終末未来に転生して新人類最初の【ママ】となった私、旧人類からは悪魔と呼ばれてしまう。 ーヘキサゴナル・ギルティ・クレイドルー

阿澄飛鳥

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第一章

11.【脈動⑥】

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 その日、イーリスは珍しくメインルーム以外での仕事をしていた。

 この間の銃撃戦の際、閉鎖した隔壁のいくつかに問題が見つかったのだ。表面上は綺麗にしているといえど、やはり三百年前の船――実際に動かしてみると稼働しない設備はいくつもある。

 そのうち、コマンドを送ったにも関わらず閉鎖しなかった隔壁をピクシスたちと共に点検していているのだ。

『イーリス様。片側の稼働モーターの送電線が、緩衝シャフトの根元に挟み込まれて断線しています。交換の必要があります』

 壁材を外して、さらに上部へと潜り込んだピクシスの一人が近距離通信で報告してくる。

 さらにイーリスの視界に暗闇をライトで照らす映像が送られてきた。ピクシスが視界をそのまま共有してきたのだ。

 報告通り、太さ三センチほどのケーブルが金属製の部品にがっつり挟まれていた。

「……これはもう施工段階からのミスでしょ。なんで動くってわかってる部分にケーブル通してるのよ」
『私にはわかりかねます』
「知ってる。そういうときは一緒に文句言えばいいのよ」

 はぁ、とイーリスは片手に持ったタブレット端末を抱えてため息をついた。ピクシスに呆れたわけではない。急造品ともいえるこの船の雑な作りにため息をついたのだ。

 イーリスたちもこの船の全てを知っているわけではない。わかるのは記録上で読み取れる部分だけだ。だが、それでも呆れるに値するようなめちゃくちゃな経緯が残してあった。
 
 まず、この船が当時最先端のものかと言われれば、否だ。移民船として建造はされていたものの、実際にどのくらいの期間を宇宙を彷徨うのか、実際にどのくらいの人数が乗るのかなどを試算せず、起工されていた。

 設計段階で重要視していたのは「とにかく頑丈」「可能な限り巨大」「艦内でのエネルギーおよび物資の循環」だ。

 それだけ人類は焦っていたのだろう。この船の他にも同じようなものを泥縄式に作っていたことが読み取れる。
 
 それを急遽、クレイドルプロジェクトに利用するとなって……しかし、冷凍睡眠装置が足りなかったのか。それとも乗る人間の方が足りなかったのか。乗員の数と船の規模がまったく釣り合わない状態になった。結果、ほとんど巨大な船の中のごく一部だけが利用され、残りは移民船としての物資が積まれただけの空間となった。

 そのため、この船の中はほぼ迷宮と言ってもいい。人が徒歩で移動できる距離など、全体からすれば1パーセントくらいなのだから。

 また、そんな状態なのは物理的な話だけではない。データも同じように煩雑で混沌とした状態だ。

 本来ならイーリスも、データの閲覧にタブレット端末など使う必要はない。けれど、保存場所や規格もバラバラ、整合性もあいまいで、「たぶんこうだろう」という解釈を必要とするデータばかりなのだ。そんなものを複数把握するには外部端末を使った方が効率的だっただけだ。
 
『部品は少数ですが在庫があります。どうしますか?』

 意識がピクシスの声に引き戻される。イーリスはうーん、と悩んだ末に、首を横に振った。
 
「ここはまだ遠いからあとにするわ。ありがとう。出てきていいわよ」

 しばらくすると、赤い制服のオートマトンが狭い空間から出てくる。それを見て、他のピクシスがタオルを差し出した。

「【あかね】。顔に汚れがついています」

「ありがとう。【あさひ】。どうですか?」

「問題ありません」

 そのやり取りを見て、イーリスは首を捻る。

「……待って。あなたたち、名前で呼び合ってるの?」

「はい」

「はい、じゃなくて……え? 自分で名前をつけたの?」

 イーリスは内心、驚愕していた。彼女たち下位モデルは、情緒や自由意志を持たない存在だ。若干の外見の違いはあれど個性はないため、イーリスや統制しているティアも彼女たちを番号で呼んでいる。

 なのに、彼女たちは相互の存在を個体名で識別していた。

「いいえ、マスターマムに名付けて頂きました。メインルーム付近で勤務する個体にはすべて名前をつけて頂いています」

 マスターマム、とはアドニシアのことだ。たしかに彼女からすれば外部端末を使うでもしないと、ピクシスの個体番号がわからないだろう。

 だからといって勝手に名前をつけてしまうとは思わなかったが。

 主人からなんの相談もなかったことに、イーリスは内心、不満を抱く。

「え? 全然知らなかったわ。どうして教えてくれないの」

「特に訊かれていませんでしたので」

 それもそうだ、とイーリスは額に手をやった。聞いてもいないのにピクシスの面々が次々と名乗ろうものなら、私だってハッキングかバグの心配をする。

「――わかったわ。今度から私もそう呼ぶようにする。……ところであっちの子はなんて名前?」

「アルプスです」
 
「……急に一貫性がなくなったわね」

「あちらの個体はピンクレディーです」

「センスがひどい!」

「すべてリンゴの品種名から取っているとのことです。その点では由来の整合性は取れているかと」

 タブレットを頭に押し付けるイーリスに、【あかね】と【あさひ】が交互に言う。
 
「そ、そういうこと……」
 
 アドニシアのとんでもないセンスの無さが露呈したのかと思い、危うく怒鳴り込みに行くところだった。別に名前をつけるのはいい。ただ、似たような個体が大勢いるため、名前を失念したり間違えてしまうと命令の伝達に支障が出る。イーリスたちは下位モデルを番号で区別していたのは、そういう理由もある。

「……まぁ、いいか」

 帰ったらアドニシアにちゃんと名前を憶えているかテストしてあげよう。答えられなかったらマスター失格だ。そうしたらひさしぶりにお説教をしてあげるのもいい。

 イーリスは仕事が終わった後の予定を決めて、次の点検場所に向かうのだった。


 ◇   ◇   ◇


 その日のお散歩は、いつもとは違う道を歩いていた。先日の事件で、通れない場所や危ない場所が出来たからだ。

 それもあって警戒のために、今日のお散歩は大所帯だ。

 ピクシスが二人に、ポーターズが二人、そして私と子供たちで合計九人。
 
 いつもは私以外の大人はピクシスの一人だけなので、子供たちは物珍しそうに周囲のオートマトンの顔を眺めている。

 特に青い制服を着たポーターズはクレイドルの外が活動領域などで、あまり子供との接点がないからだろう。コーディはずっと私の影に隠れるように歩いている。逆にアリスはポーターズの一人を気に入ったのか、手を握って一生懸命話しかけていた。

 性格の違いがわかりやすい。というか、長女であるアリスのコミュ力が強すぎる。将来は陽キャ確定だ。

 そんなことを考えていると、通路の先の照明がついていないことに気づいた。あの先は電気が来ていないか、クレイドルの管轄外かもしれない。

 私は避けるように通路を曲がる。

 
 クレイドルの外には危険がいっぱいだ。

 目覚めた当初にオートマトンたちから教えられたことを、私はそのまま子供にも教えている。

 それは一人で迷子にならないための言いつけの部分が強いけれど、また事実であることは確かだ。

 私たちがこの広い船内で掌握している範囲は、メインルームから歩いてだいたい三時間くらいの距離まで。それだけでも範囲のように思えるけど、人間が健康な生活を送るための範囲と考えると狭いともいえる。

 今はまだいい。けれど、この子たちもすぐに大きくなって、こんな狭い世界など自力で飛び出してしまうだろう。
 その前に、子供たちはもっと色んなものを知らなきゃいけないのだ。

 外という、未知の世界を。
 
 私たち以外の人間が、もしかすれば敵意を持っている人間がいるかもしれない。
 人間だけではない。
 錆びついた床が、老朽化した隔壁が、動作不良を起こした設備が、時には牙を剥くときがあるだろう。
 
 それらに対応できて、やっとを知ることになる。

 だが、それでは足りない。
 
 周りを見てみればどこも近未来的な壁と機械だ。自然などどこにもないように見えて、それはかなり近くにある。
 この広い船内といえど、ずっと同じ方向に突き進めば、いずれに出るのだ。

 そこは船内など比べものにならないほど過酷な環境だろう。
 
 私も一度だけ船の外に出たことがあった。

 メインルームにあるエレベーターをその時だけ特別に動かしてもらって、この船の展望塔に行ったのだ。

 そこで見たのは、それ自体が地面なんじゃないかと思うほど巨大な船の全貌と、そのさらに遠くに見える大自然だった。

 一緒に来てくれたティアが一生懸命説明してくれたのをよく覚えている。
 
 空に飛んでいるあのドラゴン的な生き物は火を吐かない。なんかビームっぽいものを吐いてるけど、あれは重粒子砲である、とか。
 ここからだと小さく見えるあのトンボみたいなのは体長40メートルで、ドラゴン的な生き物が主食である、とか。
 青い空の向こう側に見えるたくさんの石粒は、この星の衛星が砕けてバラバラになったものである、とか。

 まぁ、ここが地球じゃないことだけはわかったかな……。

 けれど、いつかは――今の子供たちよりもっと後の世代になってしまうかもしれないけど、外に出なければいけない。

 いつまでも揺りかごクレイドルの中では生きられない。
 
 今こうして散歩をしているのも、この子たちの未来のための活動の一歩だ。ただの散歩といえど、そのくらいの気持ちでやっている。

 そうしていると、ポーターズの一人が横に来て私に話しかけてきた。
 
「マスターマム。ここは左に曲がりましょう。この先は隔壁の修理作業中です」
「あ、イーリスがやってくれてるんだよね。わかった。ええっと……ポーターズ38ちゃん?」
「イエス、マム」

 言いにくい。ピクシスの面々ならティアの管轄なので好きに名前をつけていたが、ポーターズはイーリスの管轄だ。勝手をするとお説教をくらう気がする。

 と、思いつつも私はその子の名前を考え始めていた。

 ピクシスは赤い制服にちなんでリンゴの名前としてしまった。なら、青は何だろう。自然界に青は少ないと聞いたことがあるけれど、何かあっただろうか。

 そうして、私は一つの花を思いつく。

「ブルーラベンダー!」
「……はい?」

 急に顔を向けてそう言われたポーターズが首を傾げた。あ、この感じ、ちょっとイーリスに似てる。性格も管理者の影響を受けるのだろうか。

 となれば、押せばいけるかもしれない。イーリスも割と押しに弱いところがあるし。

「ラベンダーって名前で呼ばれるの、どう!?」
「どう、と言われましても。私に名前は不要ですが」
「可愛くない……?」

 淡々と返してくる彼女に私は小首を捻って、あざとく訊く。これは子供たちから教わった技だ。

 意外にも男の子の方がこういった仕草をしがちで、おやつを先に食べてしまったベルに「もうおやつおしまい……?」とか、しょんぼりしながら言われるとママはおまけしたくなっちゃう。

 そんな技を使われて、彼女の歯切れが悪くなってくる。
 
「は、判断しかねます」
「可愛い。絶対可愛い」
「は、はぁ……」

 そして追加のゴリ押し。無表情だった顔が崩れてきた。よし。もう一押しだ。

「じゃ、じゃあ決定ね!」
「……承知いたしました」

 よし。ポーターズ38改め、命名【ラベンダー】。決定です。
 
 彼女は戸惑いつつも受け入れてくれたようで、元の位置に戻っていく。

 ならもう一人の子はどうしようかな、と私が考え事をしていると、それは急に起こった。










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