終末未来に転生して新人類最初の【ママ】となった私、旧人類からは悪魔と呼ばれてしまう。 ーヘキサゴナル・ギルティ・クレイドルー

阿澄飛鳥

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第一章

14.【脈動⑨】

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「軍用モデルが出てくるなんて聞いてないぞ!?」

 通路の先で悲痛な叫び声が聞こえてくる。
 
 ベローナは弾丸が飛び交うその通路の真ん中で、堂々と銃を構えて前進していた。

 相手は角に隠れたまま銃だけを出して、こちらに散発的な射撃を放ってくる。いわゆる、めくら撃ちというやつだが、命中精度以前にその銃の威力ではベローナのシールドを貫通できない。

「それはこちらの戦力を低く想定しすぎですわね。死にたくなければ撤退をお勧めしますわ」

「クソがッ――ッぶふッ!」

 ベローナは返答がすると、状況に耐えかねた男が体を晒した。こちらのシールドが火花を散らしながら鉛玉を弾く中、【EM6A3 電磁投射突撃銃】を一発放つ。

 射出された6.8ミリケースレス弾がシールドを易々と貫き、男の喉に赤い花を咲かせた。

 ベローナたちの持つ火器は電磁投射式のため、威力の調整が可能だ。それこそ当たってもせいぜい強化プラスチックに刺さる程度から、フル装備のコンバットスーツによるシールドを貫通可能な威力まで。

 現在のベローナたちには、その最大威力の使用が許されている。

 それは、アドニシアをマスターとしたことによる影響だった。クレイドルに危害を加える存在には、ベローナの判断で持ちうる全ての武装と機能を使用できる。
 民生品のライフルやシールドで太刀打ちできるわけがない。
 
 なんという愚かな行為だ、とベローナは思う。

 相手は軍人というよりアウトローのような戦い方だ。ろくな訓練も受けていないのだろう。あんな風に出てくれば殺すしかない。なるべく人間への殺生は避けるようにしているが、負傷した人間を置いて行かれても困るのだ。

 それよりも速やかに制圧してイーリスの下へ向かわねばならない。

 ベローナは敵に圧力をかけて撤退を促しながらも、すぐさま全員を射殺して移動したいという欲求に駆られていた。
 
「戦力を集中させろ! フロイドはなにやってる!?」

「ジャミングです! 通信不能! 何が起きて――うッ!?」
 
 と、通路の奥で別の発砲音が鳴る。

 側面に回り込ませていた一隊が到着したのだ。

「だ、駄目だ! 撤退しろ!」

 その声に、後ろで援護していたオートマトンと入れ替わり、敵への追撃を命じた。殺すのではなく、あくまで装備とオートマトンの破壊を主目的に据えて、クレイドルの外へと追い立てる。
 
 山から下りてきた野生動物を帰すように。

 人間も元は獣なのだろうか、とベローナは廊下を引き返しながら思った。

 
 ◇   ◇   ◇
 
「ああ、もう! しつこいんだぞ!」

 叫びながらの掌底が敵のオートマトンの腹部に刺さり、掌から発動した電撃が神経系をダウンさせる。

 非殺傷用の【電撃波パラライズウェイブ】だ。これが効くということは、このオートマトンは対電磁波加工されていない民生品に武装させたものなのだろう。

 それ故に、ティアの速度に対応できていない。

 ティアは背後から自分を狙って撃たれた銃弾を身を振って避ける。シールドを使うまでもなかった。初速の遅い拳銃弾など、1メートルの距離であっても回避することができる。
 
 出力の許す限り身体性能を無制限に強化できる権限――――それこそが、アドニシアをマスターとしたティアに与えられた力だ。
 知覚速度から運動性能まで、数値上は100倍近い値を叩き出すことができる。ヘクスのエネルギーによる異次元の力により、実現できる超人的な戦闘能力だ。

 背後にいた敵の手首を回し蹴りで飛ばす。
 
 相手が人間の部隊でなくてよかった、とティアは安堵した。人体は手加減が難しい。
 オートマトンならば、無力化は簡単だ。頭部さえ破壊しなければ廃棄処理にしなくても済む。

 実際には目で捉えられぬ速度で迫る銃弾も、ティアにとっては止まっているも同然だ。
 あらゆる方向から銃弾が放たれる中、冷静に敵の部隊を観察する。

 一番後ろから1人だけアサルトライフルを構えているオートマトン――あれが部隊のリーダーだ。あれを先にやるべきだ。

 ティアは銃弾の雨の中を踊るように進む。特に無差別な射撃ではない場合、射線の流れを掴めば当たらない位置を把握するのは簡単だ。全て自分に向かって撃たれているのだから、射撃精度を考慮した以上の距離を動けばまず当たらない。そして、絶対に弾が通らない空間を、自分の小さい体ですり抜ければいい。

 目標まで、約10メートルだ。その間にすれ違うオートマトンの銃を破壊したり、マガジンを抜いたり、ブローバックするスライドにちょっかいをかけて弾詰まりを起こさせる。

 と、そこで目的のリーダー機と目が合った。

 どうやら相手も知覚速度を向上させているようだ。スローモーションの世界の中で、リーダー機だけがアサルトライフルが持ち上げる。
 銃口がこちらの頭部に向けられる。狙いも正確だ。警備用か軍用のFCS火器管制システムを積んでいるのだろう。

 比較的鋭い速度の弾丸が飛び出てきた。円錐形の飛翔体がティアの額にぐんぐんと迫る。だが、狙いが正確なら予測も正確に行える。
 銃口の向きで弾丸の飛翔コースさえ予測してしまえば、撃たれる前から脅威ではない。

 ティアは壁に柔らかく足をつける。足裏と壁との摩擦を窺いながら踏み出すと、壁を走った。

 加速行動中は力加減を調整する必要があった。軽い跳躍でも天井にぶつかる可能性がある上、強く踏み込もうものなら床が抜けてしまうのだ。

 だから、ティアは舞う。慎重な足運びで壁を走り、足音もなく敵の背後へと滑らかに滑り込んだ。

「対象脅威度クラス4、術式使用――【衝撃波ショックウェイブ
 
 ティアは呟きながら、リーダー機の背中に掌を当てる。

 このオートマトンをクラス4――殺傷力のある兵器で実力行使が求められる脅威として認識をしたことを告げ、ティアのヘクスから光が放たれた。

 それは電磁波でも熱でもない。ただの圧力だ。しかし、チタンやセラミックなどの複合素材で構成されたオートマトンの背骨を砕くには、十分すぎるほどの爆圧でもあった。

 瞬間的に空間を膨張させた際の鈍い音と共に、リーダー機の上半身が吹き飛ぶ。アサルトライフルを握ったまま両腕を広げた状態で飛んでいったそれは、向こう側にいたオートマトンたちにぶつかってようやく止まった。

「あっ……ああぁぁぁ!?」

 そんな光景を見送っていると、ティアの後ろから叫び声が上がる。そして、同時に銃弾が飛んできた。

 人間だ。男が30メートル先から闇雲にアサルトライフルを連射している。
 直撃コースで飛んできた数発の銃弾を体を曲げて避けたが、そのうちの一発が彼の仲間だろうオートマトンに当たってひっくり返った。

 それを見て、ティアは怒りを覚える。

「当てる自信がないなら撃つんじゃないぞッ!」

 言いながら、ティアは自分の真横を掠める銃弾を――掴んだ。

 指先に小さく展開したシールドが運動エネルギーを吸収し、鉛弾がその形を保ったまま手の中に収まる。

「このッ――ばかちんッ!」

 それをティアは大きく振り被って、投げた。
 
 たった7グラム程度の金属体だが、投擲といえどティアの肩力なら銃撃とさほど変わらない。
 投擲された鉛弾は狙い過たず男の右ひざに刺さった。

「あぐぁ!? あ、あぁぁぁ~……」

 それだけで男は戦意を喪失したらしい。足を引きずって逃げてゆく。

「そんな程度なら最初から来るんじゃないぞ! バーカバーカ!」

 ティアは、その背中にあらんかぎりの大声で叫んでいた。

 オートマトンを先兵にし、リーダー機が破壊されれば錯乱し、自分が負傷すれば惨めに帰っていく。自分は殺されないという傲慢さが透けてみえる。
 そんな覚悟でこのクレイドルを襲ってきたことが、ティアは腹立たしい。

 もしまた来るようであれば、次は容赦はしない。

 たとえ人間であっても、躊躇なくその命を奪うことをティアは決めた。それを決められる力がティアにはある。
 子供たちを守るためなら、主人と同じ蛮行を、罪を被ることなど大したことではない。

 ティアはすでに、アドニシアと共に歩むことを決めているのだから。









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