう代わりに、“白鬼”が満足するまで僕(しもべ)になると約束する。シャラと名を変えた少女は、鬼と一緒に「満足のいく人生」を目指す。
※pixivに載せていたものを、リメイクして投稿しております。
※2023.5.22 第二章に出てくる「ウツギ」を「カスミ」に修正しました。それにあわせて、第二章の三のサブタイトルも修正しております。
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
富嶽を駆けよ
有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★
https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200
天保三年。
尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。
嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。
許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。
しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。
逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。
江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。
霧衣物語
水戸けい
歴史・時代
竹井田晴信は、霧衣の国主であり父親の孝信の悪政を、民から訴えられた。家臣らからも勧められ、父を姉婿のいる茅野へと追放する。
父親が国内の里の郷士から人質を取っていたと知り、そこまでしなければ離反をされかねないほど、酷い事をしていたのかと胸を痛める。
人質は全て帰すと決めた晴信に、共に育った牟鍋克頼が、村杉の里の人質、栄は残せと進言する。村杉の里は、隣国の紀和と通じ、謀反を起こそうとしている気配があるからと。
国政に苦しむ民を助けるために逃がしているなら良いではないかと、晴信は思う、克頼が頑なに「帰してはならない」と言うので、晴信は栄と会う事にする。
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