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第一章

12.【脈動⑦】

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 モーターの駆動音と共に、隔壁が天井の中に格納される。
 中途半端に停止していた隔壁が滑らかに動くようになったのを確認して、イーリスは息をついた。
 
「じゃあ、ここは終わりね。少し休みましょう」
 
 オートマトンのボディとて、長く歩いていれば多少の疲労も溜まる。

 船内の広さにうんざりしながら、イーリスは休憩をピクシスたちに言い渡した。すると、彼女たちは各々に座り込んだり、世間話をし始める。

 不思議なものだ、とイーリスは思った。彼女たちは個性を求められて作られたモデルではない。しかし。活動期間が長くなるとその蓄積したデータが行動パターンを形作り、個性として表に出てくる。

 【アルプス】と名付けられた個体が腰の後ろに手を回して暇そうに揺れるのも、【ピンクレディー】が休憩と言っているのに道具を整理しているのもそうだ。

 イーリスは自分を含めてオートマトンを道具だと思っていたが、改めてピクシスたちを見るとその認識を改めなくてはいけないのかもしれない。

 家族、という言葉が頭に浮かぶ。オートマトンすべてを数に入れてしまうと百人近い人数になるだろう。随分な大家族だ。

 明確な感情ではないが、それは「良い」ことだ。
 
 その中心で母として振舞うアドニシアの存在の大きさに、イーリスの頬が緩む。心を許した人が優れていると思うだけで、イーリスは喜びを感じていた。

「い、イーリス様」
 
 不意に声を掛けられて顔を上げると、目の前に【あかね】が立っていた。どこかおぼつかない足取りで、こちらに手を伸ばそうとしている。

 意図が分からず首を捻ったその時、それは起こった。

「正体不明の命令コードを検知しししししし――」

 突如、【あかね】がその体を痙攣させたのだ。

 え? とイーリスが息を漏らした瞬間、真横に強く突き飛ばされる。

「イーリス様、ここからはやくここから退ひひひひひひひ」
 
 イーリスを突き飛ばしたのは【あさひ】だった。直後、彼女も痙攣をし始め、やがて首をもたげて動作を停止する。

「なに!? どうなって――……」

 イーリスがダウンした【あさひ】に触れようとして――その頭部が、風船のように破裂した。
 
 瞬間、危険を検知したイーリスの知覚速度が倍以上に引き上げられ、強化プラスチックの頭蓋骨が粉々に砕ける様子がスローモーションのようにはっきりと見える。
 
 鼓膜センサで検知したのは、銃声だ。続けざまのその音と共に、【あさひ】と【あかね】の赤い制服がズタズタに切り裂かれ、明るいピンク色の循環液がイーリスの顔に飛び散る。

 敵だ。攻撃されている。北方向、クレイドルとは反対側だ。武器は銃声からして標準的なアサルトライフルを使用している。人数は四人以上。他は不明。近くにいたピクシスは――全員破壊された。

 現状で把握できる状況を整理し、イーリスは即断した。

 姿勢を低くし、シールドを展開。同時に周囲にある貨物運搬機などの機器にアクセスし、自分の前へとバリケードのように集合させる。そして、この廊下に一つだけ存在する天井に格納されたターレットガンを起動し、予想される方向へ発砲した。

 イーリスの隠れるバリケードの上を、銃弾の雨が激しく飛び交う。

 頭を抱えてうずくまりながら、イーリスは仲間へ通信を送っていた。同時に、クレイドルに近い隔壁すべてに閉鎖命令を下す。

『ティアは!? どうなってるの!?』
『ピクシス全個体活動停止! たぶん何かの権限で強制的に命令を差し込まれたぞ! あちきの命令にも常時被されてるから再起動に時間がかかる! それとあちきは大丈夫! 現在A-608で敵オートマトン部隊と交戦中!』

 艦内のマップを開くと、ティアを指す信号が凄まじい速度で移動していた。ピクシスが停止している以上、彼女には敵を自力で排除してもらうしかない。
 
『ベローナ!』
『こちらも各所で迎撃を開始しましたわ! ……イーリス!? 貴女の位置が一番危険ですのよ!?』
『わかってる! でも、このままじゃ身動きができない!』
『私が向かいます! それまで……!』

 それまで、持つだろうか。

 イーリスの考えを見抜いたようなタイミングで、ひときわ大きな銃声がした。
 ガシャン、と後ろで重いものが落ちる。見ればそれは、基部を撃ち抜かれたターレットガンだった。

 こちらの唯一の武器を失った。イーリスの思考に焦りが混じる。

 大口径の対物ライフルだ。あれを防げるシールド出力を持つのは、ティアかベローナくらいのものだ。ならば対生物汚染のシステムを起動して――いや、発動までのプロセスが多すぎる。
 
 イーリスが対抗策を考える中、先ほどの銃声がもう一度鳴った。

 瞬間、イーリスは強烈な衝撃を受けて、後ろに吹き飛ばされた。
 
「――ッきゃァッ!?」

 硬い床に転がり、叩きつけられて、やっとイーリスの体が止まる。

 自分の意識とは別に自動でダメージコントロールシステムが走って、状況を伝えてきた。

 
 【右腕部欠損。右肩部脱臼。右胸部第一から第四肋骨圧壊。呼吸器系機能一部破損。漏液検知、処置を開始。】

 
 ノイズが混じる視界で自分の体を見る。

 DCSダメージコントロールシステムの報告でわかってはいたが――やはり、イーリスの右腕はなくなっていた。
 
 かはっ、と咳をすると、先ほどのピクシスたちと同じ色の液体が床に落ちる。顔もぶつけたせいか、唇が切れているのがわかった。

 駄目だ。逃げなければ破壊される。殺される。

 そう思い、左手だけで体を起こそうとしたが、再度イーリスは床に叩きつけられた。

「おっと。動くなって」

 誰かに背中を踏みつけられていた。容赦のない踏みつけに、イーリスの脆弱な骨格が軋んで、循環液の流動を阻害する。それを明確な痛みとしてイーリスは知覚していた。

「ぐっ……あぁっ……!」
「手こずらせやがって……。こいつがアタマかぁ?」
「いいや、他の部隊も抵抗にあっている。上位モデルのようだが、タッカーの話からするとこいつではないだろう」

 背中を圧迫される苦しさにもがきながら、イーリスは目を開ける。見れば全身を黒いコンバットスーツに身を包んだ男たちが自分を見下ろしていた。
 
 銃口で顎を押し上げられ、その乱暴さに歯噛みする。
 
「はっ、じゃあ持ち帰るか? 見ろよフロイド。いい感じだぜ」
「好きにしろ」

 背中を踏んでいた足がどけられる。と、思いきや、イーリスは肩を蹴られ、強引に仰向けへと転がされた。

「くはっ……!」

 すでに痛みを抑制する機能が働いてはいるが、痛いことには変わりない。特に脱臼した肩を蹴られれば呻きもする。

 だが、それをこらえて、イーリスは男たちを睨みつけた。

「あんた達……誰のっ……権限で……!」

「貴様の質問に答える義務はない。貴様たちはこのクレイドルを不法に占拠している。また、先日ここに来た男二人を射殺したな? その際、同行していたオートマトンも無抵抗にも関わらず破壊している。あれは我々の所有物だ。よって貴様らを危険分子として処分する。破壊されたくなければ仲間にも投降するように伝えろ」

 フロイドと呼ばれていた、隊長格と見られる男が淡々と言う。

 そういうことか、とイーリスは唇を噛んだ。クレイドルに入れろと言ってきた男たちは、要は生餌だったわけだ。本命はオートマトンを攻撃させること。それを理由に、ピクシスを強制停止させるコマンドを乗せられる上位権限者が裏で手を引いているということか。

 それはおそらく、ヘクス原体を所持している誰かだ。

 予想はしていたが、こうも迷いなくすぐさま武力行使に出てくるとは、その行動からも主導者が誰かを割り出せるかもしれない。

 ただ――すべては自分がいなくなってからの話かもしれないが。

「まぁ、安心しな。お前はこっちで可愛がってやるからよ」
「うぐっ……!」

 イーリスは襟首を乱暴に掴まれて引きずられる。彼らに連れていかれれば、自分にまともな未来がないことくらいはわかる。だが、コンバットスーツを来た男に掴まれては振りほどけない。
 
 その時、声が聞こえた。

「やめてください!」

「あぁ……?」

 それは今一番聞きたくて、一番聞いてはいけない声だった。











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