ブラインドワールド

だかずお

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『黒楽町へ』

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真っ暗闇に包まれていた昨日が嘘の様に、翌日の空は明るく、カーテンから漏れる陽射しが、部屋に一筋の光を招き入れ壁に映しだされていた。
それは、先の見えなかった現状に差す、一筋の希望にも見えた。
光堂はベランダに出て外の景色を眺めていると、こんなことを感じる。
今まで何かを見るという事を、自分はしてなかったんではないか?
何故そんな風に感じたのか?
そう、俺は今日、死ぬかも知れないからだ。
死を直視した事が、普段当たり前に目の前に広がる風景を、今この瞬間と言う時が、どれだけ大切なものだったのかと言う事を思いださせた。
当たり前に続くと思っていた日常
もう死んだら、二度とこれを体験出来ない……
雲って、良く見ると、あんな色をしていたんだなぁ。
友の顔は良く見るとあんな顔をしていたんだ。
今着ている洋服はこんな肌触りなんだ。
普段全く感じない様な事を感じている。
何だか今が、愛しい気すらして来た。
自分が今までは死んでいて、実は今生まれたんじゃないかと錯覚するくらいの、すがすがしい自分を観察して光堂は笑った。
これが最期の機会かもしれないんだもんな、この家から見える景色を眺めるのも。
何だか、ベランダの手すりを触る、感触すら愛しく思える。
死を直視する事でまざまざと生と言う実感を噛み締めた瞬間であった。

光堂は自分が死ぬという事はあまり恐れてはいなかった
それは何故だかは分からない、もしかしたらこの世界に来た時から、今までの常識は壊れ去り、既に生きているという実感があまり感じられなくなって居たのかもしれない。
それより何よりも、恐かったのは大切な仲間を失う事だった。
一人で黒楽町に行く方が失う恐れがない分、気が楽だったかもしれないなどとも考え、ウイスキーを口にふくんだ。
なんとしてもマサは無事に帰す、命にかえても、そんな使命感のようなものが心の中にあった。
部屋の中を覗くと、マサはお酒を飲んでいる
多村は何やら考えてる様な、真剣な顔
ペレーは下を向き、うつむいている
こんな時だからか冷静にみんなを見てる自分が居た
風が吹き、光堂は風を身体で感じる。
芳醇な香り、とても優しい風だった。無論こんな事、今まで感じた事はない。
目の前に迫った死が、今に心を据えさせた。

光堂は部屋に戻りマサに尋ねる
「準備は良いか?」

「うん」
二人は鞄に少しの食料、命を守れそうな武器を詰め、黒楽町へ向かう事にした。

「二人共、色々ありがとう 元気でやれよ」
光堂は多村とペレーに挨拶をした。
マサも二人に感謝の言葉を伝えている。
その時、多村が
「ところでお前等二人で、どうやって黒楽町まで行くんだ?」

「そりゃタクシーにでも乗ってさ」

「誰も怖がって行きやしないよ」

「歩くしか方法がない」

「そうか分かった、誰かに道でも聞いて、歩いて向かうよ」光堂は言った。

「途中まで俺が道案内しよう」多村はそう言い玄関に向かう。

「おいっ、何を言ってるんだ、よせ」光堂が言った

「途中までだ 案内くらいさせてくれ」多村の表情は真剣そのもの、こうなると多村は聞かない。

「多村、本当に途中までだからな、帰らないでついてくる何て言った時は、ぶっ飛ばすからな」光堂も本気だった。

「知ってるよ」
三人は荷物を持ち外に歩き出す。

出る時、光堂はペレーに声を掛ける「元気でな」
そこに返事はなかった。
何か、その場所が、ごっそり切り取られてしまったかの様な沈黙と言う時間が流れる。
ペレーは三人が、もう二度と帰らない事を知っていたのだ。
光堂が最後に振り返って、目にしたペレーは部屋でうつむいて立ち尽くしていた。
光堂は、それ以上、ペレーに声はかけられず歩き出す。

「多村ところで歩いてどれくらいの距離なの?」マサが尋ねた。

「50キロはあるな」

「50キロ歩くの マジか」

「悪いが俺は免許はない、歩く以外に方法はないな」多村が言った

「途中までだって誰もあんな場所に行きやしないさ、タクシーやら交通機関が走ってるのはこの街までだ、この先は歩くしかない」

しょうがない歩き続けよう。
昨日まで一日夜だった外が嘘の様に晴天で、街は賑わっていた。
やっぱ、あり得ない世界だよここは、犬とゴリラが洋服を来て世間話をしてたり、顔が馬で身体が人間の生物などが居るんだから光堂は思う。

「そーいや多村、俺たちは色んな変な生き物達をこの世界で見たんだが一体どれだけいるんだよ?主に社会を中心に動かしてるのはどの種族とかあるのか?俺たちの世界では人間だけだけど」

「主体の種族?」

「中心というか、なんと言うか、法律やルールを決めたり」
あまり意味が伝わらなかったのか、多村は意味が分からない様だった。
どの種族が統治する、そんな発想はないのかもしれない。
この世界には法律も秩序だったルールも、政治も何も無いのかも知れない。
光堂はそれ以上聞くのをやめた。

「俺たちも実は、どんな存在がいるか知らないんだ。たまに街で見たこともない存在を見て驚く事もある」

「やっぱここ凄い世界だね」マサが笑い出す。

「こないだ街を歩いてる時に、頭の無い人間が歩いてて 初めて見るんで驚いて見ていたら そいつがお腹をめくったらそこに顔があるんだ 笑ったよ」

「住んでる人間すらも、知らない生物が居るのか、可笑しいなそりゃ」光堂も笑う。
ことごとく二人の常識は壊されていく。
少し歩いて、三人は朝食をとる為、カラフルな色の、何だか近未来的なつくりの喫茶店に入った。
店員は人間の女の子で、とても可愛いらしい女性
「この子を見れただけでも、この世界に来たかいがあったよ」光堂は小さな声で囁き、二人はほくそ笑む。
隣ではカラフルな皮膚をした人間が、無表情でペロペロキャンディを舐めている。
光堂はトーストを食べながら、チラチラ可愛い店員を眺め、マサはビールを飲み、多村はコーヒを飲んでいる。
「お前等、これから死ぬかも知れないってのに笑えるな」
多村は自分の膝が、ガクガク震えてるのを見ながら言った。

「あはは、もうこんな世界 目にしてたら、死んだんだか、生きてるんだか、いまいち分からないからかもな」

「ここで生まれたら、これが普通だったんだね」マサがボソッとつぶやく

「普通か」光堂は外を見つめた

普通 常識そんなものは、当たり前だが、いつでもどこでも見る人間の視点、時代、場所によっていくらでも、ひっくり返ってしまう事にこの世界に来て気づいた。
普通、常識、概念そんなものは人間や見えてる世界によって、作られた鳥かごのような物に思えた。
人間が作った社会と言う概念の外に、なにか大事なものがあった様なそんな気すらした。

食事を済ませ三人は外に出る
「何だか不思議なひと時だった」マサは既に軽く酔って来てる様だ。
「さあ進もう」
三人は再び歩き続ける、最初は意気揚々としてたものの、四時間後には口数も減り、額から汗もだらだらと、垂れ始めている。
歩き続け、目に映る風景がみるみる変わって行く事に、光堂とマサは驚いた。
先程まで沢山居た人は、少なくなり
景色も大分変わり始めていた
さっきまで並んでいたビルや、小洒落たお店などが嘘の様、だんだんと街全体の雰囲気は悪くなり、荒廃した感じになってきている。
それに、地面に倒れてる人間も、多く視界に入り始めた。

「ここまでは昔、来た事があったんだ、黒楽町がどんな所か気になって友達と来たんだけど、これ以上は怖いから、この辺りで引き返した」多村が語る。

「こんな不気味な雰囲気で、その黒楽町って世間で呼ばれてる所には入ってないのか?」

「ここはまだ全然だ、あれ見ろ、まだ警察が居るだろう まだここは安全地帯だよ」
光堂とマサは自分達がいかに危険な場所に行こうとしてるのかを知った。

一体黒楽町とは?

三人は地面に座り、少し休む事に。
「なあ、お前等考えなおす気はないか?本当に黒楽町に行ったってこっちの世界の光堂が居るとは限らないし 他に方法はあるんじゃないか?」

もっともな意見だった。
二人の黒楽町に向かう覚悟は、少し揺らぎ始める
その時、身長二メートルはあるであろう、顔に傷のあるゴリラが驚いた様子でこちらを見つめていた。
そのゴリラはこちらに近寄って来る
三人は身構え、光堂はカバンにいれたナイフを掴んだ。

「あんた黒楽町にいた奴じゃないか生きて出られたんだな」
光堂を見てゴリラは話しかけてきた

「えっ、何だって」
近寄って来たゴリラには、何故か腕がない。

「どういう事だ?」

「あんた黒楽町の中で、訳の分からない事を言ってたじゃないか、違う所から来る自分を、元の場所に戻す為ここに来たと」

「何だって?」
やはりこの世界の俺は、何かを知っていて、元の世界に俺を戻す為 どういう訳か黒楽町に入ったんだ。

「何処で会ったんだっけ?」
話がややこしくなりそうだからトボけるように光堂はきいた。

「黒楽町の壁に、一と書いてある皆が酒をかっくらってる場所だった」

「しかし俺は運が良すぎた、両腕を失うくらいで奇跡的に出れた」
ゴリラの言葉は三人を震えあがらせるのに充分だった。

ゴリラは質問の答えをまっている「お前は一体?」
黒楽町から生きて外に出て、更に無傷の謎の男に心底驚いた表情をしている。

「スーパーマン」光堂が真顔で答える

ゴリラはからかわれてると思ったが、あまりこの得体の知れない男に関わらないほうが良いと思ったのか、こくりと頷き、すぐに背を向け歩き出す。

「おいっ」光堂がゴリラに呼び掛けた
巨体のゴリラは全身ブルブル震えさせている。よほど、俺の事を得たいの知れない奴だと思ってるのか。
「どうして黒楽町に入ったんだ?」

「自殺しようとして行ったんです、でも生きたくなって、また戻って来ました」急に敬語に変わりゴリラはもう、光堂に関わりたくなさそうだった。
頭を下げ、ゴリラは一目散にその場を去って行く。
あのゴリラは自ら死に向かい、いざ直面したら、生への強い欲求が芽生え、両腕を失ってまで生に対する強い意志を持った。
「長生きしろよ」光堂は心の中、ゴリラに言った。
いかに黒楽町から、無傷で無事に出てくる事が、あり得ない事なのかを、ゴリラの態度と状況が物語っていた。
その瞬間だった、一発の銃声が辺りに響きわたる
ゴリラは即死だった。
「嘘だろ、一体何処から発砲されたんだ?」
それははるか前方ゴリラの来た道からだった。
一台の車は走り去っていく。
「まっ、まじかよ……」

「これが黒楽町だ、生きては戻れない……」

思っていた以上の現状を目の当たりにした光堂とマサだったが
「俺達が、自分の世界に戻る手がかりは、黒楽町にある事は確かだな、やはり行くしかない」
光堂とマサは、もう本当に後には引けない事を覚悟した上で決断していた。

「おいっ多村はもう充分だ帰れ」光堂が言った。

「光堂まだ大丈夫だ、せめて黒楽町に着く半分の所くらいまでは案内させてくれ、ここから迷って着けないんじゃ意味はないだろう?」

「今の見ただろ!これ以上は駄目だ、帰れ」

「あいつは黒楽町に入ったから狙われたんだ、入らなきゃ大丈夫だ、俺達がさっきゴリラの様に殺されなかった事でそれが証明されただろ」

光堂は考える
「本当にまだ大丈夫なんだな?」

「ああ、入らなければ大丈夫だ」
三人は再び歩き始めた、治安はずいぶん悪化してきてはいたが、まだ人々の生活感はある。
ボロボロのコンクリートの中に住んでる家族
ゴミクズの様な洗濯物などが干してあったり
道端で何かを焼いたりしてる人などもいた
人々はこんな場所でも、生きて生活をしている
光堂は少しホッとした。
確かにこんな感じなら多村は無事に帰れそうだ。
すると突如後ろから一台の車が、三人にクラクションを鳴らしてくる。
振り返るとそこには
車に乗ったペレーがいた「ペレーどうして?」

「ペレーにも案内させてくれウキ、多村は運転出来ないから、ドライバー必要ウキよ」
光堂とマサは、何だか嬉しかった。
多村も驚いていた、まったくペレーの奴め。
三人はドアを開け、車に乗りこむ、クーラーの効いてる車内に感動した。
「礼はいいウキ 行くウキよ」ペレーはそう言い、かっこつける為にサングラスをかけた。
「このシチュエーションには、これウキ」
ペレーの冗談交じりの気遣いに三人とも笑う。
礼は言わなかった。
言葉以上のもので、四人は分かりあえて繋がっているそんな感じがしていたからだ。
車は黒楽町に向かい進み始める、進むにつれ緊張の為か、車内の会話はなくなっていった。
今やもう町がなくなり、何もない荒れた地を走っている

「道なき道か」光堂は外を見て囁いた。

四人の車は一刻一刻、黒楽町に近づきつつあった。
車内は緊張と恐怖によって、重苦しい空気に包まれている感じがする、外では不気味な風がうなり、四人をあざ笑うかのよう叫んでいるようだった。
車は黒楽町に近づき進んで行く。

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